28. デビュー
「……どう?」
周りを見渡す。みんな何かを考えるように、ううん、自分が感じた気持ちをじっくりと確認しているかのように、その場に佇んでいる。
「……良いと思うわ」
「ああ、すげぇ気持ちよかったぜ」
「うふふ、完璧ですよ」
本番3日前、下田にまた訪れた私たちは泊まり込みで最後の徹底練習による仕上げを行った。
シャモアちゃんたちは歌もダンスも完璧で、私たちの動きの中に自然に入ってきた。まるで最初から居たかのような感覚になったほど。一体どれだけ練習したのかと驚いたけれども答えてくれなかった。
覚えてないって言ってたけど、それって何日分練習したか覚えられないくらい長く練習してたってこと?
ありがたいけど、このグループはブラックじゃないから次からはそんなに沢山練習やらせないから!
何はともあれ、これならいけると判断し、細かい調整をしながら最終リハーサルを終えたのが今。全員が快感を得るくらい満足できた。もちろん小さなミスは多々あるけれども、私たちにとっては楽しく出来たかっていうのが一番重要。だからこのリハーサルの結果は満足の行くものだった。
「これで後は明日の本番を待つだけだね」
「物足りないですわ」
「うん」
リハーサルとか関係なく、もっとたくさん演奏したい。心からそう思えた。
「リハーサルでこんなに楽しいなら、本番はどれだけ楽しいんだろう」
「そう思うと少し怖いわね」
「楽しすぎるのが怖いなんて、変なの」
みんなで笑いあう。デビュー前日。私たちはワクワクしていた。
本番当日
土曜日ということもあり、下田公園には紫陽花目当ての観光客が結構多い。ツアーバスでやってくる団体さんも居るんだね。演奏する小さな広場には数件のお店があって、訪れた人に飲み物・食べ物・お土産などを販売している。午前中は地元の人たちがフォークソングを歌っていてのどかな雰囲気が流れている。
私たちの出番は午後2時からなので、午前中はみんなで紫陽花を見に行くことにした。前来たときはほとんど咲いてなかったからね。どんな感じになってるのか楽しみだ。
「色が付くと雰囲気違うね~」
「花びらが沢山でござるな」
「丸みがあってボリュームがすごいよね」
しかも一か所にたくさん固まって咲いてるから、存在感が凄いなぁ。
「うふふ、こちらに違う形のがあるよ」
「これも紫陽花なの?」
「これはね~がくあじさいってなまえなんだよ」
「へぇ~そうなんだ、ケイちゃん物知りだね」
「えっへん」
両手を腰に当てて得意げに胸を反らすケイちゃんが可愛い。
ガクアジサイは小さな花びらの集合体が中央に固まっていて、その周囲に大きな花びらが何枚か咲いている。こんな形の紫陽花もあるんだ、知らなかったな。一つの花がかなり特徴の違う二つの花びらで構成されているって不思議。
「トモちんトモちん!こっちこっち!」
「トモさんトモさん!こっちこっち!」
先に進んでいたミカンとパステルが慌てて戻ってきた。それぞれに腕を取られて連れられた先には、紫陽花の群生地があって色の洪水が起きていた。
「どんだけ咲いてるのよこれ。辺り一面紫陽花って言うより、紫陽花畑の中に入っちゃったような感覚になりそう」
「すごいすごーい!」
「すごいすごーい!」
ミカンとパステルがクルクル回りながら紫陽花の道を駆け巡る。波長が合うのか、かなり仲良くなったみたい。
本番まであと少し。会場での楽器の設置はマネージャーさん達がやってくれる。運営に関しては任せっきりで申し訳ないな。わたしはボランティアだけど、このアイドル活動を通してマネージャーさんの会社はたっぷり稼ごうとしているから気にしないでって言われてる。いろいろと手助けしてくれるんだからそのくらいは全然問題ないですよ。むしろありがとうってお金払いたくなるくらいだね。
広場には控室なんて無いので、お店の人のご厚意で本番まで中で休ませてもらっている。地元の人だらけとはいえ、流石に緊張してきた。相手が10万人でも数十人でも、緊張するってのは変わらないんだね。ネットで見られているのは気にならないんだけどな。みんなは普段通り談笑しているように見えるけど、どこか少し硬いようにも見える。すみれさんですら表情が硬そうだ。
緊張を和らげるために会場で流れている知らない古そうな曲に耳を傾ける。これもフォークソングなのかな。温かくて心地良い。聞いている人はほとんど居ないけれど、楽しそうな彼らの歌声は聞いていて気持ちが良い。歌の種類は違うけど、わたしたちの歌でもこんな気持ちになってもらえると良いな。
時間だ。
司会も居ないざっくりとしたイベント。なので自分たちで適当なタイミングではじめることができる。とはいってもネットでの中継があるからあんまりずらせないけどね。大人の方たちが楽器の準備をしてくれている。ドキドキしてきた。
「み~ちゃん、これやろっ」
ゆ~ちゃんが右手を前に出す。みんなで掛け声出す奴だ。いいね。
私がゆ~ちゃんの手に右手を重ねると、みんなが次々と手を重ねてゆく。
「ほら、リーダー!」
「え?あ、そうか私か。でも何も考えてないよ、どうしよう」
面白い決まり事とか考えておけば良かった。失敗した~
「あらあら、少しずつ私たちのルールを作って行けば良いと思うわよ」
「そうでございます。この行き当たりばったり感も私たちらしいと思います」
シャモアちゃんと根古ちゃんの言う通りだね。今日は普通でいっか。
「分かった。でもみんな、バラバラでも良いから掛け声は全力でね!」
円陣。みんなが私の方を見ている。これが私たちのはじまり。これから先、旅先で色々な経験をすることが出来るだろう。その全てを笑顔で進むために、走り出そう。
「全力で楽しむぞー!」
「「「おー!」」」
「下田のみなさん、観光客のみなさん、そして、ネットの向こうのみなさん。はじめまして、私たちは『カラフル@すくらんぶる』です」
マネージャーさんが用意してくれたフリフリの衣装を着てるんだけど、流石に年齢層の高いこの場所だと場違いな感じがして少し恥ずかしい。ネットの向こうはどんな反応なんだろうな。
「おねえちゃんたちかわいー!」
正面に座ってるケイちゃんが喜んでくれてるから良いか。
「わたしはリーダーの御影朋です。このグループはバンドメンバーが5人、ダンスメンバーが5人の合計10人います。ちなみにこの可愛らしい女の子を見たことがある人もいるんじゃないかな」
「ども~ほっし~こと星野弓弦で~っす。面白いことはじめちゃいました。てへ」
「そういうあざといの要らないですわ」
「なんでよー!」
ちょっと舞台でいつものコントやらないでよ!自由すぎるでしょ!
「ふふふ。こんな感じで楽しくやろうと思ってるのでよろしくね」
ちょっと固い挨拶になりかけてたので、緊張を和らげようとしてくれたのかな。
「さてさて、メンバー紹介とかしたいところですが、実はそんなにお時間を頂いておりません。ネットの方も10分くらいしか放送予定ないよね。というか、みんなたった10分の謎の番組によくお金払ったよね」
「買わずに後悔するよりも買って後悔する、でござるよ」
「後悔なんてさせないけどね~」
あったりまえじゃん、見れて良かったって気持ちにさせるんだから。
「よ~し、それじゃあやろっか!」
「「「はーい」」」
各々が準備に入る。
「それではお聞きください。……ううん、違った」
聞いてもらうだけじゃ物足りないもん。
「それでは、一緒に楽しみましょう!私たちのデビュー曲『Everyday Happy!!!』」
この曲の歌詞は『幸せを感じた時の気持ち』と『幸せを楽しみたいって気持ち』を徹底して表現したものになっている。
美しい自然をみたとき、幸せな気持ちになれる
美味しいものを食べたとき、幸せな気持ちになれる
人の温かさを知ったとき、幸せな気持ちになれる
新しいものを知ったとき、幸せな気持ちになれる
日常を改めて振り返った時、幸せな気持ちになれる
私たちがここしばらくでもらったたくさんの幸せ。
そしてその幸せをもらったときの気持ち。
出会えたことの幸せと、新たな未来が見えたことの幸せ
みんなで幸せな毎日を全力で楽しもう!
私たちのデビュー曲は底抜けに明るく楽しい、私たちらしい曲になったと思う。




