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学園に来て数ヶ月が経ったある日。
「ユウ様」
「ん?」
学園の図書館、個室で一人勉強をしていると、従者のノクスから話しかけられる。
ノクスは王室所属の執事。でも本当はシャルルとレイが育てた、こちら側の使用人だ。
ある日街に出かけたシャルルが、ノクスを連れて帰ってきたのが始まり。二人はノクスを王室に適う執事として育て上げ、俺の専属になるよう手を回したらしい。俺がこれを知ったのは最近で、教えられた時はいつの間に、とめちゃくちゃ驚いた。
「本日届いた手紙です」
「あらがとうノクス」
「それと、こちらはシャルル様からです」
家紋の印も届け人の名前も書いてない、簡素な手紙を渡される。シャルルからの手紙は、息苦しい生活の週に一度の楽しみ。つい口元が緩んでしまう。
ノクスが優秀なこちら側の執事で良かった。必ずアランのいない時間を選んでくれるから、バレずに続けられている。俺から筆を取ることはリスクがあって出来ないが、シャルルのことを知れるだけで十分だ。
心踊らせながら手紙を読む。
『ユウへ
約束していた秘密の場所が完成した。
場所はノクスに伝えている。明日の放課後、そこで待っている。今まで手紙に書いていたこと、これからは直接伝えたい。
明日を楽しみにしている。
シャルル』
秘密の場所、完成したんだ……。嬉しい。やっと、やっとシャルルとゆっくり話せる。
「ノクス、明日放課後になったら案内お願い」
「かしこまりました。ユウ様?」
「渡さないとダメか……?」
差し出された手に躊躇する。シャルルとの約束で手紙は読んだらすぐ、ノクスに渡すことになっている。俺としては部屋に隠して、元気がない時のお守りとして置いておきたいのだ。
「約束ですから」
「……ちゃんと隠したらバレないと思うんだけど」
「あの王子を甘く見てはいけません。いつか必ず見つかります」
「でも俺の机周りは触らないと約束してるし……」
「……なにがあるか分かりません。念には念を」
「はぁ、分かった従う」
「ありがとうございます」
観念してノクスに手紙を渡す。
ノクスが言うことはちゃんと分かっている。俺だって手紙がきっかけで、シャルルに破滅が訪れるのは嫌だ。シャルルに明るい未来を、俺の願いはそれだけだから。
「でもやっぱ直筆の手紙は残しておきたい」
「わがまま言わないでください」
「だってそれ燃やすんだろ。もったいない」
「不貞を疑われないためです」
「不貞って、俺はアランのものになった覚えは無い」
「貴方様がそう思っていても、世間は相思相愛だと思ってるみたいですよ。ほら」
手渡された学園新聞を読む。そこには『学園のビッグカップル誰も彼らの中を引き裂くことはできない』『ユウ様と双子のシャルル様の不仲は本当だった』『ユウ様に手を出そうとした者たちの末路』
身に覚えのない見出しが書かれていた。
なんっだこれ!アランとの関係は別に構わないが、シャルルとの不仲は許せない!不仲なわけあるか!そう見えてるんだとしたら、アランが脅すからだ。会うのが難しいだけで、俺はずっとシャルルのそばにいたいと思ってる。
ああもう、気分悪いな。
「最悪の記事だな」
「俺もそう思います」
「はっ、なぁシャルルはこの記事読んでないよな?こんな戯言信じてないよな?」
「信じてたら手紙なんか書きません。落ち着いてください」
「そっ、そうか、そうだよな……でも腹立つなこの記事」
「ええ、本当に」
「信じてる人も多いのか?」
「はい、俺が調べたところほぼ全員が信じております。そのせいでアラン王子を狙う輩はいなくなったとか」
「最悪だな」
狙えよ玉の輿。俺はいつでも婚約者の座をあげる準備をしてるのに、アランを狙う人がいなくなるのは困る。
あわよくばゲーム通り、誰かが婚約者の座を奪ってくれることを期待していたんだが……。デマのせいで厳しそうだな。
「あーもうため息しか出ない……学園生活ってもっと楽しいものなんじゃないの?」
「俺は通ったことないので知りませんが、ユウ様以外は楽しそうに見えます」
「じゃあ楽しいものなんじゃん!友達もできないし、シャルルと一緒にいれないし、同室はアランだし……もう楽しくない!辞めたい……」
「そう仰らず。明日はようやくシャルル様に会えます。それにもう少しの辛抱ですよ」
最後の含みのある言い方に少し引っかかる。どういう意味なんだろう。
気なるけど、まぁ俺の考えすぎだろう。たぶん明日のことを言っていて、頑張って今日を乗り切れとかそんな意味だ。
「分かったよ。とりあえず明日のために今日を頑張るよ」
「ええ、そうしてください。頑張っていればいつか、きっと」
「変な言い方をするんだな」
「いつか分かりますよ」
そう言って少し笑うノクス。いつも無表情なノクスが笑うなんて珍しい。
なんてことを思いながら、目の前の課題に意識を戻した。
*
約束の次の日、放課後ノクスに連れられ学園の森を進む。あとどれくらいで目的地に着くのか。ノクスに訪ねようとすると、突然目の前に湖が広がった。そしてその奥には小さな小屋が見え、シャルルが出迎えてくれる。
「シャルル!」
「時間がかかってすまない。待たせたねユウ」
「待ってない、は嘘だけど。本当に完成したんだね」
「ああ、ユウと会うために作ったこの小屋は僕たちしか知らない。誰も見つけることはできないから、やっと安心して語らえる」
「入学してからすれ違うだけだったから、本当に嬉しい」
「あそこは煩いやつがいるからな。さて、ずっと外にいては招待した意味がない。中に入ろう」
差し出された手を握る。
「うん……ってあれ?」
小屋の中に入ろうとする俺とシャルルを見送るように、レイとノクスは動こうとしない。
「シャルル、レイとノクスは?」
「二人には見張りをしてもらう。誰にも見つからないとは言え、万が一ってこともあるだろ」
「そうかな?」
「そうだ。僕と同じ顔でもお前があいつに奪われたように、何が起きるか分からない」
奪われた覚えはないんだけど。シャルルにとって婚約は奪われたも同然なんだ。俺にとって婚約はシャルルを守るための手段だから、身代わりになってくれたって喜んでくれてもいいのに。
……ってそれは無理か。俺が全力で嫌がってたら、素直に喜べないよな。
「ごめん……」
「なんで急に謝るんだ」
「俺の往生際が悪いから」
「意味がわからない。中で聞くから。ほら、さっさと入れ」
手を引かれて入った小屋の中は思っていたよりも広くて、温かみがあってまさに理想とする部屋。
「凄い!」
「紅茶でいいか?」
「あ、俺やるよ。お茶淹れるの上手くなったから飲んでよ」
「じゃあ頼む」
「座って待ってて」
「ここで見てる」
そう言ってシャルルは俺の隣にピッタリくっついてきた。飼い猫がくっついてきたみたいで可愛い。
「動きにくい」
「いいだろ。久しぶりなんだから」
「ふふっ、そうだねー」
お湯が湧くのを眺めながら待つ。こんなに穏やかな気持ちになるのいつぶりだろ。
「なぁ」
「なに?」
「さっきの言葉どういう意味だ?お前の往生際が悪いって」
「あー……それね。ほら、俺がアランとの婚約を嫌がってるから、シャルルを救うって言っといて嫌がるのは、ね」
「歯切れが悪いな」
「うーん……ごめん。シャルルのためなら破滅する覚悟はあると思ってたのに、踏ん切りつかない自分が嫌になるよ」
お湯をティーポットに注ぎ茶葉を蒸らす。紅茶のいい匂いが部屋に漂う。茶葉が群れるのをぼんやり見つめながら待つ。すると隣に立っていたシャルルは、俺の肩に頭をもたれかけてきた。
「ユウはまだ、僕のことを好いてくれてるのか?」
「?当たり前だろ。俺がシャルルのことを嫌いになるなんてことはないよ」
「そう、なら安心した」
「変なことを聞くんだね」
「大事な事だ。僕が今進めている計画は、お前が僕のことを好いてくれないなら意味が無いものだから」
「計画って、学園に来る前に言ってたやつ?」
「ああ」
スリ、と頭を擦り付けられる。
「それってどんな計画?」
「言っただろサプライズだって」
「気になる……ヒントぐらいちょうだい」
「ヒントか。そうだな……こうやってユウと暮らす未来を手に入れることかな」
「それがシャルルの手に入れたい結末なの?」
俺は嬉しいけど、それってシャルルの幸せに繋がるのかな。シャルルは優しいから責任を感じて、嫌がる俺のためにその未来を作ろうとしてるなら止めて欲しい。
「もし俺が身代わりになったことに負い目があるなら……」
「負い目なんかない。あるとしたら、お前に十年間嫌な思いをさせたことだけだ。本来なら僕が受ける教育を受けてもらったんだ。お前の自由を奪って申し訳ないことをしたと思ってる」
「俺が望んでした事だから謝らないで。俺はシャルルの役に立ててると思うと嬉しかったよ」
「ユウ」
ティーポットを持ちカップに注ごうとすると。腰にシャルルの腕が絡みつき、身動きが取れなくなってしまう。
「シャルル危ない」
「僕が必ずお前と一緒にいれる場所を作るから」
「ここはそうじゃないの?」
「ここは限定的なものだ。一日中側に入れる訳じゃない。お前は僕が近くにいるのは嫌か?」
「嫌じゃない!」
「その言葉が聞けただけで良かった」
そう言うとシャルルは俺から離れてしまった。名残惜しさを感じつつも、自由になった手で紅茶をティーカップに注ぐ。
「美味いな」
「立ち飲みは行儀悪いよ」
「お前しかいないんだからいいだろ」
「もーしょうがないな」
「そうだ、ここに菓子も用意してもらってるんだった。一緒に食べよう」
「うん」
取り出されたクッキーは美味しそうで、見てるだけでお腹がすいてくる。
「ユウと一緒に過ごせて僕は幸せだよ」
「俺もシャルルと一緒で幸せ」
眩しいほどのシャルルの笑顔を見つめながら願う。このまま時間が止まってしまえばいいのにと。




