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第14話「Sランク迷宮(清掃済み)」

◆ 天海しずく・配信 視点 ◆

「皆さん、落ち着いて聞いてください」

しずくはカメラに向かって、できるだけ冷静な顔を作った。

同接数が画面の端に表示されている。

百五十万人。

緊急配信を告知してから十分で、ここまで跳ね上がった。

「信じられないかもしれませんが……これが、現在の『Sランク指定:無限砂海』です」

しずくはカメラをゆっくりと横に回した。

映ったのは。

光だった。

見渡す限りの、光。

地平線の向こうまで続く、太陽を反射するツルツルの鏡面。

砂が、なかった。

デスワームが、なかった。

あの無限に広がる死の砂漠が。

どこまでも均一な、ガラスの平原になっていた。

コメントが、弾けた。

は?

は?????

コラ画像?

CGじゃないの?

スケートリンクじゃんwww

デスワームどこ行った!?

え待って砂は?砂はどこ??

しずくちゃんどこにいるの今

「本物です」

しずくは言った。

「私が今立っているのは、無限砂海の入り口付近です。足元を見てください」

カメラを下に向ける。

ガラスの地面に、しずくの顔が映り込んでいた。

鏡じゃん

鏡になっとる

意味わからん

国家レベルの魔法陣でもこんなことできないぞ

「これを、どうやったのか」

しずくは一息ついた。

「ある一人の清掃員の方が」

「『試し拭き』をした結果です」

コメントが、一瞬止まった。

……

……は?

しそく待って

試し拭き?

ためしぶき????

日本語のはずなのに意味がわからない

しずくは微笑んだ。

「私も最初はそう思いました」

そのとき。

カメラの後ろ。

ガラス平原の奥の方から、音がした。

「おっとっと」

声だった。

「うわ、滑る。なんでこんな滑るんだ」

しずくはゆっくりとカメラを回した。

ガラスの平原の遠く。

ガスマスクに薄汚れた作業着。

その男が、両手を広げてバランスを取りながら、ツルツルと滑って、こちらに向かってきていた。

「おっとと、あっぶな」

コメント欄が、爆発した。

出たああああああ!!!!

ガスマスクの死神キタ――!!

神が滑ってるwwwwwwwwww

神様草すぎるwwwww

砂漠をガラスにしたのこの人じゃん!?

試し拭きってマジだったの!?

腹痛いwwww同接200万超えたwww


◆ 影山湊 視点 ◆

滑る。

思ったより、ずっと滑る。

「しまった」

俺は両手を広げてバランスを取りながら、じりじりと前に進んだ。

摩擦熱でガラス化した地面は、当然ながら摩擦がほぼゼロだ。

作業靴のゴム底が、まったく意味をなしていない。

「ワックスかけすぎた」

俺は反省した。

砂をガラスにするつもりはなかった。モップのしなりが想定以上だっただけだ。

「これじゃ次に来る人が転ぶな……」

清掃員として、それはまずい。

足元の安全は確保しなければならない。

俺はじりじりと滑りながら進んだ。

入り口が近づいてきたとき、人影が見えた。

しずくさんだ。

その隣に、地面に這いつくばって両手を合わせているおっさんがいた。

黒崎さん、という協会の偉い人だ。

さっきのVIPルームで気絶していた人だ。

「お疲れ様です」

俺は声をかけながら、なんとかガラスの端まで辿り着いた。

砂のあったエリアとの境界線を踏んだ瞬間、足が止まった。

「ここ、ちょっと滑りやすくなっちゃったんで気をつけてくださいね」

しずくさんがカメラを向けたまま、固まっていた。

黒崎さんは這いつくばったまま動かなかった。

俺はカバンを探った。

「まずいな、これ。何も置かないと事故が起きる」

清掃現場の基本。

危険な箇所には、必ず標識を立てる。

俺はカバンの底から取り出した。

黄色い三角コーン。

『足元注意』『清掃中』と書かれた、お馴染みのやつ。

どんな現場にも持ち歩いている、俺の必需品だ。

俺はSランクダンジョン『無限砂海』の入り口に、それをポンと置いた。

「うん」

見た目のバランスが悪くない。

「じゃ、俺はこれで直帰します」

しずくさんに向かって、軽く手を挙げた。

「お疲れ様でした。黒崎さんも、地面冷たいんで早めに立った方がいいですよ」

俺は来た道を戻った。

ガラスの平原を、また滑りながら。

「おっと、おっとっと」

遠ざかっていく。

ガスマスクの男が、鏡面の平原をツルツル滑りながら去っていく。

その入り口には。

人類が絶望し続けたSランク迷宮の前に。

ぽつんと。

黄色い三角コーンが、一つ。

立っていた。


しずくはしばらく、それを見ていた。

カメラを向けたまま。

コメント欄は、もはや嵐だった。

足元注意で草wwwwww

Sランク迷宮(清掃済み)

腹痛い腹痛い腹痛いwwww

黄コーン一本で全部持ってったwww

この国の最強は清掃員

伝説の回になった

同接250万突破!!!

神が滑りながら帰ってったwww

「地面冷たいんで」ってwwwww

もうだめ笑い死ぬ

しずくはカメラを持ったまま、笑いをこらえるのを諦めた。

「……ふふっ」

こらえきれなかった。

「ははっ」

笑い出したら、止まらなくなった。

「あはははっ、足元注意……! Sランク迷宮に、足元注意……!」

黒崎さんが、地面から顔を上げた。

三角コーンを見た。

また地面に突っ伏した。

「……偉大すぎる」

掠れた声で言った。

「細部まで、完璧だ……」

コメントが流れ続けた。

この回は一生語り継がれる

影山湊という名前を覚えておけ

人類の救世主は清掃員でした(確定)

鏡面のガラス平原に、秋の光が降り注いでいた。

黄色い三角コーンが、風もないのに、ひっそりと立っていた。

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