アマナイン2回戦、VS河野さん③
第10ゲームのブレイク。
始めこそスクラッチしてしまったが、段々とブレイクの感覚が掴めてきた。
おおよその厚みの感覚、力まずにブレイクするためのメンタリティーやタイミング。
短く息を吐くと、さっき迄よりも若干スタンスを狭く、体を起こし気味にフォームに入る。大丈夫、今ならフルブレイクでも問題ない。
何回かストロークした後、ゆっくりとしたテイクバックから溜めを作る、1番のヒット点を見つめながらキューを出すと同時に上体を起こし、右足を蹴り上げて全体重をキューに乗せ・・ブレイク!
グリップに伝わるインパクト時の衝撃が、手球を真芯から捉えた事を証明している。
派手な音をさせて砕けるラックと停止する手球、普段よりも激しく走り回る的球、そして連続するポケット音。
ほぼ完璧なブレイクだった、入ったのは何と4球。
1番、2番、3番、手球!・・・・・・手球?
ほぼ手玉ストップの完璧なブレイクだった筈が、どこからか飛来した黒いものに蹴られてしまった、そこの8番、お前だよ。これ自分悪くない、大体8番のせい(涙)
リピーターに戻って来た手球を河野さんに渡すと「ツキが無かったね」と言う言葉と共に爽やかな笑顔を向けられてしまった。
何だこのイケおじ、往年のトレンディードラマにでも出てきそうな雰囲気である、キャラ作ってるわけでなく、地がこれなんだったら凄い。と言うか試合中にもかかわらずナチュラルに話しかけて来ているし。
思わずつられて笑ってしまった。
周りのテーブルが、かなりギスギスしている中、このテーブルだけ雰囲気が「友達同士の合い撞き」状態なんですがこれは一体・・・
「まあいいか、緊張しすぎてガチガチなのより良いだろうし」
気にしない事にした。
それよりも残り球ですよ、残りは6球でフリーボール、トラブルや難球が無ければ高確率で取り切られてしまう。
ブレイク後の配置は5番と7番がトラブルになっていた。
声には出さないが内心「よしラッキー、ツキが有る」と考えたのだが、スクラッチしていなかったとしたら、ブレイクで3球入れたのにも関わらず攻められない配置を自分がプレイする事になって居た訳で、本当にツキが有るのかどうかについては微妙だが、それは考えたら負けである。
さて、この配置に対する河野さんであったが、相変わらず判断が早い。5-7のトラブルを覗き込むと、付近のクッションに軽く触れてイメージが固まったのだろうか、4番に対し振りを付けて手球をセット、すぐさま構えに入る。
やや強め、右スピンの効いたボールが4番をポケットすると、クッションを噛んだ手球はフット側短クッションへ進み、さらに短クッションを噛んで逆側の長クッションへ。いわゆる「切り返し」と言うボール、進路の先には5-7のトラブル。
トラブルの手前の長クッションに入った手球はそのまま7番にヒット、密着していた5番が蹴り上げられるように離れ、トラブルが解消される。
「ナイスショット」と言いかけたが配置を見て思い留まる。
フリーボールからとは言え4番を入れつつ、入れた後の手球を操ってトラブル箇所を割りに行く。
実際5-7のトラブルは解消されていて素晴らしいショットでは有ったのだが、7番への当たり方が悪かった。
長クッションに入らず直接トラブルにヒットするか、あるいは逆に長クッションからもっと薄く7番に当たっていればそのまま取り切られていたかも知れない、少なくとも見えてはいただろう。たまたま100%に近いほどの厚みで7番にヒットした為、手球と7番がお互いにほとんど動かなかった、その結果がこの配置であった。
「フフッ、キッツイなー」
クッションからのセーフラインを確認する河野さんの口から、思わずと言った感じで漏れたセリフ。
椅子から腰を浮かせて全体を確認すると、そのセリフの意味が良く解った。ここまで手球と7番の位置が近いとショット出来る方向は限られてくる、つまりフット側短クッション方向に撞き出すしかないのだが、1クッションのライン上には9番が在る、流石の河野さんもエクステンションを申請し、時間をかけてラインを見ている。
そして時間が差し迫った時、顔から笑みを消した河野さんは「よし、12.5」と言う呟きと共に構えに入った。
「12.5?」
何かのシステムだろうか?こんな状態で使えるシステムなんてあったっけ?
向いている方向はフット側短クッション、1クッションのコースは9番に遮られている為2クッションになるんだろうか。
土手撞きに近いボールなのに相変わらずの大きなストローク、自分があんなことしたらミスキューしてしまいそうだ。
短クッションへとショットされた手球は短長の2クッションで5番へ、長クッションから薄目にカットされた5番はコーナーポケット方向へ向かう。
「嘘だろ?」と思ったがコーナーの角に入って穴前を往復し、ポケットの淵で止まってくれた。
ふう、心臓に悪い。しかしあの状況からセーフを取るだけでなく入れを狙ってくるのか・・・
しかしそのコースを見て、さっき河野さんが言っていた「12.5」の意味を理解する。
多分セブン・システム、それを応用したんだ。
セブン・システムとは短長短の3クッションのシステム、本来導き出すのは「3クッション目の短クッションの狙った位置に入れるには、1クッション目を何処に入れたらいいか」と言う物。
逆に3クッション目のポイントが解っているなら、どういうラインを通るかは自然に見えてくる。
つまり、そのライン上に目標の的球が有るのならセーフを取れる確率も高いという事か!
これは使える。
「大会が終わったら練習しよう」心の中のメモ帳にそっと書き込み立ち上がる。
癖なのか、苦笑いを浮かべながら首を振っている河野さんに「近いです」(惜しかったですね)と声を掛ける、あー、完全に相撞きだコレ。
しかしあのリアクションって事は、単にセーフを取りに行ったんじゃなく、完全に入れに行ってるって事だよな・・恐ろしい人だ。
穴前のボールは入れは簡単だけど厚みを錯覚しやすく、厚み・力加減を間違えやすい。慎重に5番をポケットし、右捻りだけで6番を左下コーナーに取れる位置に出す・・OK狙い通りの順振りだ。
6番をコーナーにシュートして7番へ、心配だったスクラッチも無く、ここまで来れば問題ない・・7番をコーナーへシュートしてちょい引き、8番を逆のコーナーに取って引いて9番へ出す。
一旦下がって深呼吸、これだけは外してはいけない、慎重に狙って9番を沈める。
6-4
河野さんの「ナイス・ショット」と言う声に会釈で答え、ラックを組む。
改めてスコアボードを確認、リーチ・・・あと1ゲーム。
いつも通り右からのサイドブレイク、手球をセットしようとして考える。
どうにもブレイクが良くない、いや、ブレイク自体は良いと思う、ウイングのボールも入っているし厚みも合っている。イリーガルも回避できていて、何も問題は無いはずなのに結果が伴っていない。
「ちょっと気分を変えよう」
一度セットした手球を持って、テーブルの左側に移動、左からのサイドブレイクに変えてみる事にした。まあ、大抵右利きの人は左からブレイクすることが多いので、右利きで右からブレイクする自分の方が少数派なんだけど。
元々自分も左からブレイクしていたので特に違和感は無い。
何で右からに変えたのかって?
左ブレイクの時、一度勢い余ってグリップの右手を思いっきりテーブルに強打して泣きそうになったからさ。
と、そんな事はどうでもいい、これで少しは流れが変わってくれたら良いんだけど。
少し景色は変わるが、狙う場所も撞点も変わりは無い。1番の中心、こちらからだと0.5ミリほど左、スクラッチを避けて左ウイングの4番をコーナーに狙う。さっきフルブレイクでやらかしてしまったので厚み重視、頭を動かさないことを意識する。
テイクバックで溜めを作り、キュー先を1番の狙い点に突き刺すようにキューを出す。
狙い違わず1番にヒットした手球がほぼストップ、手球と9番以外のボールが一斉に飛び散る。
手球がヒットすると同時に4番がコーナーに即死、1番もサイドに向かう。他のボールはそれぞれぶつかり合って進路を変える、そしてまたもや黒い影、8番が今度は9番を蹴り上げた。
「おっ?」
8番に蹴り上げられた9番は、他のボールを躱しながら真っ直ぐヘッド側のコーナーへ。
入ったボールは1番、4番、9番、イリーガルもスクラッチも無し・・・という事は、、
エース?
河野さんが立ち上がり、「ナイス・ショット」と言いながら握手を求めてくる。
「有難うございました」と握手に答えながら意外な幕切れに「何かすいません」と付け足すと。
見慣れた苦笑と共に「次も頑張んなよ」と背中を叩かれた。
うーん、最後までイケおじな河野さんであった。
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これで2回戦を突破、次の試合が今日のラストゲームになる。
河野さんは本当に上手だった、あれでA級じゃないんだもんな・・・
まあこの試合に出ているという時点でB級戦で優勝している訳だし、ほぼA級と言っていいのかもしれないけど。
対戦表の書き間違えが無いが確認して本部に提出、きっちり受理された事にホッとしながら、古賀さん達の待つベースキャンプに向かった。
今回使用されている「セブン・システム」ですが、これも実用度が高くおススメなシステムです。
基本はノーイングリッシュ(捻り無し)で、日本の教材などだとそれしか載っていないのですが、順捻りの入れ方によって最終クッションの数字から引き算をする「応用編」も存在します。
ラミール・ガレゴのレッスン動画などが出回っていますので、興味のある方は見てみると面白いと思います。




