オリヴェルトの訪問(2)
その夜はリードヴァルム王国の国王をもてなす晩餐会が開かれた。
出席者は王族と公爵、侯爵家、大臣や騎士団長など主だった役職の人達。基本的にはパートナーとの列席になる。
和やかに食事が進められていく中でオリヴェルト様が何度も熱い視線をお母様に送っているのがわかった。その視線は三回に一回のペースで私にも飛んでくる。そのたびに隣に座ったジークがテーブルの下で私の手をぎゅっと握った。王族や近い立場の人達はオリヴェルト様がお母様の夫で私の父親だと知っているけれど、知らない人たちにはオリヴェルト様がお母様に一目ぼれをして猛アピールしているように見えたみたいだ。戸惑った視線で国王陛下を見たりオリヴェルト様を睨んだりしていた。
後でジークに聞いたんだけど、一部に王妃様にお母様を推す声があるそうだ。
私とお母様の立ち位置は非常に微妙。お母様は前代陛下の唯一の姫だ。だけど国王陛下は既に王位を継いでいてジークは王太子、ジークの竜は黒竜だから王家の正当な跡継ぎだ。だからお母様が国王陛下と結婚すれば歪んだ立ち位置が正常に戻されるという考えだ。エミーリア様は側妃様なので正妃の座は空いている。お母様と国王陛下はいとこ同士なので血が近いけれど結婚できないわけではないし、後継者はもうジークがいるので跡継ぎを産む必要はない。
まあ、その考えはわからなくもないんだけど……ううん、やっぱりわかんない。だって国王陛下やお母様の気持ちを全く考えていないでしょう? もっとも私たちに近しい人達でなければ国王陛下やお母様の気持ちなんてわからないからパーティーで見るお母様と国王陛下の仲睦まじい様子から推測するしかないんだろうけど。
お母様と国王陛下は仲がいい。普通に家族として。国王陛下は故ユリアーネ妃を未だ愛しているし、エミーリア様を大切にしている。そしてお母様が愛するのはオリヴェルト様だけ。
だから一部の噂なんて二人とも意に介していなかった。
晩餐が終わり離宮に戻る。
リードヴァルム王国の御一行様は当然西の離宮に滞在すると思っていたのだが部屋に入って寛いでいるとノルベルト様に呼ばれ離宮のサロンに向かった。
サロンに入るとなんとオリヴェルト様がいた。
ノルベルト様が口に手を当ててしーのポーズをしながら「今夜はオリヴェルト陛下はこちらの客室にお泊りになられます」という。なんかちょっとかわいい。
その言葉を聞いてお母様は瞳が潤みだしている。
「陛下に……お心遣い感謝しますとお伝えください」
お母様の言葉にノルベルト様は綺麗なお辞儀で答えた。
彼が出ていってサロンには三人だけが残った。離宮を警護している護衛騎士はいるがメイドたちは皆下がっている。レーベッカも帰宅済みだ。
サロンには本当に三人きりだ。
私たちはソファーに腰を掛けた。お母様がお茶を入れてくれる。
一口飲んでオリヴェルト様は驚きの声を上げた。
「美味しい……! マリア、君が入れてくれたお茶は今まで飲んだ中で一番美味しいよ!」
「ふふっ。長い間侯爵家のメイドをしていたんですもの、紅茶を入れるのには自信があるの。ああでもオリバー、長い間あなたの好物の鴨肉のシチューを作っていなかったから作り方を忘れてしまったかもしれないわ……」
「懐かしいなあ。私が好きだったのはマリアが作る鴨肉のシチューだよ。いつかまた食べてみたいけど君が傍にいてくれるならそれで十分だ」
オリヴェルト様は立ち上がってお茶を入れ終わったお母様の手を引く。
そのまま自分の隣りに座らせるとお母様の手を握って微笑んだ。
うーーーーわーーーー子供の前でイチャイチャしないで欲しい。
ずっと離れ離れだったのだからイチャイチャしたくなるのもわかるけど……
いつも落ち着いて優しいお母様が頬を染めて心なしかはしゃいでいる。こんなお母様はレアで可愛いけれどお邪魔虫は退散しようかなあ……と腰を上げかけたらオリヴェルト様に話があるから座ってくれと言われた。
それから三人で話をした。思い出話や近況報告もあったけど話のメインは私とお母様にリードヴァルム王国に来て欲しいというものだった。
国王陛下との話し合いの内容も教えてもらった。
お母様はもちろん行くつもりだ。私は……私は……
お母様とオリヴェルト様は翌朝もう一度国王陛下に連絡を入れ陛下の元を訊ねた。
陛下と話し合いを繰り返しその後会議を経て様々な事が決定した。
お母様は今年の秋に両国が更に絆を深めるためにリードヴァルム王国の国王(もちろんオリヴェルト様のことだ)に嫁ぐ。
結婚式は秋にお母様とオリヴェルト様が竜と契約を結んだそのすぐ後に我が国で、次いでリードヴァルム王国で盛大に行われる。
そしてそれまでの期間、お母様は婚約者と仲を深める、またリードヴァルム王国の視察という名目でリードヴァルム王国に滞在する。
つまりお母様はオリヴェルト様の十日間の滞在の終わりと共にリードヴァルム王国に行ってしまうのだ。
様々な事が決定するまでに五日かかったので後五日後にはリードヴァルム王国に旅立つ。
この秋まではヴェルヴァルム王国の王女という立場であるので基本的には護衛や侍女、専属メイドなども一緒に行く。
当然のことながら会議は紛糾した。
ヴェルヴァルム王国の王族は今まで他国に嫁いだことは一度もない。古のリードヴァルム大帝国の大公領だった頃はいざ知らず、独立してヴェルヴァルム王国となってからは一度もないのだ。
単に貴重な王家の血を他国に出すことを忌避する者、ヴェルヴァルム王国の国王との婚姻を推す者、そして新興国であるリードヴァルム王国に嫁ぐことに利が無いとする者もいた。
しかし国王陛下のみならずお母様も会議に出席し、反対派を根気強く説得し、議会の了承を取り付けた。
国王陛下とお母様の双方に婚姻する意思がなく、そうであれば三十を過ぎた子持ちのお母様の立ち位置が宙ぶらりんになってしまうこと(正当な血筋のお母様を生半可なところに降嫁する訳にはいかないし、陛下以外の唯一と言っていい嫁ぎ先のアウフミュラー侯爵も固辞したので)それにリードヴァルム王国の国王はヴェルヴァルム王国のの兄弟ともいうべき、竜神の子孫であること。
そして最後にお母様がぶちかました。
「皆さま、わたくしの以前の夫は平民であると発表されておりましたが、わたくしの子供であるヴィヴィアーネの竜は白竜ですわ。その事をどうお考えになっていらっしゃいますか?」
「「「............あ」」」
とまあこんな経緯でお母様はオリヴェルト様と婚姻することが決まった。
現在お母様付きの者たちは物凄いスピードで旅支度をしている。
それからリードヴァルム王国駐在大使が決定した。
なんとアルブレヒト先生……じゃなかったビュシュケンス侯爵だ。
ビュシュケンス侯爵たっての希望らしい。彼は十五年前のユリアーネ王妃様の事件以来領地に引っこみ主だった役職についていなかった。
ジークが学院に入学して以来学院で教師を務め私も教えてもらい現在はお母様の魔術の教師をしている。昨年の戦いでは総大将を務めたが戦いが終わった今では彼が大使になるのはちょうどいい人選かもしれない。
夫人もお母様と仲がいいのでお母様も心強いだろうしビュシュケンス侯爵家は既に養子に迎えた嫡男が領地経営をしているので問題ないらしい。
私は……私はお母様の結婚をもって一度はリードヴァルム王国の王女となる。
リードヴァルム王国の王女としてヴェルヴァルム王国の王太子であるジークの元に嫁ぐことになる。
その日取りはお母様とオリヴェルト様の結婚式後に決められることになるがだいたい一年後ぐらいだと思っていて欲しいと言われた。
その一年、リードヴァルム王国に行くかこの国に残るかは秋までに私が決めればいいらしい。
でもジークからは結婚式の準備も色々あるし当然この国に残るよねという目で見られている。
この国の王族としても仕事があるしお母様が計画していた国民学校の事業は私が引き継ぐことになるだろう。
私は——ちょっとややこしいのだが、立場上は再婚したお母様の連れ子という扱いになる。でも顔立ちはどちらかと言えばオリヴェルト様似で、髪はお母様の金髪とオリヴェルト様の銀髪のちょうど中間のような色味で瞳の色はオリヴェルト様と同じ、何より私の竜は白竜なので、秋にオリヴェルト様が竜と契約をすれば、契約竜に詳しくないリードヴァルム王国の人達でもオリヴェルト様の子供だということがまるわかりになるだろう。
お母様の支度でバタバタしている中、北の離宮のお婆様に挨拶に伺った。
お婆様は季節の変わり目などに体調を崩すことも増え少し弱ったように感じられるが、お母様に笑顔を向けていった。
「マリアレーテ、あなたが生きていてくれてヴィヴィアーネという孫に会うことが出来てこんなに嬉しいことは無いと思っていたのに、今度はあなたの花嫁姿を見せてくれるのね。あなたはどれだけ私を喜ばせてくれるの?」
「お母様……」
お母様の目は潤み始めている。
「私も天涯孤独と思い育ってきましたがお母様に会うことが出来てこんなに嬉しいことはありませんでした。隣国に嫁ぎますが竜と契約すれば二日で帰ってくることのできる距離です。きっとまたここにお茶を飲みに参りますわ。お母様がお健やかに過ごされることを祈っております」
「ふふっ待っているわ。ヴィヴィアーネ以外の孫の顔も拝ませてちょうだい。あら、ヴィヴィアーネの子供が出来てひ孫の顔を見るのもいいわね。最近はディーも遊びに来てくれるのよ。子供の声って若返りの妙薬かしら。私は元気に暮らしているから安心してリードヴァルム王国にお行きなさい。秋にまた顔を見せてちょうだいね」
お母様とお婆様はしっかりと抱き合いお婆様がお母様の頬に頬ずりした後その手を離した。
私はお婆様がヴィヴィアーネの子供と言い出した時点で顔が赤くなり「気が早すぎます」とブツブツ言っていたがお母様とお婆様の抱擁を見てじんわり涙が浮かんできたのだった。
そうこうするうちにお母様が出立する日になりお母様はオリヴェルト様たちと隣国に旅立っていった。
リードヴァルム王国建国以来、ソヴァッツェ山脈の交易路は再び開かれておりリードヴァルム王国との行き来は民間の隊商を含め盛んになりつつある。王宮同士を結ぶ竜便(竜による郵便)も開設されたのでお母様とお手紙は頻繁にやり取りすることを約束した。
それでも……それでもお母様と離れ離れになる事はとても寂しい事だった。
『おとうさん』が家を出て以来ずっとお母様が私に寄り添ってくれていたのだ、記憶が無い時も記憶が戻ってからも。
お母様とずっと抱き合って別れを惜しんだ。でもとってもとっても寂しいけれど辛くはない。
お母様がリードヴァルム王国に旅立つのは幸せになるためだから。ずっとずっと待っていた『おとうさん』とこれから先の時を一緒に刻むためだから。
オリヴェルト様はずっと抱き合っている私とお母様を見て「やっぱりヴィヴィも一緒に来ないか?」と小声で言っていた。
そしてやっとお母様と離れた私におずおずと「私も抱きしめていいか?」と聞いた。
「もちろん」とオリヴェルト様に抱き着くと「ああ、片手で抱き上げていたヴィヴィがこんなに大きくなったんだなあ」と感慨深く呟き「やっぱり一緒に……いや、嫁になんか……」と小さい声で言っている。
ひとしきり別れを惜しんだ後、オリヴェルト様は陛下と握手を交わし、ギリギリと音がする勢いでジークとも握手を交わし、お母様は陛下やお婆様とハグをして馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込むときにお母様はアウフミュラー侯爵に頭を下げた。お父様もお母様に目礼を返す。
お母様のお付きの人達やリードヴァルム王国の御一行の皆さんもそれぞれの馬車に乗り込み護衛隊長のユストゥス様が陛下に言った。
「それでは行ってきますねー。道中の安全は俺がいるんで万全でーす! あ、あっちの国に行ったら名物や美味いもんいっぱい探すので、陛下もヴィヴィ様も待っててくださいねー」
「…………お前は何しに行くんだ?」
「ああ! 忘れてました。俺の嫁さんになってもいいって女性も探さなくちゃですね」
「……もういい。お前の腕は信用しているから、マリアレーテをよろしく頼む」
「お任せあれーー!」
なんとも気の抜けた挨拶を最後に一行は旅立っていった。




