第10話「Sランク厄災指定は、ひどいゴミ屋敷だった」
◆ 影山湊 視点 ◆
空が、赤黒かった。
地平線の向こうまで続く廃墟。崩れた石造りの建物。腐った木材。割れた窓。
そして、うごめく影。
無数の、無数の影。
骨だけになった兵士。腐敗した騎士。宙を漂う霊魂。
どこを見ても、アンデッドだらけだった。
「うわー」
俺は現場を見渡して、素直に声が出た。
「生ゴミの放置がひどすぎる」
死体の放置が長すぎてアンデッド化したんだろうが、要するにゴミの不法投棄だ。
しかも空気がよどんでいる。
「カビもだらけだ」
紫黒い霧が建物の隙間から漏れ出ている。
呪いの瘴気というやつだろうが、見た目がどう見てもカビだ。
換気不足の築古物件に必ず生えるやつ。
「クレームが来るのも当然だな、これ」
俺はカバンからガスマスクを取り出して装着した。
作業着の袖をまくる。
「……よし、上から片付けよう」
俺は廃都の中へ踏み込んだ。
アンデッドの群れがこちらに向いた。
「ちょっとどいてください、掃除できないんで」
右手を軽く払う。
アンデッドの一群が、消えた。
「道が塞がってると仕事にならないんだよな」
俺は呟きながら、奥へ進んだ。
◆ ギルド本部(神代・しずく)視点 ◆
モニターが、複数並んでいた。
上空からの偵察映像。熱源探知。魔力反応センサー。
全てのモニターが、赤黒い廃都の様子を映し出していた。
「……しまった」
神代が低く言った。
しずくが振り返る。
「神聖属性の武器を、渡し忘れた」
「え」
「対呪い装備も、浄化の聖水も、アンデッド特攻の魔道具も」
「全部、ですか」
「全部だ」
二人の間に、重い沈黙が落ちた。
副ギルドマスターが青い顔でモニターを指さした。
「お二人、中央のモニターを……」
廃都の中心部に、それはいた。
全長二十メートルを超える骸骨の巨体。
全身から漆黒の魔力を放ち、周囲の空間を歪める。
胸部に輝く深紅の魔法陣は、触れた生命体を問答無用で即死させる術式だ。
Sランク厄災指定の原因。
国の軍隊が全力を挙げて挑み、全滅した記録が残っている。
エルダーリッチ、災厄の死霊王。
「いくら影山殿でも……」
しずくの声が震えた。
「素手で、あれほどの死の軍勢を前にして……」
「偵察機の映像をアップにしろ」
神代が低く言った。
オペレーターが操作する。
映像が拡大された。
廃都の中を、作業着姿の男が歩いていた。
右手を軽く払いながら。
周囲のアンデッドが、消えていた。
「……」
神代が、額に手を当てた。
「やはり、か」
「でも中心部には死霊王が……」
モニターの中の湊が、廃都の中心へと進んでいく。
死霊王が気づいた。
漆黒の魔力が収束する。
即死魔法陣が、展開され始めた。
直径五十メートルに及ぶ黒い紋章が、地面に刻まれていく。
本部の空気が、凍った。
「影山殿——」
◆ 影山湊 視点 ◆
「あ」
廃都の中央広場に出たとき、俺は足を止めた。
地面に、でかい黒いシミが広がっていた。
渦を巻くように広がる、漆黒の紋様。
「なんか頑固な黒カビの染みがある」
見るからに、しつこそうだ。
壁のカビと違って、石畳に深く食い込んでいる。
しかも広い。直径で五十メートルはある。
「これは普通に拭いても落ちないな」
俺は上を見た。
でかい骸骨が、こちらを見下ろしていた。
全身から黒い霧を放って、なんか威圧してきている。
「……うるさいな、集中できない」
俺はカバンを探った。
マイペットに似た感じのスプレーボトル。中身はただの水だが、清掃前には一吹きしてから拭くのが俺の流儀だ。
地面の黒カビに向けて、シュッとひと吹き。
雑巾を取り出した。
屈んで、一拭き。
黒い紋様が、消えた。
ついでに上の骸骨も消えた。
「……よし」
俺は立ち上がって、広場を見渡した。
チリ一つ、アンデッド一体、瘴気のひとかけらもなかった。
空の赤黒い色が、薄れていく。
「除菌完了、と」
俺は雑巾をバケツの水で洗って絞った。
「あとは全体的にモップがけして終わりにしよう」
それから二時間、俺は廃都を隅々まで磨いた。
崩れた建物は触らないでおいた。それは解体業者の仕事だ。俺は清掃員だから、汚れだけ取る。
夕方前には全部終わった。
廃都は、ただの静かな廃墟になっていた。
「いい仕事した」
俺は満足しながら帰路についた。
ギルド本部に戻ったのは、夕方の五時ごろだった。
エレベーターを降りると、神代としずくが立っていた。
二人とも、顔色が白かった。
「お疲れ様ですー」
俺は手を挙げた。
「いやぁ、今日は生ゴミの処理が大変でしたね。あの黒カビの染みも頑固で、ちょっと手こずりました」
神代が、何か言おうとして、止まった。
「でもバッチリ除菌しておきましたんで、もうクレームは来ないと思いますよ」
しずくが口を開けたまま、閉じた。
「あ、日報ってどこに出せばいいですか? 初日なんで勝手がわからなくて」
「……日報」
神代が静かに繰り返した。
「はい。作業内容と、使った消耗品の記録と、次回清掃推奨時期のメモを書いてあります」
俺はカバンからメモ帳を出した。
達筆で几帳面な清掃日報が、そこにあった。
神代がそれをゆっくりと受け取った。
しずくが、震える声で言った。
「……一つの国を、滅ぼしかけた厄災を」
「え?」
「たった、半日で……」
「あ、いや、今日は比較的スムーズでしたよ。段取りがうまくいったんで」
俺は笑った。
神代が日報を、大切な書類のように両手で持っていた。
その目が、どこか遠くを見ていた。
(この会社の人たち、やっぱり涙腺が緩い)
俺はそう思いながら、「明日もよろしくお願いします」と頭を下げた。




