第16話「純金のちりとりに、プライドが集められた日」
◆ 若手エリート 視点 ◆
「納得いかない」
蒼穹の剣の訓練場。
Aランク昇格を果たしたばかりの橘 蓮は、タオルで汗を拭きながら吐き捨てた。
「影山って清掃員、なんなんだ」
隣で素振りをしていた仲間の桐生が頷いた。
「わかる。ギルドマスターが直接出迎えるとか、VIPルーム使わせるとか、俺たちより待遇いいじゃないか」
「Fランクの清掃員だぞ」
蓮は続けた。
「どう考えてもおかしい。神代さんが騙されてるんじゃないか」
「死霊の廃都を片付けたって話、聞いたか?」
「たまたまだろ。もしくは誇張だ」
蓮は腕を組んだ。
「百聞は一見にしかず。俺たちが実力の差を教えてやれば、神代さんも目が覚める」
「どうする」
「訓練の練習相手を頼む感じで絡めばいい。俺たちの攻撃を一発でも食らったら、認めるとか言えばけん制になる」
桐生が口角を上げた。
「今、あいつ訓練場の掃除してるぞ」
蓮は素振り用の剣を握り直した。
「ちょうどいい」
◆ 影山湊 視点 ◆
訓練場は広かった。
壁に傷が多い。床に焦げ跡が多い。
探索者の訓練場というのは、どこもこんな感じだ。
「まず床から片付けよう」
俺はミスリル製モップを手に取った。
それから、ふとバケツの中を見た。
先日もらった金の盾が入っている。
バケツの中で、スプレーボトルに押されながら傾いていた。
取り出してみる。
ずっしり重い。
そして、よく見ると。
「……これ、カーブしてるな」
盾の縁が、緩やかに湾曲している。
ちりとりのカーブに、似ている。
俺は床にモップでゴミを集めながら、試しに金の盾を横に当ててみた。
ゴミが、すっと盾の内側に集まった。
「おっ、ちょうどいい」
完璧なカーブだった。
まるでちりとりのために設計されたかのような角度だ。
「これ、優秀だな」
俺は金の盾をちりとり代わりに使いながら、訓練場の床を掃き始めた。
鼻歌を歌いながら、隅から隅へ。
そのとき、後ろから声がかかった。
「おい、新入り」
振り返ると、若い探索者が三人立っていた。
全員、装備が立派だ。Aランクの紋章が見える。
「あ、お疲れ様です。訓練ですか? もうちょっとで掃き終わるんで、少し待ってもらえると助かるんですけど」
「待つ気はない」
リーダーっぽい男が、剣を構えた。
「お前に話がある。俺たちの攻撃を避けきれたら、ギルドにいる実力があると認めてやる」
「え、俺ですか」
「他に誰がいる」
俺は少し考えた。
(訓練の練習相手が欲しいのか)
(でも今、掃除の途中なんだよな)
「じゃあ端っこだけ先に掃いちゃいますね。そこゴミが溜まってるんで」
俺はモップを動かした。
「話を聞けよ!」
「聞いてますよ、続けてください」
俺は返事をしながら、壁際のゴミを金の盾に集めた。
「……こいつ」
男の目が、険しくなった。
「舐めてんのか」
「舐めてないですよ、掃除してるだけです」
◆ 若手エリート・蓮 視点 ◆
(完全に舐めている)
蓮は奥歯を噛んだ。
「桐生、やれ」
「おう」
桐生が両手を前に出した。
魔力が収束する。
Aランク相当の火炎魔法。訓練場でも最高クラスの出力だ。
「くらえ!」
炎の塊が、影山に向かって飛んだ。
影山は振り返りもしなかった。
モップを、横に軽く振っただけだった。
風圧が生まれた。
炎が、消えた。
爆発も、衝撃も、何もなかった。
ただ、消えた。
「な」
桐生が固まった。
「なんで……」
「あ、ホコリが舞い上がった」
影山がぼそりと言った。
「換気しないといけないな、ここ」
影山がモップを軽く動かすと、訓練場の空気が流れた。
舞い上がった細かいホコリが、入り口の方へ流れていった。
「……魔法が、ホコリ扱い」
桐生の声が掠れた。
「蓮、やばい、あの人やばい」
「うるさい、俺が行く」
蓮は剣を構えた。
五年間磨いてきた剣技。Aランク昇格試験で審査員を唸らせた一閃。
「はああっ!」
全力で踏み込んだ。
渾身の斬撃が、影山の背中に向かった。
影山が、横を向いた。
右手に持っていた金の盾を、すっと差し出した。
斬撃が、盾に当たった。
弾かれもしなかった。
吸い込まれるように、盾の内側に収まった。
まるで、ゴミがちりとりに収まるように。
「……え」
「危ない危ない」
影山がぼそりと言った。
「ゴミが散らかるところだった」
影山は盾を傾けて、斬撃の残滓をゴミ袋にポイッと入れた。
ゴミ袋の口を縛った。
「よし、これで床はきれいになりましたね」
影山が立ち上がった。
訓練場の床が、ピカピカに輝いていた。
◆ 若手エリート 視点 ◆
蓮は、膝をついていた。
いつ崩れ落ちたのか、わからなかった。
桐生も、もう一人の仲間の成瀬も、同じように膝をついていた。
「最近の若い人は元気ですね」
影山の声が、遠くから聞こえた。
「訓練、頑張ってください。でも道場はきれいに使いましょう。ゴミはゴミ箱に」
足音が、遠ざかっていく。
ドアが開く音がした。
閉じる音がした。
残された三人は、しばらく動けなかった。
ピカピカの床に、自分たちの顔が映っていた。
「……俺たち」
桐生が掠れた声で言った。
「渾身の魔法を、ホコリって言われた」
「……うん」
「俺の斬撃、ゴミ袋に入れられた」
「……うん」
蓮は床に映った自分の顔を見た。
呆然とした顔が、そこにあった。
(なんだ、あれは)
(Aランクの誇りが、なんだ)
(俺たちは、何も見えていなかった)
「……師匠」
気づいたら、声が出ていた。
桐生が振り返った。
「蓮?」
「あの人が……師匠だ」
蓮は床に両手をついた。
「俺たちは、井の中の蛙だった……!」
成瀬が目を赤くした。
「俺も……そう思う」
桐生が、静かに頷いた。
「あの純金のちりとり……一生忘れられない」
三人は、しばらくその場に座り込んでいた。
ピカピカに磨かれた訓練場に、秋の光が差し込んでいた。
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