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最終話 本当の自分

その夜以降、私は誰にも会えなくなった。

気が狂いそうだった。


心配する母の声も、今の私には届かず――

成美さんからの電話も、SNSも、怖くて返信できないままだった。


部屋の隅で、ただ茫然とするしかなかった。


僕は、元の世界で死ぬほど望んでいたものを、この世界で手に入れられたはずだった。

それが――この手から、砂のように零れ落ちていく。


風邪を引いたように、声の調子が悪くなっていた。

夏美の記憶の通りだと、割と生理痛は重いはずなのに、あの夜以降、ピタッと痛みがなくなった。

そして――胸が、小さくなっているような気がした。


「まさか……まさか」


怖くて、全身を見るなんてできなかった。


でも、確かめずにはいられない。


勇気を出して、部屋着を脱ぐ。


身に着けていたのは、成美さんに選んでもらった、淡い緑色のレースの下着。


「ゆるく」なってしまったブラを外し……下も、脱いだ。


恐る恐る、目を開けて自分の身体を確認した。


消えつつある、女の子としての身体の特徴と――それと相反するように、元の身体の特徴が、見えてしまった。


「……あぁ……!!あぁ……ああああああああ!!!」


私はもう、夏美じゃなくなってしまった。





「……ねぇ夏美……成美さんが心配して来てくれてるわよ……ねぇ夏美!」

「……」


もう夏美ではない身体になってしまって、どんな顔で成美さんに会えばいいんだろう。

それだけじゃない。

母だって、私のことなんか分からないに違いない。


お前は誰だ!

夏美をどこにやった!?


そう言われるんだろうか。


魔法。


僕は、前の世界で死んでしまって、管理者に魔法が使えるようにしてもらった。

僕は――どうしても女の子として生きたかった。男の身体が、心底嫌だった。

だから僕は、魔法で女の子になったはずだった。

この世界では、僕は私として生き、正ではなく夏美として生きてきたはずだった。


代償。

管理者が言っていた言葉。

これが、僕が望んだことに対する報いなのか。


私は

僕は……どう……なるんだろう


やがて泣き疲れてしまい、成美さんに選んでもらった下着を大事に抱えて、裸のままベッドの中で眠りに落ちた。




優しく、髪を撫でてくれる手に、僕は目が覚めた。


「……う……ん……?だ、れ……?」

「あ、ごめんね、勝手に入ってきちゃって……心配で心配で、お母様に頼んで部屋に入れてもらったの」

「――っ、な、成美さん!?」


成美さんが、僕のベッドに腰かけて、眠っている僕の髪を撫でてくれていたみたいだった。


「夏美ちゃん、いつも生理重いからちょっと心配で……具合がすごく悪そうだったから……でも夏美ちゃん、髪、切ってたんだね。ショートも可愛いよ」

「――!!」


――髪まで――


心が、ぎゅっと締め付けられる。


もう、隠せないや。


成美さんだけは


僕が、私が好きな人にだけは、嘘はつけない。


布団の中で、手に持ったままだった下着を、なんとか身に着ける。


「……成美さん。掛け布団、どかしてもらってもいい?」

「うん、いいよ……え、夏美、ちゃ……ん?」


僕は、成美さんに選んでもらった下着姿を、彼女に、晒した。


「夏美ちゃん……身体が……あれ?夏美ちゃん、この間お買い物行ったときは……それに小さなころから夏美ちゃんは……」

「うん……この間までは、ちゃんと私も女の子だったんだ。でも……この世界に来て、『魔法』でズルをして、女の子になってたの。成美さん……これが私の……ううん、僕の、元の身体なんだ」


まだ膨らみが残っている胸。でも、買った時には確かに計測してもらったから、ブラが緩いなんてはずがないのに、今は隙間ができてしまっている。

それに……この股間の膨らみも。

この間までロングだった髪の長さが、元の身体の時のように、肩にもかからないくらいのショートになってしまってる。


「……こんなこと言っても、信じてもらえないと思う。でも……僕は、魔法で女の子になって!夏美として成美さんともう一度出会えて!……幸せだったんだ!もう何もいらないって思えたんだ!」


成美さんは、じっと聞いてくれている。こんな、荒唐無稽な話を。

僕は嗚咽を漏らしながら――成美さんの、その優しさが心にしみた。


「成美さん……あなたにだけは……あなたにだけは、僕の、もとの身体を……見られたくなかった……」

「……」

「元の世界でも、成美さんは僕に優しくしてくれていたんだ。とても優しくて、いつも僕のことを気にかけてくれてた。でも僕は、自分の男の身体がいやで、憎くて……そんな時に、死んでしまって。僕は、『管理者』っていう人に、願いを1つだけかなえてもらったんだ。元の世界の僕は、いつも願っていた。『男のままでもいい。せめて、この顔が、もっときれいだったら』って。どれだけ思ったか分からない。でも……どれだけ願っても、この顔も体も変わってくれない。持ってる武器で戦うしか、できない。だから、だから、この世界に来れて、魔法で女の子になることができて、本当に嬉しかった。女の子として成美さんにも会えて、夢がかなったと思ったんだ!でも……もうそれも、お終いだ……成美さん。だましてて、ごめんなさい……ごめ、なさい……!!」


成美さんが、僕を抱きしめてくれた。

優しく。

背中に回した手を、まるで小さな子にするかのように、ぽん、ぽんと背に当ててくれた。


「私にとっては、夏美ちゃんは夏美ちゃんだよ?身体が男の子っぽくなって、正直、とってもびっくりしたけど、私は夏美ちゃんが男の子だから好きとか、女の子だから好きとか、そういうんじゃなくてね……なんて言えばいいんだろう。私ね、夏美ちゃんが夏美ちゃんだから好きなんだよ?」

「成美、さん……」

「怖いよね。自分の身体が変わっちゃうの、怖かったよね。私、夏美ちゃんの話、信じるよ。元の世界で死んじゃったの、哀しいね。でも、今こうして、私も夏美ちゃんもここにいる!今の夏美ちゃんは、こうして生きてるし、私にはちゃんと女の子だから。ね?」

「ほ、ほんと、に?」

「うん」

「き、もち、わるく、ない?」

「どうして?」

「男のくせに、女になりたい変態かって、思わない?男が、女の振りしてた変態だって」

「夏美ちゃん!そんな酷いこと言われたの?私が怒ってあげる!」

「……どうして……どうして、そんなに優しいの……私、僕、男だったのに!身体が、男に戻ってきてるのに!」


その瞬間


ぐいと頬を両手で掴まれて

成美さんの柔らかい唇が、私の――僕の唇を塞いだ。


「――っ!!」

「……ん、ふぅ。そ、そんなの、さっきも言った通りだよ!わ、私が、な、夏美ちゃんのこと好きだから!だから……夏美ちゃん。自分のこと、好きになってあげて。君の苦しみは、想像を絶すると思う。でも、私は夏美ちゃんのことが、性別なんか関係なく、好きだから。だから、ちょっとずつ、自分を好きになって。ね」

「……う、うう……成美さん……成美さん……あああああああ!!!」

「うん、うん。大丈夫だよ。大丈夫だから」

「私、私、怖かった、怖かったの!身体が、戻って……」


元の世界の僕が望んでいたもの


それは、外見の美しさだった。


身体は変えられない。だからせめて外見の美しさが欲しかった。

女の子になりたくて、女装グッズを集めて、お化粧の動画も研究したいと思ってた。


でもこの世界で僕は「私」として、夏美として存在して――夏美としての記憶が、女の子として生きてきた記憶が僕の記憶と混ざり合い、僕の劣等感は、夏美の記憶によっていつしか上書きされていたのかもしれない。


「成美さん……僕の……私の身体が、どこまで男に戻るか分からないけど、それでも、いい?」

「うん。私にとって夏美ちゃんは夏美ちゃんだから」


その時。

部屋が急に明るくなり、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「タダシ君の魔法による代償は、まだ変化の途中だよ」

「か、管理者!」

「……せめて『さん』くらいは付けたまえよ。まぁいい。ナルミとやらにも聞こえていると思うから説明を続けよう。いいかいタダシ君。君の身体は、君が望んだものを代償として、これからさらに変化するだろう」

「――!や、やっぱり……男に、戻るんですね……?」


死ぬほど嫌だけど、それでも――

成美さんが、いいって言ってくれるから、耐えられるかもしれない。


そう思っていたら


「……実は君が行使した魔法の代償は、君の『女性としての生』ではない……見てみなさい、自分の身体を」


そう言うと、管理者が再び強い光を放ち、私の身体が熱くなってきた。


「う……はぁ……く……」

「な、夏美ちゃん!!あ、あなた!夏美ちゃんに何を……」

「心配はいらない。変化を促進しただけだ……ほらタダシ君。自分の身体を見てみたまえ」


熱が引いた私は、自分の身体をよく見てみる。


あれ?男に戻って……ない?

胸のふくらみは少し残っている。

そして、絶望を感じていた男の象徴が消え去っていた。


「……な、ない!ど、どういうこと!?男に戻ったんじゃないの!?女の子に戻った!?」


管理者が説明をしてくれた。


「……君に与えた魔法の代償は、君の『最も欲しいもの』。君は、性別に誰よりも、何よりもこだわっていた。だから代償として、『性別』そのものが取り上げられたのだよ。もはや、君は男でもなければ、女でもない。いうなれば、完全な中性だ」

「……中性……」

「『世界』による多少の調整がこれから起きるはずだ。男と女、その中間で生きることとなる君は、外見も性機能も、どちらでもないものとして変化が起こるだろう」


僕は――私は、どちらでも、なくなった。


そっか。

誰よりも、性別にこだわっていたのか。

だから、代償として性別を無くされた。


男でもない。女の子でもない。

完全な、中性。


なら――私の好きなように生きていい、ってことか。


私は管理者の方を見て、礼を言った。


「ありがとう、ございます。この結果になって、よかったです」

「……性別で苦しんだ君が代償として失ったものが、かえって君を救うことになったか。それもまたひとつの結果だろう。タダシ君……いや、ナツミ君。君は君として、この世界で生きたまえ」

「――はい!」


そうして、大きな蛇の姿をした管理者は姿を消した。


「おっきな蛇だったね」

「成美さん」

「蛇ってね。再生を司るんだって。夏美ちゃんのこと、きっと生まれ変わらせてくれたんだよ。夏美ちゃんの、望むように」

「……うん。そうだね……うん。私、女の子でも男の子でもなくなるけど……私は、今の私が、たぶん好きだよ」


私のその答えに、成美さんは最高の笑みで答えてくれた。


「じゃあ、とりあえずご飯食べよっか。何日も食べてないって聞いたよ?もう」

「う……ごめんなさい」


こうして、私は元の世界での自分を、ようやく克服できたと思う。

ううん、そのきっかけかな。きっとまだ悩んだり迷ったりするんだと思う。


「ねぇ成美さん。これからは、性別に囚われずに生きられるかな」


成美さんが私を抱きしめてくれる。


「うん。夏美ちゃんの呪縛は、もう無いんだから。自由なんだよ、もう」

「自由……」


成美さんが問いかける。


「ねぇ、まず何がしたい?新しい自分になって」

「……とりあえず……新しいブラが欲しいな。おっぱい、小さくなったから……」

「ふふ、そうだね。今度はちょっとエッチなの選んであげるね」

「え?ちょ、やだ成美さん恥ずかしい!」

「そして私は妖艶な夏美ちゃんの下着姿に誘惑されるのであった」

「もう!そ、そんなこと言うなら私も成美さんのやつ、すっごいの選ぶんだからね!」

「へぇ……じゃあ見せ合いっこしようね、今日」

「え、き、今日?」

「ほら早く食べて!行くよ」

「ま、まって成美さん」


私はこの人と、この世界で生きていきます。

どちらでもない、自分として。


Fin

ご無沙汰しております。

10回目ということで、私的にテーマを原点回帰して、ジェンダーものにしました。

感想などお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
 タダシは女になるより、外見の美しさを求めていたのか。  確かに女性になったからと言って、美人になれるわけではないからね。  成美と心が通じてよかったと思います。
第十回春節企画へのご参加ありがとうございます! 女の子に憧れる、女の子になりたいと思っている男の子。 男の娘が増えているとはいえ、やっぱりおっぴらげに女の子の服は着れないですよ。 あと体つきも女の子と…
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