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こどものころに、おばけを見たことがあって、それがたしか、トンネルで止まってしまった、電車の中でのこと。おばけは、ゆっくり、窓のつめたい硝子に、白い指で(それがどんな指か……さあ、白かったのは覚えていますが、そもそも小さいころのことですから、まあ、あまり、姿かたちなどはきにしないでください)、あなほり、と、書きました。
よく、いみは、わかりません。ただ、ちょっと哀しそうな顔で(ああ、これも、顔の細部などおぼえていませんが、ぜんたいてきに、哀しそうな顔で)、わたしを見つめていました。いえ、ほかのかたは見ておりません。母も、父も、兄も、見ていないの、これが。
電車の内に、外に、といえば、内でした。だって、外にいたなら、うまく鏡文字にしていただかないと、わたし、あのかたの書いた文字もよめませんし、うん、いま思い出しても、内にいました。その電車、とてもすいていて、わたし、かぞくとはすこし離れたとこで、なんにもないお外をみながら、座席にひざのり、ぼーっとしていて、そこに、おばけがきたのです。
特急ではありません。おばけは、わたしのよこに座って、それから、「おげんき」ときいて、わたし、たいそうじょうずに首をうごかして、傾国の美女みたいに、そう、やうきひみたいに、うなずいてみせました。おばけは、満足そうに、そうかい、そうかい、しゃがれた声でいいました。おばあちゃんでした。しわくちゃな顔でした。
おばけは、それから、わたしのほほにさわって、それから、胸にふれました。その手、わたしの表面をぐっすりと抜けて、心臓に爪でふれて、うごいちゃだめ、と、いうのです。うごきませんでした。おばけは、ゆっくり手を引っ込めて、窓を見ます。で、文字を書きます。あなほり。
そして、おばけ、わたしを見て、にゃあにゃあ泣くと、びったり泣き止んで、傘を忘れるな、傘を忘れるな、と、いいました。おばけが去っていきます。電車が走り出します。おばけはもういません。




