第6話「クビ通知を受け取った男の、清々しい一日」
◆ 桐島 視点 ◆
神代たちが戻ってきたとき、桐島は会社の応接室で縮こまっていた。
神代厳が椅子に座る。
しずくがその隣に立つ。
二人とも、表情がさっきより硬かった。
「単刀直入に言う」
神代が口を開いた。
「影山湊を、我がギルドで引き取る」
「は」
「彼を不当な労働環境に置き続けた件については、ギルド協会を通じて徹底的に監査を入れる。覚悟しておけ」
桐島の頭が、ぐるぐると回転した。
監査。協会。引き取る。
つまり。
(あいつ……猛毒の沼で、よっぽど酷い粗相をしたんだ……!)
清掃ミスだ。Sランクギルドのトップが直々に乗り込んでくるレベルの、致命的な清掃ミス。
きっと影山のせいで何か取り返しのつかないことになったんだ。
(こうなったら、あいつを生け贄に差し出すしかない……!)
桐島は立ち上がった。
「申し訳ありません! 影山は最初からうちには不要な人間でした! 無能で、使えなくて、仕事もろくにできない底辺で! 今すぐ懲戒解雇にしますから! どうか私と会社だけは……!!」
部屋の空気が、変わった。
神代の目が、桐島を見ていた。
怒りとか、苛立ちとか、そういう熱いものじゃない。
もっと冷たい何か。
底のない池を覗き込んだような、静かな、軽蔑の目だった。
「……貴様らは」
神代がゆっくりと立ち上がった。
「自分が何を手放したのか、わかっていない」
それだけ言って、神代は踵を返した。
しずくが桐島を一瞥した。
その目にも、同じ色があった。
「影山さんのこと、ちゃんと調べてから後悔してください」
二人が出て行った。
応接室に、桐島一人が残された。
(助かった……! これで会社は守れた……!)
桐島は大きく息を吐いた。
そのとき、机の上のスマホが鳴った。
画面には【ダンジョン管理協会 監査部】という文字が表示されていた。
桐島の顔から、血の気が引いた。
電話に出ると、事務的な声が流れてきた。
「株式会社クリーンハンター様ですね。本日付けで業務停止命令を発令いたします。なお、労働基準法違反の疑いで——」
スマホが、桐島の手からゆっくりと滑り落ちた。
◆ 影山湊 視点 ◆
翌朝。
目が覚めたのは、八時過ぎだった。
久しぶりに目覚ましなしで起きた。
ぼんやりしながらスマホを手に取ると、通知が来ていた。
桐島からのメールだ。
開いてみる。
『影山へ。お前はクビだ。懲戒解雇とする。二度と会社に来るな。以上。』
俺はしばらく画面を見つめた。
それから。
「……マジか」
布団の上で、仰向けに倒れ込んだ。
天井を見上げて、じわじわと実感が広がってくる。
「やった」
声に出して言った。
「やった!!」
思い切り言った。
ブラック企業から、解放された。
残業代ゼロの会社から。桐島の罵倒から。ヘドロと罵声を浴び続けた日常から。
自由になった。
俺はむくりと起き上がって、カレンダーを確認した。
平日の朝、九時。
「平日の朝から、裏山行っていいのか……」
じわじわと喜びが広がってくる。
いつもは仕事終わりの夜に行っていたSランク迷宮。疲れた体で、疲れた頭で、ストレス発散のためだけに行っていた場所。
でも今日は違う。
朝から。万全の体調で。時間を気にせず。
「……最高じゃないか」
俺は勢いよく立ち上がった。
クローゼットを開けて、作業着を引っ張り出す。
一番きれいなやつ。ほぼ新品のやつ。
会社のロゴが入っているが、もうどうせ関係ない。
ガスマスクをカバンに入れて。清掃道具は……いや、今日は休日だから要らないか。でも一応持っていこう。習慣だし。
準備を終えて、玄関に立った。
鏡に映った自分は、いつもと同じ薄汚れた作業着姿だった。
でも表情が、全然違う。
「よし」
俺は鍵を手に取った。
「退職金代わりの、最高の休日にしてやる」
扉を開けると、秋晴れの空が広がっていた。
足取り軽く、俺は歩き出した。
裏山への道を、鼻歌交じりで。




