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第13話「砂漠がガラスになった日、一人の男が神を見た」

◆ 黒崎・神代 視点 ◆

目が覚めたとき、黒崎はソファの上にいた。

天井が見えた。

高級感のある、VIPルームの天井。

「……気がついたか」

神代の声がした。

黒崎はゆっくりと起き上がった。

頭が痛い。

「俺は……」

「気絶した」

「……そうだった」

ミスリルのモップ。防弾ガラスのひび。三千万の領収書。

全部、夢じゃなかった。

黒崎は額に手を当てた。

「影山は」

「もう次の現場に向かった」

「……何時間気絶してた」

「四十分だ」

黒崎は立ち上がった。

足がふらつく。それでも、モニターのある壁に向かった。

「どこの現場だ」

「Sランク指定:無限砂海だ。お前が指定したんだろう」

「……俺が?」

「本部の管轄リストに入っていた。一番広い現場だと本人が選んだ」

黒崎は奥歯を噛んだ。

無限砂海。

見渡す限り続く砂の海。その地下に巣食う数十メートル級のデスワーム。

国内最大面積のSランク指定ダンジョンだ。

攻略どころか、侵入した探索者が砂ごと飲み込まれて帰ってこないことで有名な場所。

「……ただの清掃員が、あそこをどうにかできるわけがない」

黒崎はモニターに顔を近づけた。

「俺の目で見届けてやる。詐欺なのか、本物なのか」

「好きにしろ」

神代が静かに言った。

その声に、余裕があった。

それが黒崎を、さらに苛立たせた。


◆ 影山湊 視点 ◆

砂だった。

地平線の向こうまで、全部、砂だった。

空は白く霞んでいて、どこに太陽があるのかもわからない。

風が吹くたびに砂が顔に当たって痛い。

「うわー」

俺は思わず声が出た。

「砂埃がひどいな、ここ」

ガスマスクをつけておいて正解だった。

足を踏み出すたびに、ずぶずぶと砂に沈む。

「歩きにくい」

しばらく進んでいると、砂の表面が盛り上がった。

でかい。

直径十メートルはある円筒形の体が、砂の中からにょろりと顔を出した。

デスワーム。

牙のついた巨大な口が開く。

その奥に、もう一本。さらに奥に、もう三本。

ざっと数えて、五体。

いや、もっといる。砂の中で動いている影が、あちこちにある。

「でっかいダニがいっぱい湧いてるな」

俺は肩のミスリル製モップを持ち直した。

今日は試し拭き。

道具の性能を確かめるためには、ちゃんとした現場が必要だ。

「せっかくだから、一気にやってみよう」

俺は足を肩幅に開いた。

モップを横に構える。

目の前のデスワームが突進してきた。

俺はそのタイミングに合わせて、横に大きく薙ぎ払った。

手首のスナップを効かせて。

柄のしなりを使って。

ミスリル合金ならではの、絶妙な弾性。

「おっ」

思ったより、いい。

モップが空気を切った。

それだけだった。

でも。

音が、した。

どん、という低い音ではなく。

ざあ、という広がる音。

風が、横に走った。

砂が、吹き飛んだ。

地平線の向こうまで続く砂が。

全部。

一瞬で。

吹き飛んだ。

デスワームの群れも、一緒に。

砂が消えた後に残ったのは、光を反射する平らな地面だった。

ガラスだった。

摩擦熱で砂が溶けて、ガラスになっていた。

見渡す限り、鏡のように光る平原が広がっていた。

「おおっ」

俺は思わず声を上げた。

しゃがんで、ガラスになった地面に触れた。

つるつるだった。

どこまでも均一で、どこにも傷がない。

「ひと拭きでツルツルになった」

俺は立ち上がった。

「さすが三百万……! やっぱり道具は良いもの買わないと駄目だな」

俺は心底感動しながら、鏡面になった平原を眺めた。

「でもまあ、これで終わりだと物足りないな」

もう一度モップを構えた。

「もうちょっと試し拭きしよう」


◆ 黒崎 視点 ◆

モニターを、黒崎は見ていた。

ただ、見ていた。

最初に砂が吹き飛んだとき、黒崎は「カメラが故障したのか」と思った。

次の瞬間には「センサーが誤作動を起こしたのか」と思った。

でもモニターは正常に動いていた。

センサーも正常だった。

衛星映像も、ドローン映像も、全部が同じ光景を映し出していた。

見渡す限りのSランクダンジョンが。

ガラスになっていた。

地形が、変わっていた。

砂漠が、消えていた。

Sランクモンスターの大群が、消えていた。

一振りで。

モップの、一振りで。

黒崎の頭の中で、何かが、ゆっくりと、崩れていった。

これまで積み上げてきた常識が。

三十年間の探索者人生で培った知識が。

協会の幹部として守ってきたプライドが。

全部、一緒に。

ガラスのように、粉砕された。

「……黒崎?」

神代の声が、遠くから聞こえた。

黒崎は自分の膝が床についていることに気づいた。

いつ崩れ落ちたのか、わからなかった。

モニターの中では、作業着姿の男が「もう一回やってみよう」と言いながらモップを構え直していた。

黒崎の目から、何か温かいものが流れた。

涙だと気づくのに、少し時間がかかった。

両手が、自然に合わさった。

拝む形に。

「……黒崎」

神代が、今度は少し困ったような声で言った。

「何をしている」

「見えないのか、神代」

黒崎は震える声で言った。

「あれが……見えないのか」

「見えている。影山殿が試し拭きをしている」

「違う」

黒崎は首を振った。

涙が顎から落ちた。

「あれは……神だ」

「黒崎」

「我々は……清掃員という名の……神を、見つけたのだ……」

しずくが小声で神代に言った。

「……神代さん、黒崎さんが」

「見えている」

神代は静かに言った。

「ほうっておけ」

「いいんですか」

「人が信仰に目覚める瞬間に、口を挟むものじゃない」

モニターの中では、湊が鏡面の平原を見渡して「つるつるで歩きにくいな、帰りどうしよう」と呟いていた。

黒崎はそれを見ながら、ただ拝み続けた。

涙が、止まらなかった。

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