第十夜 月
気が付くと目の前にはまあるいお月様があった。
身体を起こしてあたりを見渡すと月明りに照らされた森、山、そして背後に小さな農村が見える。ふと浮かんだ、帰ろう、という本能のような情動に身体を操られ、ふらふらする足を動かして目の前にあった村に入った。
村の中は死人だらけであった。皆一様にやせ細って地面の上で寝るように死んでいる。野犬か何かに食われて乾いた骨と肉をむき出しにされた死人もいた。死肉も虫どもに群がられている。全てが飢えて見えた。
自分の手を掲げてみるとずいぶん細い手首が見えた。あたしもずいぶん痩せているようだ。不思議と空腹の虫が胃を食い破ってくる感覚はなかった。
村を回ってみたが動いているものは何もいなかった。疲れたあたしは自分の家の戸口に背を預けて座った。足がもう動きそうにない。
再び空を見上げた。明るくて優しい光。
「おい、女。生きておるのか?」
いつの間にか閉じていた目を開けると月は何かに隠れていて視界は薄暗くなっていた。月の光に淵を照らされた影があたしを見降ろしている。影の中、二つの大きな目だけが白く輝いていた。
「……」
「なんだ、寝ておったのか。死ぬ寸前だったのにのんきな奴じゃ」
男はそう言って手に持っていたものをあたしの足に落とした。首のない犬くらいの大きさの獣の死骸。生暖かい血液が足を濡らす。
「……ぁっ、……」
何か言おうと思ったが喉は乾ききっていて震えなかった。男はカラカラと笑ってあたしの目を覗き込んできた。目の前に大きな月が浮かんで見えた。
「おうおう、助けなくても直ぐに死んじまいそうじゃねえか。骨ばってて血も吸えねえだろうなあ。他の奴らは死んどるし、この村はとんだ外れだったわけじゃ。それにしても喉が渇いたのぅ。次の村でも探すかのぅ」
月が離れそうだったから手でつかんで止めた。
「腹さ減っとるなら、あたしをお食べよ」声にはならなかったがあたしはそう言い、男は目を三日月にして笑った。
「面白い女よ。おぬし、死ぬぞ?」
「……」
「……ふん、まあよいか。今宵は十五夜じゃ。月の祝いじゃ。おぬしを食べて儂の血肉として旅の道連れにする代わりに従者として連れてってやろう」男の目は再び満月になった。
「……月」が綺麗だと言おうとしたが、掠れて消えた。
「ん? それがおぬしの名か? 良い名じゃのぅ」
体が浮いた。見上げた空には月が三つ輝いてあたしを見つめていた。