トシュタイン王国へ
私が引っ掛かった言葉は王都だ。
「王都……待って......王都.....残りの.四頭の竜はもしかして......」
私が呟くとジークは私を見て言った。
「無理だよヴィヴィ。四頭ばかりで王都を襲おうとしてもその前に捕縛されるかやっつけられるだろうね。私としては無謀な賭けに出て掴まってくれれば嬉しいけど」
「ううん、トシュタイン王国の王都よ。さっきパルミロが業突くじじいって言ったじゃない。トシュタイン王国の国王に四頭寄越せとか言われたんじゃないの?」
私はパルミロに視線を向ける。
「さあね、子猫ちゃん。子猫ちゃんは推理も得意なんだ? ねえ子猫ちゃん、可愛がってあげるからそこの怖いお兄さんたちに私の減刑を頼んでくれないかなあ」
引きつった笑みを浮かべながら私に軽口をたたくパルミロの目だけが必死だ。
でもそのセリフは悪手だと思う。だって......
その言葉を聞くなり胸倉をつかみ上げパパパパパン! と何十往復ビンタを食らわせたのはフィル兄様だった。
「僕のヴィヴィになんてことを言うんだ! さあ吐け! 王都に護送されて裁判で死刑になるのと今殴り殺されるのとどっちがいい?」
「フィリップ……お前のヴィヴィじゃない私のヴィヴィだ」
ジークがため息を吐きながら言うが胸倉をつかみ上げているフィル兄様を止めようとはしなかった。
「おい! 止めろよ! 何で黙ってみているんだよ!」
パルミロは必死に言うが誰も止めない。フィル兄様はまたパパパパパンとビンタを繰り返した。パルミロの顔は腫れあがって元の優男が台無しだ。
「やめっ! やめろっ! わかった! 言うからその手を離せよっ! うっ……グスッ……」
パルミロは泣き出した。彼は王子だ。人に殴られたことなんて無かったんだろう。部下を踏み台にしても自分以外の者を痛めつけても平気なくせに自分の痛みには弱かったみたいだ。
フィル兄様はかなり手加減しているのに。あの平手が拳だったらパルミロは今頃気を失っていただろう。
ドサッと地面に投げ出されるとパルミロはめそめそと話し始めた。
うーん……今までの皮肉な態度や狡猾そうな物言いは何だったんだろう。まさかの直接の暴力にこれほど弱いとは……
「ううう……そうだよ。グスッ……国王に四頭置いていけって言われたんだ。あのじじい王都なんか安全なんだから竜なんていらないのに……ヒクッ……竜を見て欲しくなったんだ……ううっ……私が十頭連れて来れれば今頃砦なんか破壊して魔獣がなだれ込んでいたのに……しっ……ぐすっ……失敗したのはじじいのせいだ……」
「お前たちはどういう役割なんだ?」
ジークが聞くと観念したのかパルミロは一つため息をつくと今度はスラスラと喋る。
「グスッ……ふーーー。竜の森と王都で爆弾騒ぎが起こっただろう? あれで竜騎士が分散されたはずだ。その後にここより北の山道から我らの軍が攻め込んだ。私たちはとどめに魔獣を王都に向かって追い立てる。なあ、聞いて驚くなよ。お前らがここにかかりきりになっている間にこの国の南で何が起こっていると思う? お前らがここで私たちを捕まえて得意になっている間にね。私たちの真の目的はここじゃない。私たちは陽動なんだよ。ヘーゲル王国から父上が攻め込んで今頃は対岸の地を占拠しているはずだ。驚いたか? ここで悠長にしている時間は無いんじゃないか?」
私たちは微妙な顔をしながら頷いた。そのどれもが失敗しているなどと言って口をつぐませたくない。
「本当はここで魔獣をなだれ込ませて王都の兵を魔獣に引き付けている間に私たちの竜が王都を急襲するはずだったんだ」
「たった六頭の竜で王都を制圧できるわけがないだろう」
ジークが呆れたように言うとパルミロは笑った。
「王都制圧なんて考えているわけないじゃないか。私たちの目的は高位貴族の令嬢、できれば昨年お披露目されたマリアレーテ王女の拉致だ」
「どういうことだ?」
ジークの声が心なしか厳しくなったような気がする。私がパルミロを睨む目は疑いもなく厳しくなっている。お母様を誘拐しようとしていたなんて!
「父上はここで手柄を上げれば王太子に決定なんだ。王太子に決まればあの業突くじじいはとっとと引退させるのさ。そうすれば父上は国王だ。私は国王サロモネの第一子だからここで手柄を上げれば次の王太子になれるんだよ。ヴェルヴァルム王国と全面戦争をすれば何年もかかるうえにこっちも痛手を負う。だからヘーゲル王国の対岸の地を占拠して住民を人質にとる。それだけでは弱いからマリアレーテ王女も人質に取って領土の割譲と竜を何頭かもらい受ける。ああ、父上はマリアレーテ王女を正妻の座に据えてやってもいいと言っていたな」
なんという身勝手!! でもその企みは悉く失敗しているのだけれど。
「君たちこんなところでのんびりしていていいのか? 今頃泡食って竜騎士団は父上の侵攻に対処するために南に飛んで行ったんじゃないか? 私はここでつかまっても父上が交渉してくれるはずだ。竜と契約した私にはまだ利用価値があるからね。だから私を粗略に扱わない方がいいよ」
話しているうちにパルミロは落ち着きを取り戻してきたらしい。
さっき泣いたのもどこへやら段々本来の図々しさが顔を出してくる。
「お前馬鹿か? お前の企みは失敗したんだからマリアレーテ王女が人質になる事もないだろう」
エル兄様が呆れたように言うがパルミロは尚も言い募った。
「私が失敗しても王都の爆弾騒ぎを起こした奴らがいるさ。驚くような高位貴族も私たちトシュタイン王国の味方なんだ。私の待遇次第では教えてやってもいいぞ」
それってハンクシュタイン侯爵家の事かしら? ああ、テロが失敗したことを知らないんだからハンクシュタイン侯爵家が味方だと思っているのも当たり前か……
それより私は気になっていることがあった。
パルミロはトシュタイン王国の王都に四頭の竜を置いて来たと言った。
王都には今頃あの人、オリヴェルト様たちクーデターの軍が攻め込んでいるはずだ。
クーデターの軍が危ないかもしれない……
パルミロはクーデターなんて知らなかっただろうけど実に厄介なものを王都に残してくれていたのだった。
竜四頭ぐらいでは大したことはできない。———ヴェルヴァルム王国では。
トシュタイン王国では話は別だ。
今回トシュタイン王国の第一王子サロモネは三万ぐらいの軍を率いてフェルザー伯領に攻め込んだと聞いている。迎え撃つヴェルヴァルム王国の軍は竜騎士団が三百。王国騎士団が千五百。圧倒的に数が少ない。それでも戦力はヴェルヴァルム王国の方が上だ。竜騎士団が圧倒的に強いのだ。竜騎士団はその数の二百倍の敵を打ち負かすと言われている。実際にやったことは無いそうだが。
契約竜の皮膚は普通の弓矢や剣では傷つかない。光線を発したり火を吹いたりは出来ないがその爪や牙は簡単に人を傷つけることが出来る。鎧など着ていても鎧ごと嚙み砕くことが出来る。その竜に乗って戦う騎士たちは魔力が高くウォンドの扱いに長けている。そして空高く飛び上がってしまえばだれも手出しは出来ない。その上空からウォンドで攻撃するのだ。もっとも雑兵を相手どらなくても敵の本部に襲い掛かって壊滅させてしまえばそれで戦は終わる。
竜と竜との戦いになればまた別だろうが竜と人だったら圧倒的に竜が強い。竜に対抗できるほど魔力が強い人がいればわからないが長い間竜と契約をしていない外国の貴族たちは魔力が衰退の一途をたどっている。
つまりトシュタイン王国では竜四頭でも十分な脅威となりうるのだ。
クーデターの軍は虐げられている地方の領民や滅ぼされた王国の領土だった場所の領民だ。魔力はほぼないだろう。
夕焼けが空を赤く染める時間はとうに過ぎ、あたりは闇に包まれている。
長い一日が終わろうとしていた。
今私たちはペーレント伯爵の館に滞在している。
パルミロたちは牢の中だ。
事の次第を報告するために護衛の一人が王宮に向かったが私たちはペーレント伯の館に一泊することになった。竜ならひとっ飛びだが、パルミロたちを護送して王都に戻らなくてはならないから明日馬車で王都に向かう。
パルミロたちが領主の館に引っ立てられ魔力封印の手枷をつけられるとパルミロたちの竜はどこかへ飛び去って行った。
怪我をした護衛騎士リヒトールは命に別状はないもののかなりの重傷なのでペーレント伯の館でしばらく療養をすることとなった。
「ヴィヴィ、何を考えている?」
ジークが私の顔を覗き込んだ。
「別に……長い一日だったなって」
ジークの問いかけに応えるがジークは納得していないような顔をした。
「そうだな、長い一日だった。明日も長い一日になるかもしれない」
「あの……ジーク……」
「ねえヴィヴィ、僕たちは一生一緒に居るんだよね?」
「え? うん。私は一緒に居たいって思ってるわ」
「じゃあ君が今行きたいと思っているところにも一緒に行くよ」
「!!」
なんでわかったんだろう? 私自身だってまだ迷っているのに……
「夜明けとともに発とう。大丈夫、僕らが一緒なら恐れるものはないよ」
「ジーク……ありがとう」
そう、私は迷っていた。トシュタイン王国の王宮を四頭の竜が守っていれば王宮を落とすのは難しいかもしれない。でも勝手にトシュタイン王国に向かっていいのだろうか? この地に来る時も私は国王陛下やお父様の言葉を無視してきてしまった。それにトシュタイン王国に行ったからって私に何ができるだろう? ううん、ルーナの存在はものすごく強みになる。四頭の竜もルーナがいれば抑えられるのではないか? そう思う一方で戦争の真っただ中に向かうのは怖い。人が争って傷つけたり傷つけられたり死んだりする場所に行くのが怖い。
半年前の竜の森の事件を思い出すとまだ体が震える。ディオやウーゴさんに殺されたあの三人のもう何も映さない目、飛び散った血、その真っただ中に行くと考えただけで全身の血が下がるような気がする。
でも結局私は行くと思う。このままオリヴェルト様の危機を見ないふりしてヴェルヴァルム王国の王宮に戻ることなど出来ない。ジークはそんな私の葛藤をわかってくれた。そして共に行こうと言ってくれたのだった。
夜明け前、私はジークと共にペーレント伯の館のエントランスを出る。太陽が地平から顔をのぞかせる少し前、薄ぼんやりと辺りが明るくなる時刻。
昨晩ジークは筆頭護衛騎士のシュテファンに私と共にトシュタイン王国に行くことを告げてパルミロたちの護送を頼んだそうだ。シュテファンは初め強硬に反対したそうだがジークが粘り強く説得し渋々ながら承知してくれた。
前庭まで来た時にはそこで既に待っている二人に私たちは気づいていた。
「ジーク、水臭いぞ。俺はジークの護衛騎士だ。どこまでも護衛する。それに———」
「それにヴィヴィの兄だ。最愛の妹が望んだことはどんなことでも叶えるのが兄だろう? ヴィヴィ、僕はいつでもヴィヴィの望みを叶えるからね。一緒にトシュタイン王国に向かおう」
「エル兄様……フィル兄様……」
「それにシュテファンのおっさんにジークの事を頼まれたしな」
エル兄様は小さい声で言った。
兄様二人が一緒に行ってくれるならこんなに心強いことは無い。私たちは自分たちの竜を呼んだ。
「あ」
ジークが私の後ろを見て声を上げる。
振り向くと
「アロイス……」
私の護衛騎士はただ一言「お供します」
結局私たちは五頭の竜でトシュタイン王国の王都に向かった。
私一人で行こうと思っていた。でもジークが、兄様たちが……そしてアロイスが私の我儘に付き合ってくれる。
私はみんなに力を貰ってルーナに乗りトシュタイン王国の王都を目指した。




