王子様=民の守護者
アストリエの王城からの追跡を巻くため、ギルドとファイはそのまま複数回転移を繰り返した。最後的にたどり着いたのは、エルドラの山の中。そこから15分ほど走ってギルドとファイは一息ついた。そこはエルドラの山間にある隠れ家。
ファイが個人で使用している小屋らしく、保存食以外に毛布が数枚あるだけで他には殆ど物がない。
ギルドはそこで呼吸を整えて閉じた拳を開く。茶色の翅を持つ蝶が両の手のひらの上ゆっくりとかに羽ばたいている。
「これが大使が生を受けてから紡いだ記憶の全て。解析を頼む。」
ふわりと指先を動かせば、蝶は羽ばたき、ファイの腕に留まる。
「とりあえず、エルドラの民たちが大使を狙って特攻する計画は潰せたわけだ。有力な情報があるのなら、俺がエルドラの王子としての有用性を十分補完するものになるはずだ。」
「有用性などと、王子が命令を下し民がそれに従うのは当然のことでしょうに。」
ファイが毛布を丁寧に畳むと、椅子の代わりにとギルドに差し出した。そこに深々と腰掛けながら、ギルドはなんとなく公爵から奪った青い宝石の指輪を撫で回していた。指の細い女性用のものだが、小指にならぎりぎり入る。それを抜き差しながら頭は考え事をする。
公爵については憎い以外の言葉が出てこない。リリアナの心情を誰よりもよく知っている身としては。だが、あれは本当に公爵だったのか?しおらしすぎやしないか?死ぬ前に改心でもしたのか?違和感が違和感のまま、拭えない。魂の色を見れば本人か影武者か特定することもできなくはないが、魔法で目の色を変えている代償として、ギルドの基礎スキルである追跡魔法の発動が出来なくなってしまった。
(まあそんな事を考えても仕方がない。リリアナはもう死んだし、こんな違和感を確かめている余裕もない。)
ファイは受け取った記憶の蝶を、粒子に分解して解読する作業を始めていた。精密な解析作業を開始する前にファイに民たちの動向を尋ねる。
「今のエルドラの民を率いているのは?」
「ラジアに復讐したい過激派、エルドラの山で静かに暮らす穏健派、移民としてアストリエに逃れた中立派の三つに分断されています。大使を殺そうとした過激派のトップは、ルーリー族のシリウスです。まあ、王子のおかげで標的を変更せざるを得なくなるとは思いますが。」
「シリウスは双子の姉、ニュクスはどうしている?」
「あの人は穏健派の集団を率いて、そこの山間で生き残った女たちと共にのんびり暮らしています。」
「ファイは派閥でいうならどこにあたるのか?」
「中立派に分類されるでしょうね。過激派、穏健派とはそれなりに伝手はあります。でも一番は、情報を司るものとしてあなたを探していたのですよ。」
ギルドは大方の状況を察した。そうして立ち上がる。
「解析が終わるまでの間、穏健派のニュクスに会ってくる。」
金竜の短刀を腰のベルトに挟むと、手早く準備を整える。弄んでいた指輪は『時間があれば』と解析を頼む。
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ギルドは、ファイの示した方角に向かって山の中を走る。そろそろ辿り着くだろうというところで、誰かの視線を感じた。
「止まりな。」
甲高い、崖の上の方から覇気を帯びた女の声が響く。ギルドは声のほうを振り返る事無く、諸手を挙げて敵意がないことを示す。
「金竜の短刀が腰にある。」
「……名前は?」
金竜の短刀という言葉の意味を察して、驚きを孕んだ声で質問が飛んできた。その抑揚一つ一つに気の強い姉貴分の顔が思い出される。
「ギルド。ギルド=フォン=エルドラン。」
まじめな声で続けるつもりが、ギルドの声が思い出し笑いで揺れる。
「必要ならシリウスと一緒になってやったいたずらエピソードを、わっ!!!!」
目の前に影が降り立った。親愛の情を込めてギルドとニュクスは抱擁を交わした。
「ギルド!!!生きていてくれたのか!!!よかった!!!」
「そっちこそ。」
身体を離すと、ギルドと同い年のエルドラの女性が目に映る。温和で可愛らしい顔つき、小柄な体に豊かな肉付きをしている。赤い一枚布を器用に縛って服にして、腰までに伸びた髪を背中に垂らしている。
ニュクスはギルドの隣を歩きながら、耳のわきの髪をかきあげてみせる。金色の大ぶりな耳飾りが音を立てて揺れた。
「あたしが託された金竜の意匠だ。この金竜の意匠は認識阻害の魔術がかけられる。だから、エルドラの生き残りを集めてここで暮らしていたのさ。それと、ちゃちな嘘つくんじゃないよ、ギルド。」
ニュクスは幼いころのように、ギルドの耳をつまんでぐいと顔を寄せる。そしてギルドの目を覗き込んだ。
「その金目、なんかおかしい。王族の証ではないな。」
図星をつかれてギルドは声を詰まらせる。黙っているわけにはいかず、正直に話した。
「これはアストリエの美容整形用魔術の一種で、目の色を変える魔法。」
金目を謀る意味は分かっているはずなのに、ニュクスは安心したようにギルドの耳を離す。都会人の考えることはよくわからんねぇとぼやくニュクスの言い方は、まるで年寄りのそれである。彼女もギルドと同い年の18だというのに。
「なんか気が乗らなくて。どうせおれは王子の器じゃないよ。」
ごまかす気すらないギルドの耳を離すと、ニュクスはその背中を軽く叩いてくすくす笑う。
「お前らしいね。」
相変わらず弟分扱いされるのが気に食わず、ギルドは露骨に話を逸らした。
「シリウスとは喧嘩でもしたのか?」
「あいつはもうあたしの言うとなど聞かない。ラジア人を皆殺しにしてやるって息巻いているよ。ここで引きこもってるあたし達は、弱虫の意気地なしだってさ。」
姉としての寂しさを深く滲ませた声が響く。門のように立っている栗の木を回り込むと空が開けた広場があった。村だ。広場の中央に焚火の跡、広場の隅の方にいくつかの木と草で作った小屋がある。木々に張り渡された紐に洗濯物がかけられている。音から察するに、近くに水場もあるようだ。ファイから聞いた通り、数人の住人達が協力して広場で布を織っていた。
手前の小屋で幼子が泣く声がする。ニュクスはその小屋に入ると、その子のおむつを手際よく替えはじめた。
「よーしよーし、お前の母ちゃんは夕飯拾いに行ってるから、ちょっと待ってなー。」
ギルドはニュクスの横に座り込んで、言われるがままおむつ替えを手伝った。ファイの変わりようを見ているからなのか、ニュクスが昔のまま変わっておらず安心する。ギルドはニュクスに抱かれている赤子の頭、僅かに産毛が生えたその柔らかい皮膚を撫でる。そうすれば、赤子はギルドの指を握りしめて遊びだす。赤子の機嫌を取りながらニュクスはギルドに、投げやりに尋ねる。
「お前も復讐だなんだと喚くつもりじゃないだろうね。」
「まさか。」
「じゃあ、何のためにここへ来たんだ?」
ギルドは赤子に指を離してくれ、と呟く。再び眠り始めたその柔らかい頬を軽く撫でてから、ニュクスに向かって姿勢を正す。その尋常ならぬ気配に気が付きながらもニュクスは赤子を抱き続ける。
「ルーリー族の役目は伝わっているか。」
「そりゃ。」
「 【金竜】 【族長試し】 」
その二言で、ニュクスの赤子の背を叩く手が止まる。ギルドの黄目を穴が開くほど見る黒い目に頷いて、穏やかな声で言葉を継ぐ。
「金竜にお目通り願いたい。」
「……八十年、だぞ。」
それでもギルドの決意が変わらないのを見て、ニュクスは赤子を寝かしつけて小屋を出る。瓶に汲んだ水で身なりを整えると、村の隅の方へ誘う。ニュクスは木に背中をもたせかけると、手を前に掲げて印を組む。ルーリー族に伝わる金竜をその身に降ろすための儀式だ。ギルドの腰に帯びた金竜の短刀がガタガタと震え出す。
「!!!」
短刀の震えは徐々に落ち着いていく。やがて閉じられていたニュクスの目が開いた。甲高かったはずのニュクスの喉からしわがれた低い声が響く。
「我は火と狩りの神。司るは破壊と死と再生。我が民は『金竜』と呼ぶ。」
エルドラの民の最高神。ギルドは膝を付き最上の祭祀の礼を取って迎える。子供の頃怯えて泣いた昔話を思い出して、緊張で背筋が震える。
「申し遅れました。
私はエルドラ族の系ギルド。
母はルーリー族の系アデラート、
父はエルドラ族の系ランハルト。
突然お呼びした非礼をお詫び致します。金竜にお目にかかれたことを光栄に」
「ルーリー族……?」
金竜が口にしたのは、ギルドの母アデラートの、ニュクス、シリウスの属する族の名前。
「ああ、ルーリー族な。族長試しを廃止するため我に封印を施した。」
膝をついており、視界に入るのは地面にある砂と草。ギルドは淡々と事実のみを述べる金竜のその心を図りかねる。
「封印の事、お怒りでしょうか?」
「まさか。」
金竜は薄ら笑う。
「ただ退屈であっただけのことよ。」
何でもないように言っているのにも関わらず、金竜の語気には若干の不満がくみ取れる。
「黒兎よ。」
ギルドは黒兎が自分の事を指す言葉だと察するのに僅かに時間がかかる。
「はっ。」
「エルドラは小さくなったな。住まう者も皆小物になった。黒兎の様にな。」
ギルドは黙り込む。今度こそ言葉の意図を問おうとして口を開いたとき、金竜の怒声が響いた。
「エルドラの民は!!我に会えば悪口を叩き!!挑発し!!事あるごとに我の尾を突き!!命の意地を見せつけてくれる等と宣った!!」
その苛烈な物言いに、ギルドは地面に穴を掘ってでも逃げ出したい気持ちになる。金竜が次に口を開いたとき、こぼれ出たのは侮蔑と諦念と失望だった。
「それが今はどうだ?這いつくばって黙ったまま気概もなく、どーでも良い口上ばかりを述べる。」
今日金竜を呼び出したのはどうでもいいことなどではない。ギルドがエルドラを取り戻すために重要になるかもしれない重要な交渉だ。あんなに怯えた金竜の御前であるにも関わらず、ギルドは胸の内が赤く焼けるようだった。
「我は火と戦の神。御前で這いつくばっていては、その神にこそ失礼と心得よ。」
ギルドはようやく、金竜の不満の根源を察した。
「道理でエルドラの言葉には悪口が多いわけだ。」
ギルドは、地面に押し付けていた膝を浮かせ、立ち上がる。初めて金竜が宿ったニュクスの顔を見た。その黒であったはずの目には強い金色の光。人ではない、自分たちをも歯牙にすらかけない強大な強大な存在がニュクスの身体を借りている。ギルドは金竜を強く睨みつけた。
「黙って聞いてりゃペラッペラッペラッペラッと長ったらしく喋り倒しやがって。」
金竜の驚きを孕んだ目が、ほぅと満足げに細められる。
「さっさと話進めていいか?こっちはガチで時間がねーんだよ!!」
渾身の力でぶつけた気合ですら、金竜を微動だにすることは出来なかった。だがそれでもその存在は楽し気に顔を緩める。
「ははははははっ!!良かろう良かろう。それでこそ我がエルドラの民よ。」
金竜はそこで言葉を切って、ギルドの顔を嘗め回すように覗き込む。
「我はまた族長を試したいと思ってな。エルドラ最奥の山、我が住処。封印を破り我から逃げ切って見せよ。」
射すくめられて動けないギルドのその胸に、金竜は人差し指を突きつける。
「お前が来るのだ。」
ニュクスの皮を被った金竜は、どうした?と薄ら笑う。
「我の数少ない楽しみをお預けにするつもりか?」
ギルドは金竜を睨み返して、王族として宣言する。
「族長試し、受けて立つ。だが一つ条件がある。」
「久しく族長試しは行われなかった。故に、金竜は何時も以上に暴れたいだろう、こちらは最上の備えで『族長試し』を行う。金竜は全力で来てくれて構わないが。」
金竜は大概の無礼は大目に見る、だが、族長試しを行う身としては危険極まりない。この交渉が上手く運べば一石三鳥をも狙える。
「見返りを寄越せ。」
ほう、と金竜が目を見開く。金竜はギルドの頭に手を置いて鷲掴みする。力は全く込められていないのにも関わらず、その威圧感に体中の力が逃げ出していく。
「おやどうした。怯えているのか?可愛い黒兎。我が怖いか?」
意地を見せろ、ここが正念場だ、金竜は試すのが好きなのだと本能が告げる。ギルドは渾身の力を振り絞って、金竜の腕を振り払う。
「バカを言え。武者震いだ。」
国を取り戻す為ならどんな無茶も意地も通すというギルドの意志と、金竜の威圧がぶつかり合う。先に折れたのは金竜だった。
「ふふふっ、ははははははははっ!! 怯える黒兎にしては存外な提案だ。悪くない。気に入った。気に入ったぞ、エルドラ族のギルド。何が欲しいか言ってみろ。」
「エルドラの欠けた山の輪を、再び閉じてほしい。」
エルドラの折でもあり盾でもある山の輪が欠けたこと、それがラジアとの邂逅を、侵攻を許してしまった。ギルドの言葉を聞いてニュクスの身体を借りた金竜が満足そうに頷く。
「最初の族長の面影を感じるよ。族長試し、期待をしている。」
ニュクスの瞳から金色の光が抜ける。ギルドは金竜の圧から解放されて草の上にへたり込んだ。今更汗が吹き出して手が震える。
「どうだった?」
いつも通りの甲高いニュクスの声にギルドは安心する。
「昔々金竜の昔話で大泣きしていた泣き虫君は、ちゃんと金竜と話せたかい?」
「すぐにでも族長試しに来い、ってさ。」
「金竜は人間様の都合なんて毛ほども考えてないねえ、けど。」
ニュクスは、楽しそうに笑う。そしてギルドの耳元で囁いた。
「あたしは協力を惜しまないよ、ギルド。」
二人が水を飲んで休憩していると、村のどこかから「ただいまー」という声が響いた。二人が広場へ向かうと、20名ほどのエルドラの皆が協力して今日の収穫物を詰め込んだ籠を地面に降ろしていた。その多くが女性たちだが、男性も数人混じっている。戦の痕跡が怪我の跡や欠損からくみ取れるが、皆豊かな体つきをしており栄養状態も悪くなさそうだ。
「近くの栗がようやく落ちてきたんだ、みてくれよ。」
長い髪を三つ編みに編んだ女性がニュクスを手招きして、肩に担いだ大きな袋を下ろす。大きな音がしてどっさりと詰め込まれた栗が入り口から数個こぼれ落ちた。それを見てニュクスが満足げに笑う。
「これで暫く食いモンには困らねぇな。」
「だけど食べるまでが若干面倒だよねぇ。煮たり皮をむいたり。あーあ、久しぶりに肉とか食べたいなぁー。」
三つ編みの言葉を聞いて、ギルドは携帯していた袋を差し出す。
「イノシシの肉ならあるが。」
「いいの!?やったあ!!」
目をキラキラさせながら袋を受け取って、三つ編みははっと我に返る。
「私は薬草好きのラァラ。あなたは?」
「ギルド。ニュクスの古い友人だ。」
「へぇー。じゃあ、お肉のお礼返さなくちゃね、ギルド。」
ラァラは肉を持ってくるりと栗の山の方へ振りかざした。
「今夜飲み食いしたい人ー!!」
ラァラの声に皆が大歓声を上げる。ギルドの横に居たニュクスもだ。山菜や果物が集められ、並べられる。夕暮れの広場の中心に焚火が燃え盛った。ラァラニュクス両名に『体力ある万能人間』として認識されたギルドは、非常に自然な流れによって焚火係に任命される。
「ここじゃ王子なんてささいなことなんだな。」
ギルドは手元に積まれた小枝を丁度いい長さにへし折って、火の中に投げ込んだ。ニュクスがちょうどいい棒を持ってきて焚火の中をかき回す。
「国が滅びてから10年以上経つから、金目なんていう御伽噺を覚えている人も少ない。ただ、王家に近かったファイやシリウスにとっては違うんだろうね。」
薬草好きのラァラが肉を焼き、漂ういい匂いがギルドの腹を鳴らす。
「ファイは俺を王子にしたくてたまらないみたいだった。きっと、ラジアに滅ぼされる前のエルドラを取り戻したいのだろう。」
「ギルド。お前はこれから王子として、エルドラをどういう国にしたいんだ?」
ニュクスの大きな問いにギルドはすぐ答えられず、焚火の向こうを見つめた。ラァラが焼けた肉に薬味を付けているところだった。ニュクスが焚火からちょうどよく燃え盛った炭を掘り出して、調理場に運んでいく。
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「おいこら、ギルド。」
身体を揺すられ、べちっと頬を叩かれた。小屋の中で目を覚ますと、隣で寝ていたニュクスが安心したように吐息をついた。
「お前みたいに夜眠れない奴はここじゃ珍しくない。外に行こう。今夜は晴れている。」
毛布を羽織り、暗闇の中ニュクスに導かれるまま手探りで外に出た。そして広い宇宙を見上げる。空一面びっしりと、砂粒が敷き詰められていた。銀、青、赤、金、橙。それらが緩やかに美しい光の帯を作り出し、空を縦断している。ギルドは思わず、ほう、とため息をついた。
「月が出る夜はこんな風には見えないんだよ。魔道具で照らされた街があってもね。」
ニュクスは芝の上にごろりと寝転がる。ギルドも真似をし、横に寝転ぶ。星が緩やかに瞬く。視界の隅にキラリと光った。流れ星!、と言えば、ふふふ、とニュクスが笑い声で応じる。
『ギルドはエルドラをどんな国にしたいんだ?』先程の質問の答えがようやく言葉に出来そうな気がした。
「俺が取り戻したいエルドラは皆が楽しく生きてる場所だ。二度と輪外に侵される事なく、ゆったりとした時間が流れて。貧しくても、物が少なくてもいいから、好きな時に起きて、好きな時に好きなものを食べて、寝て。」
ギルドは草叢から身を起こした。隣で寝転んだままのニュクスの顔を見つめる。
「ニュクス。俺は、ここに来て良かった。生まれ育ったエルドラとは随分違うけれど故郷だって感じた。だから今後俺は、エルドラを再建するのではなくここを守るために戦うだろう。」
ニュクスはごろりと転がって、ギルドを見る。その眼は今日一番に真剣なものだった。
「それは、私たちにとって最高の誉め言葉だよ。でも、その言葉に嘘があったら、この場所を壊すような真似を少しでもすれば王族試しをしてその短刀を奪う。」
「それでいいよ。」
くすっと笑うと、ニュクスも笑う。
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明け方。鳥の鳴き声が挨拶を交わしている。ニュクスの横顔を見ていると、その声がぴたりと止んだ。感じた気配を敵襲と判断し、短剣を持ち出して小屋を飛び出すギルド。背後でニュクスがゆっくりと起き上がる。そしてやけにのんびりとした口調で言った。
「いっちょ噛みにくるシリウスのとこの痩せ狼たちだよ。」
ギルドが広場を突っ切って気配の源に向かう。簡易的に設えた堀の下に、武器を持って喚く数名の男たちがいた。風貌や服装や訛りからエルドラの人間だった(・・・)ということがよくわかる。
「おーーい!!きーこーえーるーかーー!!!」
「いつもみたいに、食いもん寄越せよ。」
「腹減ってんだよ!!」
ギルドが問答無用で短刀の鍔を押し上げるのを、袋を担いできたニュクスは柄を掴んで留める。
「あれでも同族だ。エルドラの民であたしたちの仲間だ。」
そしてその腕にある食料の栗の袋を投げ渡そうとするのを、ギルドはその腕を掴んで引き留めた。
「ここには俺がいる。シリウスにも話を付けに行く。」
腰に帯びた短刀と、王族が羽織る白銀のマントを見て、ニュクスはにやっと笑う。そして堀の下の男たちに面白そうに怒鳴りつけた。
「おい聞いたか!?王子様直々に喧嘩の仲裁をしてくれるってさ!」
頓狂な声を上げる。ギルドが林間から顔を出し、その姿を族に見せつける。低くなった声に威圧を込めて、宣言する。
「ニュクスからそちらに対し、食べ物の無心を禁止してほしいとの要望があった。よって、金竜の名の下に存分に試合え。」
ニュクスはその言葉を言い終えるや否や、足元の石を手の上に乗せ鋭く投擲した。石は男の頭の直ぐ側の木にめり込む。
「ていうことで、遠慮は要らねぇなぁ!!」
ニュクスの甲高い恫喝と共に、次の投擲は野党の足に手に、賊の骨を叩き折らんの勢いで叩きつける。その見事な命中精度にギルドは賞賛の口笛を吹いた。野党どもは、恐怖で身を翻して慌てて逃げていく。
「俺はあいつらを追いかけるよ。」
朝焼けの涼しい光が二人を照らす。ニュクスは腕に嵌めた金竜の装飾をなぞる。
「戦になる前、アデラート様に呼び出されて金竜の意匠を託されたんだ。その時の言葉をギルドに贈ろう。」
二人がいる村の外れの木の下に朝日が差し込んだ。美しい朝焼けの空の下、一陣の風がさああと吹き込む。
「『私の息子ギルドは、誰より王の素質がある。むしろ意思が弱いくせに才能があるのが困りものだが。』」
当時6歳であったギルドへの思いがけない高い評価に、ギルドは目を大きく見開いた。
「『未来は何もかもが分からない。だがギルドは必ず玉座に戻ってくる。これはエルドラの山々が開かれてから最大級の賭けになる!』
ニュクスの声はギルドの気高い母が乗り移ったかのように、力強く響き渡る。
「『生き延びろ、力を付けろ、若人達。どうかこれら苦難の先に、安寧の日々がありますように。』」
ニュクスの顔が、ギルドの顔が、同時に緩む。母のその言葉が二人の背中を強く強く押す。ギルドの父も母もギルドに使命を託せるだけ託して命を落とした。だが今は、その重みがギルドの空っぽの胸にぴったり収まる。両親が自分を買ってくれていたのだという事実が嬉しい。そして何よりその言葉を、ニュクスが今日まで十二年間覚えていてくれたことを。
ニュクスの金竜の耳飾りが揺れる。
「私は、ここを護り、穏やかにする。」
ギルドは金竜の短刀をベルトに挟む。
「俺は、ここを害する敵を全て排除する。」
二人で、腕と腕を突き合わせる狩りの合図をする。逃げ出した民たちを追って駆け出したギルドのその背中に、ニュクスは叫んだ。
「シリウスを頼む!」
ファイがアストリエやラジアの城にワープ特攻できなかったのはですね、ファイの魔道具は術者の記憶から空間情報を特定するため、行ったことがない場所にいきなりワープしようとすると壁に埋もれたりなどしてしまう危険があります。故にギルドがアストリエの城に侵入する必要があったのです。(金竜の意匠の位置は分かるので、迎えには来れるという。)
エルドラ人達は日本人のように黒目黒髪が一般的です。開国したものの、ラジアやアストリエとはあんまり混じり合っていないイメージ。
金竜は、作中で唯一ギルドが威圧負けする存在。この顕現も全部お遊び感覚でやってます。人の生死を些事と投げうてるほど強力な神様。ニュクスはそれを霊媒できる家系。ランハルト様がギルドの母アデラートに封印について聞いていますが、ニュクスの先代はアデラートです。
書き終わって見た文字数、9千。いやなっが。
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