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ウィルダージェスト魔法学校の教師は、皆が学校内のどこかに部屋を持ってる。
それは研究室だったり、私物を置いたり、授業の合間を過ごす部屋だったりと様々だ。
長距離を移動する魔法が使える彼らは、無理に学校内で生活する必要はないけれど、それでも学校の自室で寝泊まりしてる教師も多いらしい。
やっぱり、自分の部屋というのは、あったらあったで何かと便利なものなのだろう。
エリンジ先生は、何らかの科目を担当してる訳ではなさそうだけれど、他の教師と同じく学校内に、それも本校舎の二階に、自室を持っていた。
本校舎の二階は、立ち入るのに少しばかり抵抗がある。
一階は通い慣れてるのだけれど、二階はどうしても、教師の為の階って印象が強いし、特にマダム・グローゼルに呼び出された時なんかに来る場所だから……。
肩に乗ったシャムは全く何時もと変わらない様子だったが、僕はやや緊張しながら、エリンジ先生の部屋の扉を叩いた。
一呼吸を置いて、目の前の扉が勝手に開く。
以前はこれにも驚くばかりだったけれど、魔法学校で過ごすのも二年目となれば、こうやって扉を開く方法も幾つか思い当たる。
一つは古代魔法で、もう一つは魔法陣で、最後の一つは錬金術だ。
もしもこの扉が、古代魔法を用いて開けられたのなら、単純にエリンジ先生が、念動の魔法でノブを回して引き開けたのだろう。
基礎呪文学でも、物を引き寄せたり、遠くに押しやったりする魔法を教わったが、古代魔法には、もっと複雑な動きを、強く行う魔法があるそうだ。
まぁ古代魔法というのは、千二百年以上昔に使われていた魔法ってだけだから、今の魔法と大きな違いがない物も少なくない。
魔法陣を用いてるなら、とある条件に従って、扉が開くという魔法の仕掛けになっている。
例えば、エリンジ先生が机の脇に刻まれた魔法陣に触れると、扉の開け閉めが行われるといった具合に。
そうした、ある条件に従って、何かが起こるという機械的な……、魔法に対して機械的って表現をするのも、ちょっとおかしな気はするけれど、僕の感覚で言うと機械的に感じる仕組みを作れるのが、魔法陣の特徴だ。
尤もそうした仕組みを作るのはとても高度な技術であり、大抵の魔法使いは、魔法の威力を高める魔法陣を設置するくらいが精々らしいけれども。
錬金術を用いていた場合は、この扉は魔法の道具だ。
生きてる箒や、生きてる縄って、錬金術で作れる道具があるのだけれど、生きてる箒がひとりでに床を掃き清め、生きてる縄は投げ付けた相手にひとりでに絡み付く。
これらの道具は、魔法によってまるで生きてるかのように動くのが特徴で、その極みが魔法人形である。
魔法陣が機械的なら、錬金術で作られる生きてる道具は、実にファジーな印象があった。
以前に、悪霊は魔法の一種だって説明してる本を読んだ事があるのだけれど、錬金術で作られた生きてるかのように動く道具は、恐らくこれに近い魔法が掛かってる。
まるで自らの意思があるかのように動く悪霊と同様に、生きてる箒や、生きてる縄、それから魔法人形は、まるで自らの意思を感じさせるように動き、役割を果たす。
故にこの扉がその類の魔法の道具であったなら、ノックを感じた扉は、部屋の主であるエリンジ先生の了承を待ち、それを確認してから、勝手に開いて客を招き入れるのだ。
ではそのどれなのかは、……残念ながら今の僕には見破れないんだけれど、扉から魔法の気配はずっとしてるから、念動の魔法は多分違って、魔法陣か錬金術で、扉の開け閉めは行われてるんだろうと思う。
うん、それが分かるようになっただけでも、僕は確実に成長してる。
恐らくシャムなら、正解が何なのか、その目で見破ってる筈だから、後で答えを聞いてみようか。
「ようこそ、キリク君、シャム君。私の部屋を訪ねてくれるのは初めてだね。先日はあまり話せなかったが、すまなかった。さぁ、ソファーに掛けてくれたまえ」
けれども今は、まずはエリンジ先生との会話に集中しよう。
シャムは僕の肩から飛び降りると、ぴょんぴょんと跳ねて二歩で、来客をもてなす為のソファーにのぼった。
普段の彼はそんな真似はしないのだけれど、この部屋の中では、エリンジ先生の前では、遠慮なんてする気がないというかのように。
なんだかんだで、シャムもエリンジ先生の事は慕ってるよなぁって、改めて思う。
実際、シャムは僕よりも、エリンジ先生から受けた個人授業の内容に関しては、よく覚えてたりするし。
シャムに続いて僕も腰掛ければ、尻がソファーに柔らかく、けれどもしっかり支えられる。
沈み過ぎず、沈まな過ぎず、程よい座り心地に、このソファーがとても高級品である事がはっきりわかった。
やっぱり魔法学校の教師は、高給取りなんだろうか。
そう頻繁にこの部屋に戻って来てる訳じゃない筈なのに、こんなにも高級そうな家具を置くなんて。
いや、滅多に戻らないからこそ、誰かを出迎える場として、しっかりとした家具を、決して普段使い用ではなく、置いているのかもしれない。
「……さて、何から話そうか。話したい事、話さねばならぬ事、キリク君やシャム君に聞きたい事と、色々とあるが……。そうだね。まずはこれを聞かせて欲しい。キリク君、シャム君、この魔法学校での暮らしは、どうだい? 君達はここに来て、良かったと思えているかな?」
少し迷った風に、エリンジ先生が話題を選ぶ。
なんだか、ちょっと珍しい。
最近は会ってなかったけれど、僕が知る彼は、迷わず淀まず、飄々とって印象の人だったから、意外に思う。
だがこの質問なら、答え易い。
「良かったと思ってるよ。ご飯は美味しいし、キリクも、村にいた時よりも少しはしっかりしてきたし。たまにポカをやらかすけれど」
「良かったと思ってます。授業は楽しいですし、友人もできました。シャムは、少しふっくらした気がするけれど」
全く同時に、シャムと僕はエリンジ先生にそう答えた。
そして互いの言葉に、相手を睨んでから、シャムは僕の、僕はシャムの表情に、笑ってしまう。
全て事実だ。
ここは村にいた時よりもご飯が美味しいし、魔法を教わるって刺激があるし、気の良い友人ができた。
僕は色んな事を考えるようになって、けれども時々、村にいた時はしなかったようなミスをしてる。
シャムは、仮にも妖精である筈なのに、心なしかふっくらした。
全てひっくるめて、シャムも僕も、このウィルダージェスト魔法学校に来て良かったと思ってる。
「ははは、君達は変わらず仲が良いね。だからこそ君達の言葉には、救われた気持ちにもなるし、申し訳なくもなる」
だが僕らの返事に、エリンジ先生の表情は曇ってしまう。
一体、どうしたというのだろうか。
救われたって事は、何となくわかる。
僕らをこの魔法学校に誘って良かったって意味だろう。
だが、申し訳なくなるとは、一体どういう事なのか。
「先日、君達がベーゼル君に襲われ、キリク君が怪我を負った件は、私と、私達に大きな責任がある。大変申し訳ない事をした」
そしてエリンジ先生は、そんな言葉を口にして、深々と僕らに向かって頭を下げた。





