第六話:ポケットの中の魔物
――確かに、“生け花”になっていた。
その形を見た。
作られていく過程も、確かに見ている。
それなのに。
胸ポケットを指で撫でながら、遠野が川の方を見たまま口を開く。
「……チャン。お前、死んでなかったか?」
驚きも疑いもない。
ただ、見た事実をそのまま並べただけの声だった。
「死んだ死んだ!マジ痛かった!」
大袈裟な身振り手振りで、チャンが笑う。
まるで武勇伝でも語るみたいに。
「藤堂社長マジ、サイコパスじゃね?ミレイもそう思わね?」
「……んー。」
ミレイは川面を覗き込みながら、小さく首を傾げる。
「あんまり覚えてないかも。」
遠野はタバコに火をつけ、一度だけ吸う。
「そうか。」
それだけだった。――
――乾いた足音。
一定のようでいて、どこか測るような歩き方。
「……やはり、貴様らも戻ったか。」
姿を現した藤堂誠司は、昨日とはわずかに違っていた。
服装ではない。立ち方でもない。
“確信の質”だけが変わっている。
「……死んだ場所と同じ地点で生き返る……。」
言葉が途切れ途切れに漏れる。
「なら、あの質問は……」
視線が一点に固定される。
「……あちら側が、奴らの……」
そこで止まり、しばらく黙る。
何かを組み立て直しているような沈黙だった。
昨日の藤堂とは違う。
何かを見落とした人間の顔をしていた。
雨宮は息を呑んだ。
昨日の藤堂は恐ろしかった。
今の藤堂は、それ以上だった。
理解できないものを前にしているはずなのに、
まだ考えることをやめていない。
「やれやれ、みんな勢揃いかい?」
いつの間にか、レンが少し離れた岩場に座っていた。
「その様子だと、あの後君も死んだのかい?藤堂社長。」
藤堂の視線が動く。
その瞳から溢れる敵意を雨宮は感じた。
「篠崎レンか。……貴様は知っているな。」
藤堂の視線がレンを射抜く。
「何を?」
レンは笑ったまま首を傾げる。
「この島の仕組みだ。」
沈黙。
川の音だけが聞こえる。
レンは少しだけ考える仕草をした。
「知っているよ。」
あっさりと認める。
雨宮の肩が跳ねる。
チャンも一瞬だけ口を閉じた。
「そうか。」
藤堂は頷く。
怒りはない。
興奮もない。
ただ一つの仮説が補強されたような顔だった。
レンが岩場から降りる。
「でも、勘違いしないでほしいな。」
ゆっくり歩きながら続ける。
「僕も参加者だ。」
一拍。
「そして君も。」
藤堂は黙っている。
レンは小さく笑った。
「今のところはね。」
「……なるほど。」
藤堂がチャンを見る。
「一度死んだ。」
ミレイを見る。
「記憶が曖昧。」
そして遠野を見る。
「貴様は、……何故、何もしない?」
遠野は煙を吐く。
川を見る。
空を見る。
少し考える。
「魚が逃げる。」
沈黙。
「は?」
藤堂が初めて理解できない顔をする。
遠野は続ける。
「騒ぐと。」
タバコの火を揉み消し、続ける。
「他所で、やってくれないか?」
胸ポケットを触りながら、そう答えた。
再び沈黙。
「……なるほど。」
藤堂は遠野を見たまま呟く。
「貴様は異常事態に興味がないわけではない。」
一拍。
「優先順位が違うだけか。」
藤堂の視線が胸ポケットで止まる。
「貴様は死よりも、生よりも。」
「まず、そこを見る人間か。」
藤堂の口元が僅かに歪む
「興味深いな。」
「……一先ず、退散するとしよう。すぐに会うことになるだろうがな。」
一瞥し、森の中に消えていった。――
――チャンとミレイも立ち去り、静寂。
川のせせらぎと、葉っぱのざわめき。
そして、
「……ポチャン。」
時折、仕掛けを投げ入れる音。
パチパチと鳴る焚き火の上。
簡易鍋の中で沸騰した川の水。
「コリコリコリコリ……。」
レンの、コーヒーミルが軽快な音と落ち着く香りを広げる。
「雨宮さん、落ち着かないでしょ?」
レンが優しく問いかける。
「飲みやすい豆だから、ブラックだけど飲むかい?」
空のカップを3つ指差した。
「……あ、……はい。いただきます。」
レンが微笑み、慣れた手付きでコーヒーを入れ始める。
「はい、どうぞ。」
湯気の立つカップをそっと差し出す。
「……ありがとうございます。」
ようやく少し、雨宮の表情が柔らかくなった。
「これ、おじさんのね。」
遠野にそっと差し出す。
「すまんな。」
視線は川から動かない。 それでも、カップだけはちゃんと手に取った。
「……うまい。」
雨宮は、その光景を不思議な気持ちで見ていた。
「そう言えばなんだけど。」
コーヒーを楽しみながら、レンが言う。
「雨宮さんは、何を探しにこの島に来たんだい?」
雨宮の手が止まる。
湯気の向こうで、コーヒーが揺れた。
「……自分、探しです。」
少し考えてから答える。
「募集に、そう書いてあったので。」
レンは否定しない。
ただ静かに聞いている。
「……あと。」
雨宮の声が小さくなる。
「誰かの役に立てるかもしれないって。」
沈黙。
川の音が聞こえる。
レンはカップを口元へ運んだ。
「なるほど。」
レンは少しだけ笑った。
「それなら、ここに来た理由は僕たちの中で一番まともかもしれないね。」
「おじさんは?」
遠野の背中に問いかける。
ヒュッと竿を引く音。
立派なヤマメが釣り上がる。
「……釣りをしに。」
雨宮に笑顔が戻った。 ――
――昼下がり。
「雨宮さん、気分転換に散歩がてら食べられるものでも探さない?」
レンが立ち上がる。
「魚だけじゃ飽きるでしょ。」
肩越しに川辺を振り返る。
嫌なら食うな――とでも言いたげな背中で、遠野は黙々と釣りを続けていた。
「そうですね。行きたいです。」
魚が嫌なわけではない。
ただ、自分にも何かできることがあるかもしれない。
そんな気持ちが、少しだけ顔に出ていた。
二人が、散策に出かけて一時間。いや二時間。
もしかしたら、もっと短かったかもしれないし長かったかもしれない。
ヤマメは三匹増えていた。
突然だった。
「お前は何なんだ?」
ズプ……と、何かが体に入ってきた。
背中と腹が焼けるように熱い。
視線を下げると、見覚えのあるブッシュナイフの切っ先が見えた。
ズルッ……と抜かれると同時に痛みが走り、力が抜ける。
「お前は、いったい何なんだ?」
藤堂が立っていた。
「……藤堂か。」
力が入らない。
鉄工所で、熱中症になった時に似ている。
そんな事を考えていたら、藤堂の手が伸びた。
「これが、貴様なんだろ?」
胸ポケット。古い安物の定期入れ。
確か、5年前の父の日……。
藤堂はそれを見つめる。
「理解できん。」
低い声だった。
「死ぬ。」
一歩。
「殺される。」
一歩。
「世界の法則が崩れる。」
一歩。
「それでも貴様は、それしか見ていない。」
定期入れを握り潰すように掴む。
「何故だ。」
「……やめ……ろ。」
力無く手を掴む。
が、すぐにほどける。
「どうせ、続くんだ。取り返しに来い。面白いものを見せてやる。」
ゆっくり、ゆっくりと足音が離れていく。
「あ……あぁ……。」
声にならない声が漏れる。
「ひ……日葵。」
意識が消える。
遠くで、雨宮の悲鳴が聞こえた気がした。――
――リスポーンしますか?
頭に文字が出る。
――リスポーンしますか?
リスポーン?生き返るって事か?
――リスポーンしますか?
あぁ、それでチャンとミレイは生き返ったのか。
――リスポーンしますか?
多分、藤堂も。知ってそうだったしな。
――リスポーンしますか?
レンも何か知ってそうだったな。
――リスポーンしますか?
定期入れ、取り返さないとな。大事な物だから。
――リスポーンしますか?
はい。
――リスポーンペナルティを決定中です。少々お待ち下さい。
ペナルティ?あぁ、藤堂の様子がおかしかったのはこれか。
――ペナルティの投票が終了しました。
遠野恒一様のペナルティは、記憶の欠如です。
貴方の記憶の一部をアーカイブします。
景色が流れる。
小さな手。
運動会。
泣き顔。
笑い声。
父の日にもらった安物の定期入れ。
あぁ、これが走馬灯か。
……日葵。
――観測記録:対象A/対象B
――対象Aの生体反応消失を確認
――対象Bのストレス値上昇を観測
――観測継続




