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第56話(最終話)「明日の現場と、澄み渡る夜明け」

---


> **世界が終わるところだった。**

> **清掃員が、掃除した。**

> **世界は、続いた。**

>

> **そして翌朝。**

> **清掃員は、定食を食べた。**


---


**◆ 帰還と日常(夜明けの駅前) 視点 ◆**


電車を、降りた。


いつもの駅だった。


改札を出た。


いつもの街の空気だった。


朝の、冷たい空気。


少し、排気ガスの匂いがする。


コンビニの明かりが、まだついている。


パン屋が、シャッターを開け始めていた。


「ただいま」


誰も聞いていなかったが、俺は言った。


スマホを開いた。


iPhoneの画面が、光った。


通知が来ていた。


世界政府からが、三件。


天界からが、二件。


グレイシア帝国からが、五件。


月面開発機構からが、一件。


全部、後でいい。


俺は画面をスクロールした。


神代さんからのメッセージがあった。


『今日はゆっくり休んでください』


『次の現場は明後日以降で調整します』


『お疲れ様でした』


俺は返信した。


『ありがとうございます。今日はゆっくりします』


送った。


キュウちゃんが、肩でまどろんでいた。


「起きてるか、キュウちゃん」


「きゅう……」


「定食食べに行くぞ」


「きゅう」


目が、少し開いた。


脚が、筋肉痛だった。


一万階分の記憶が、脚に残っていた。


でも、歩けた。


いつもの道を、歩いた。


いつもの定食屋が、見えてきた。


暖簾が、出ていた。


『朝食営業中』


ガラス扉を、開けた。


「いらっしゃい」


おばさんの声がした。


「おはようございます」


「あら、夜勤帰り?」


「そうです」


「いつもの?」


「はい、お願いします」


カウンターに、座った。


キュウちゃんが、カウンターの端で丸くなった。


「この子も何か食べる?」


「少し、何か分けてもらえますか」


「小魚あるよ」


「ありがとうございます」


俺は、カウンターに肘をついた。


お茶が来た。


温かかった。


両手で持った。


「……」


世界を救った翌日だった。


でも、定食屋のお茶は、いつもと同じ温度だった。


それが、よかった。


---


**◆ それぞれの場所で始まった掃除 視点 ◆**


納豆と味噌汁が来た。


ご飯は大盛りにしてもらった。


俺は食べながら、ぼんやりと思い出した。


みんな、今頃どうしているだろう。


---


天界では。


アレスが、脚立に乗っていた。


換気扇の前に立っていた。


「アテナ、洗剤はどこだ」


「さっき渡した」


「どこだ」


「手に持ってる」


「……ああ」


アレスが、洗剤を確認した。


「戦神が換気扇を掃除している……」


部下の神が、遠くから呟いた。


「当たり前だ」


アレスが言った。


「掃除のできない神に、天界を守る資格はない」


「は、はい!!」


「手伝え」


「は、はい!!」


天界の換気扇清掃が、始まった。


アテナが、仕上がりをチェックしながら歩いていた。


「ここの角が甘い」


「やり直します!!」


「影山湊ならこう言う。『角に汚れが溜まりやすい。特に気をつけろ』と」


「は、はい!!」


「覚えておけ」


「覚えました!!」


アテナは、磨かれた廊下を見た。


光を反射していた。


「……悪くない」


---


魔界では。


ザルディウスが、モップを持っていた。


魔界の黒いモヤに向かっていた。


「よし、行くぞ」


後ろに、グレイン、ヴォルガ、セイラス、ナクシアが並んでいた。


全員、デッキブラシを持っていた。


「魔界に、朝焼けを呼ぶ」


「呼べるのか」


「やってみないとわからない」


「先輩の受け売りか」


「そうだ」


ザルディウスは、モップを動かした。


黒いモヤが、少しだけ薄くなった。


「……少し明るくなった気がする」


「気のせいかもしれない」


「でも、やる」


「そうだな」


全員が、モップとブラシを動かし始めた。


魔界の片隅で、清掃が始まった。


---


どこかの図書館では。


白い手袋をはめた手が、古書のページをそっとめくっていた。


一枚ずつ、丁寧に。


埃を払っていた。


汚れを確認していた。


「……この本は、あと五十年は持つ」


ハクが、静かに言った。


「汚れる前に手入れをすれば、長持ちする」


隣に積まれた本が、順番を待っていた。


山のように、あった。


「次」


ハクは、次の本を手に取った。


急がなかった。


丁寧に。


一冊ずつ。


「……影山湊なら、こう言うだろう」


ハクは呟いた。


「こすらず、待て」


手袋が、ページを撫でた。


---


四天王たちは。


第一の将ルストは、塔の壁に埋まったまま、壁の補強材として第二の人生を送っていた。


「私は……建材になっていた……」


でも、建物が長持ちしていた。


「……まあ、役に立っているならいいか」


第二の将グリスは、排水路に流れ込んだあと、地下の潤滑油として機械のメンテナンスに使われていた。


「私は……機械油に……」


でも、機械が滑らかに動いていた。


「……私の油が、役に立っている」


第三の将ダストは、ゴミ袋から適切に処理されて、再生紙の原料になっていた。


「再生紙……」


白い紙になっていた。


きれいな、白い紙。


その紙が、どこかに届いた。


漫画家の机の上に。


「……私が、紙になった」


原稿用紙として、使われた。


GKが、飛び出す絵が、その上に描かれた。


「……悪くない、最期だ」


第四の将モールドは、白い粉になって土に混ざった。


「私は……肥料に……」


植物の根元に、届いた。


春の花が、咲いた。


「……腐敗が、花になった」


モールドは、初めて美しいと思った。


---


**◆ 新しい依頼と未来 視点 ◆**


定食を、食べ終わった。


「おいしかったです」


「ありがとうね」


「キュウちゃん、小魚を全部食べましたよ」


「いっぱい食べてくれた。また来てね」


「はい」


俺は、財布を出した。


お金を払った。


おつりをもらった。


「ゆっくり休みなよ」


「そうします」


店を出た。


朝の空気が、また来た。


昨日より、少し温かかった。


気のせいかもしれなかった。


でも、温かかった。


スマホが、鳴った。


神代さんだった。


「影山殿、おはようございます」


「おはようございます」


「ゆっくり休めましたか」


「今、朝食を食べ終わったところです」


「そうですか」


神代さんが、少し間を置いた。


「一つ、相談があるのですが」


「何でしょう」


「次の現場なのですが」


「はい」


「少し、特殊でして」


俺は空を見上げた。


雲が、少しあった。


でも、青かった。


昨日より、確かに青かった。


「どのくらい特殊ですか」


「その……海底に、古代遺跡があるらしくて」


「海底」


「はい。一万年以上放置されているようで、状態が」


「海底の特殊清掃ですね」


「そうなります」


俺は少し考えた。


「水中作業は初めてですね」


「潜水服のレンタルが必要かと——」


「レンタル代は経費ですか」


「もちろんです」


「わかりました」


俺は、腰のスクイジーを指で弾いた。


キン、と音がした。


「道具を揃えて向かいます」


「ありがとうございます。影山殿」


「ただ、一つ確認させてください」


「何でしょう」


「水中作業手当は、高所作業手当とは別の計算ですか」


神代さんが、少し笑った気がした。


「別で出します」


「ありがとうございます」


電話が、切れた。


俺は、スマホをポケットにしまった。


道具箱を、持ち直した。


キュウちゃんが、肩の上で背伸びした。


「きゅう」


「次は海底だぞ、キュウちゃん」


「きゅう!?」


「泳げるか」


「きゅう……」


「まあ、なんとかなるだろう」


俺は歩き出した。


いつもの街の、いつもの道を。


人が少しずつ増えてきた。


出勤する人。


学校に向かう子供。


犬を散歩させている人。


みんな、それぞれの場所に向かっていた。


俺も、向かっていた。


次の現場に。


空が、青かった。


スクイジーが、朝の光を反射した。


俺は、歩き続けた。


仕事道具を背負って。


いつもの街の雑踏の中に。


消えていった。


---


**◆ あとがき ◆**


```

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

影山工務店 現場報告書

シリーズ総括

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


【期間】

 第1話〜第56話


【対応案件(主要)】

 ・厄災の魔竜(粗大ゴミ)

 ・Sランク迷宮各種(清掃派遣)

 ・死霊の廃都(特殊清掃)

 ・グレイシア帝国(霜取り)

 ・アルテミア共和国の港(水垢)

 ・エルフの国の世界樹アブラムシ

 ・魔王城(換気扇・コーキング)

 ・百鬼夜行(夜勤)

 ・全国クリーンアップ大会(出場)

 ・汚泥宮(一万年放置)

 ・宇宙ゴミ(不法投棄)

 ・天の川(詰まり)

 ・天界の宮殿(換気扇・鏡面)

 ・次元の亀裂コーキング

 ・王国宝物庫(金属研磨)

 ・魔王城・原状回復

 ・渋谷の劇場(空調)

 ・ラスト・ジグラット全域

  (一階〜最上階、四天王対応、腐敗王対応)


【総使用道具】

 ・ミスリルモップ

 ・純金のちりとり

 ・高圧洗浄機(通常〜宇宙仕様)

 ・業務用コーキング材

 ・ラバーカップ(各種)

 ・マスキングテープ

 ・特大コロコロ

 ・スクイジー(愛用品)

 ・ケルヒャー・ゴッド

 ・超音波温熱洗浄ポッド

 ・ダイソン・ノア

 ・キッチン・ドーム

 ・フッ素・ゴッド

 ・その他消耗品、多数


【キュウちゃんの活躍】

 全案件に同行。

 霧吹き、除菌ミスト散布、

 窓開け、コロコロ補助、

 お留守番(有給の日)。

 最優秀作業員賞に値する。


【ハクについて】

 最初は敵だった。

 最後は「汚れ発見速度でライバル」と言った。

 次の現場があれば呼ぶ。


【四天王のその後】

 ルスト :建材として第二の人生

 グリス :機械油として稼働中

 ダスト :再生紙を経て原稿用紙に

 モールド:肥料となり花を咲かせた

 全員、それぞれの形で役に立っている。


【ザボについて】

 原状回復の交渉、継続中。

 換気を始めたと報告があった。

 定期点検の契約を提案中。


【総括・一言】

 汚れは落ちます。

 どんな汚れも、必ず落ちます。

 道具が合っていれば。

 手順が正しければ。

 あきらめなければ。

 

 清掃の仕事は、終わりません。

 でも、それでいいと思っています。

 きれいにした場所は、また汚れます。

 また掃除します。

 それが、仕事です。

 

 次の現場は、海底だそうです。

 道具を揃えます。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           影山湊 (印)

           キュウちゃん(肉球)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

```


---


> **清掃員は、英雄ではない。**

> **でも英雄より多くのものを、磨いた。**

>

> **世界は、続く。**

> **汚れ続ける。**

> **だから、掃除も続く。**

>

> **影山湊は今日も現場へ向かう。**

> **道具を背負って。**

> **キュウちゃんを肩に乗せて。**

> **スクイジーを腰に下げて。**

>

> **「道具を揃えて、向かいます」**

>

> **【完】**

## 影山工務店・全全工程完了報告あとがき


【シリーズ総評:★★★★★★★★★★(満天の星空より輝いています)】

魔竜の粗大ゴミ回収から始まり、宇宙の不法投棄、そして概念の腐敗まで。振り返れば、ずいぶんと遠い現場まで来たものです。どんなに特殊な依頼でも、私のやることは変わりませんでした。「汚れを見極め、適切な道具を選び、手順通りに落とす」。この積み重ねが、結果として世界を繋ぎ止めることになったのなら、清掃員冥利に尽きます。


【職人の一言】

「掃除に終わりはありません。一度きれいにしても、生活が続けばまた汚れます。でも、それは絶望ではありません。汚れは『生きて動いている証』です。汚れたらまた掃除すればいい。そのたびに、世界は少しずつ新しくなります。スクイジーを引いた後のあの透明な輝きを、私は一生忘れないでしょう」


【近況報告】

次の現場は海底だそうです。水中作業手当もしっかり出るようですし、ドクター・ライトに水中用高圧洗浄機の調整を頼まないといけませんね。2026年3月24日、夜勤明けの体は重いですが、心は驚くほど軽いです。キュウちゃんも新しいウェットスーツ(?)を楽しみにしているみたいですよ。


【読者の皆様へ】

長い間、影山湊とキュウちゃんの掃除の旅に同行してくださり、本当にありがとうございました。

もし、この物語を読み終えた後、あなたの机の上の埃をちょっと払ってみようかな、なんて思っていただけたなら、それが私にとって最高の『完結記念』です。


それでは、次の現場でお会いしましょう。

影山工務店、道具を揃えて向かいます!


【影山工務店・次元清掃録 ――全編完結――】

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