第7話「英雄への出待ちに、本人がルンルンで現れた」
◆ しずく・神代 視点 ◆
『Sランク指定:奈落の迷宮』の入り口は、朝の光の中でも不気味に黒く揺れていた。
立ち入り禁止のテープ。真っ赤な警告看板。
そこに、十数名の重装備の精鋭たちが整列していた。
全員、Aランク以上。
国内トップギルド『蒼穹の剣』が誇る、選りすぐりの戦力だ。
「……緊張しすぎだろ、お前ら」
しずくは隣の副ギルドマスターに小声で言った。
「し、仕方ないでしょう。相手はSランク迷宮を裏山呼ばわりする人間ですよ。何をするかわからない」
精鋭の一人が小声で言った。「粗相があったら俺の首が飛ぶ」
「飛ばないから」
神代が静かに言った。
全員がぴんと背筋を伸ばす。
「影山殿が現れたら、全員最大限の敬意をもって接しろ。軽率な言動は許さない。あの方の機嫌を損ねたとき、我々に何ができるかを考えてから口を開け」
「「「はっ」」」
しずくは入り口の方を見た。
(来るかな……)
映像解析と行動パターンの推測。猛毒の沼での足跡。ダンジョン管理協会への聞き込み。
あらゆる情報を集めて、辿り着いた結論。
影山湊は日課でここに来る。
解雇されて行き場を失った今日、ここに現れる可能性は高い。
「……来た」
神代が静かに言った。
◆ 影山湊 視点 ◆
今日は気分がいい。
久しぶりに残業なしで、久しぶりに朝から裏山に来られた。
鼻歌を歌いながら道を歩いていると、いつもの入り口が見えてきた。
「ん?」
立ち止まった。
なんか人が、いっぱいいる。
重装備の探索者が十数名、整列している。
全員がこちらを見ていた。
視線が、痛い。
(なんだ? 同業者か? にしては装備が豪華すぎるな。探索者か。でも探索者がなんでこんな整列してんだ)
俺は少し歩みを緩めながら、そのまま近づいた。
逃げる理由もないし。
すると、一番前に立っていた長身の男が、静かに前に進み出た。
鋭い目。Sランク探索者特有の、空気を纏ったような立ち方。
その男が、俺の前で。
深々と、九十度のお辞儀をした。
「お待ちしておりました、影山殿」
俺は固まった。
その隣から、見覚えのある顔が飛び出してきた。
配信者の、天海しずくだ。目が、うっすら赤い。
「あの時は、本当にありがとうございました……!」
こちらも深々と頭を下げている。
後ろに並んだ精鋭たちまで、つられるように頭を下げた。
俺は彼らと、自分を、交互に見た。
(なんだこの人たち)
(やたら礼儀正しいな)
(Fランクの連中とは、大違いだ)
俺は少し感心しながら、頭を下げ返した。
「あー……どうも。朝早くからご苦労様です」
「こちらこそ……!」としずくが言いかけたとき、俺は迷宮の入り口を指さした。
「今日はお休みですか? 俺はこれからちょっと掃除なんですけど。まあストレス発散も兼ねて」
空気が、固まった。
神代が顔を上げた。
「……掃除」
「はい。まあ、仕事クビになっちゃったんで。記念にゆっくりしようかなと」
しずくの目が、また赤くなった。
なんか泣きそうな顔をしているが、理由がよくわからない。
そのとき。
迷宮の入り口が、ぐらりと揺れた。
暗闇の奥から、地鳴りのような音が響いてくる。
重い足音。鼻腔を刺す獣の臭い。
精鋭たちが一斉に武器を抜いた。
神代の手が、剣の柄にかかった。
出てきたのは、巨大な影だった。
体高三メートルを超える、牛頭の巨人。
両手に持った斧が、朝の光を鈍く反射している。
Sランクモンスター、ミノタウロス。
俺はそれを見た。
「あ」
俺は神代たちを振り返った。
「ちょっとすいません」
「え?」と神代が言いかけた。
「そこ、ゴミ通るんで退いてもらえますか」
精鋭たちがさっと左右に割れた。
俺は担いでいたモップの柄を持ち直して、ミノタウロスに近づいた。
ミノタウロスが斧を振りかぶる。
俺はその鼻先を、モップの柄でこつんと小突いた。
ミノタウロスが、消えた。
音もなく。跡形もなく。
俺は「よし」と呟いて、モップを肩に乗せ直した。
振り返ると、神代たちが完全に固まっていた。
全員、同じ顔をしていた。
(人間ってこんな顔できるんだな)と俺は思った。
「あの」
俺は言った。
「せっかくですし」
迷宮の入り口を手で示した。
「中、一緒に見学していきます?」
誰も、しばらく動けなかった。




