4. ボランティアイドル
大盛り上がりの夜が明けて翌日。逃げるように教習所に向かったけど、横石さんも一緒なので逃げられない。
「御影朋、おはよう」
「おはよう……」
「な~に暗い顔してんのよ。これから楽しいアイドル活動ができるんでしょ」
「むうぅ、まさかこんなところに最大の敵が居るなんて思わなかったよぉ」
「敵だなんて失礼だわ。あなたの背中を押してあげただけじゃない」
「押された先は崖だよぉ」
「あなたらなら崖から落ちずに羽ばたいて空へ向かって飛んでゆけるでしょう。それを自覚していて本当は飛びたいのに飛ばないなんて言ってるから周りも諦めきれないのよ」
「返す言葉もございませぬ……」
確かに押し切られた後、ほっとした気分も少しはあったんだよね。でもやっぱりこのままやるのはダメだという気持ちもある。あ~もうどうしたら良いのよ~
「今日はちょっと散歩してから帰るね」
「あらそう?じゃあ先にあなたのお家に寄らしてもらうわ」
「今日も来るんだね」
「何か不満でも?」
「ううん、うれしい」
本当に嬉しいんだよ。横石さんがわたしの家に来てくれるなんて。早くこの気持ちをなんとかして純粋に楽しみたいな。
今日は午後一の講義で終わりなので、帰り道に気分転換に遠回りして公園に寄って帰ることにした。公園内は母子連れがおらず閑散としている。なんとなく辺りを見回していたら、浅間さんなどで見かけたあの格好良いお姉さんが居た。キーボードに手を添えて目を瞑って鼻歌を歌っている。
今日はゆっくりお話が出来そうだと思ってお姉さんの方に向かって歩き出したら、お姉さんもわたしのことに気が付いたみたい。少し微笑んでから歌ってくれた。
聞いたことのない曲。バラード調の温かい雰囲気の曲で、思わず立ち止まりじっくりと聞いていると、音と声が胸に染み入り、もやもやな心をやさしく包み込んでくれてるようだ。気持ち良いぃぃ
幸せな気分に浸っているといつの間にか演奏が終わっていて、お姉さんが優しい笑顔でこちらを見ていた。
「そんなに聞き入ってくれると嬉しいねぇ」
「は、はい。すごく幸せな気分になれました」
「幸せな気分、と来たか。俺の演奏でそんな気分になってくれたなら言うことねぇや」
おおっと、歌っていた時の優し気な雰囲気からは一転、すごいワイルドだ。でもおかしいな。
「あれ?以前浅間さんでおばあちゃんとお話していたときはもっと優しい口調だったような」
「ん?ああ、あの時も居たのか。相手にとって話し方を変えているからな。話をするのが好きなんで相手に合わせた口調にして話しやすい雰囲気にしてるのさ。そうすると話が盛り上がって長話できるって寸法よ。ちなみに今のこれが素の話し方だぜ。あんたなら壁作った話し方よりこっちの方が話しやすそうだったからな」
話をしたこと無いのに、そんなこと分かるの。確かにわたしは素で接してくれた方が嬉しいタイプなんだけど。
「で、多少はマシな顔になったみてえだが、もう大丈夫か?それともまだ歌おうか?」
「……そんな酷い顔してましたか?」
「ああ、酷いな。可愛い顔が台無しだぜ」
「かっかわっ……」
「はははっ動揺するとは思わなかったぜ。あんなフリフリの可愛い服着て大勢の前に出て堂々と歌うくらいなんだ、可愛いくらい言われ慣れてると思ったんだよ。わりぃな」
「それってまさかあのライブに来てたんですか?」
「おうよ、たまたまチケット手に入れてな。このあたりを旅するついでに寄ってみたんだ。そしたらなんだ。どこかで見たことある女の子がめっちゃ可愛い服着て出てきてびっくりしたよ」
「どこかで見た……ですか?」
「ああ、以前ここの公園で俺の曲を聞いてただろ?あの時は確かガキんちょが寄ってきてその相手してたらいつの間にかいなくなってたよな。良い顔で聞いててくれたから印象に残ってたんだよ」
覚えてくれていたんだ。嬉しい。それにしても話が好きなだけあってガンガン話しかけてくるなぁ。からかわれてるんだけど、全然嫌な感じがなくてむしろ楽しいな。
「そういえば、お姉さんは何している人なんですか?旅するって言ってましたけど」
「ん?ああ、俺はこうやって歌いながら全国各地を旅してるんだ。色々な人と話をしたくてな」
「なんか格好良いなぁ」
「そうか?好きなことやってるだけさ。こんな不安定な生活だから親からは滅茶苦茶怒られてるよ」
「あはは、そりゃあ親としては心配でしょうね」
「悪いとは思ってるんだがな」
「そんな顔してませんよ?」
「あ、やっぱり分かるか?」
そりゃあそんな楽しそうな顔してちゃあねぇ。
「お姉さんは」
「ちょっと待った。すみれだ」
「すみれ?」
「十ツ木 すみれ、俺の名前な。すみれでいいぜ」
「わたしは」
「御影朋、だろ。きっと朋が思っている以上に知られてるぜ」
そうかな。そんな感じは無いんだけどなぁ。
「あのライブ以降、この街で話をすると朋の話がかなり多いんだぜ。何気に俺もここで演奏してればもう一回朋に会えるかと思って長居してたんだよ」
「え?わたしに?」
「ああ、どんなヤツなのか、話をしてみてぇなぁって思ってな」
「うわぁ、ご期待に応えられてるでしょうか」
「今はな。最初見たときはあまりにも酷い顔してたから別人かと思ったぜ」
あちゃ~そこまで顔に出てたなんて。しゃんとしないと。
「ちょっと突っついただけでへにょ~って顔になっちまいやがって。話くらいは聞いてやるぜ。まぁ聞くことくらいしかできないがな」
申し訳ないです、なんて口に出かけたけど、あんなさわやかな笑顔見せられたら頼ってしまいたくなるよ。これが色々な人と話をしてきたすみれさんの力なのかな。
「へぇ、アイドルに誘われるなんてすごいじゃないか。あのときのライブでも現役アイドルって言われても違和感なかったぜ」
「ありがとうございます。やっぱり面と向かって褒められると照れますね」
「んで、本人はアイドルやりたくないのに周囲からは勧められる、ねぇ。やりたくない理由って分かってるのか?」
「…………はい」
実は理由にはもう気付いていた。ただ、この理由は細かく説明できない。しかも細かく説明できないと、真摯に薦めてくれる相手を馬鹿にしているような答えになってしまうのだ。、
「まぁ、俺なら会ったばかりの旅人だし、しがらみねぇし、変な人にもたくさんあったから偏見ねぇし、俺自身変な奴だし、安心して話してみな」
わたしがアイドル活動をやりたくない、その理由。
「働くのが嫌なんです」
ただ、その理由がわからない。それなのにそのまま『働くのが嫌だから楽しそうなアイドル活動はやりたくありません』なんて言ったら最低だよ。だからやりたくないって誤魔化すことしか出来ないでいる。
「やりたくないとかそういうのじゃなくて、このまま働いたらダメだって何か変な抵抗感があるんです」
すみれさんは少し思案顔。真面目に受け取って考えてくれている。それだけで少し救われた気分になった。
「『仕事』でなければ良い、ということなのか?」
「と言いますと?」
「例えばボランティア活動はどうだい。お金をもらわずアイドル活動をすれば良い。サークル活動でもいいな。表現の違いだけだが、要は『仕事』でなくアイドルをやれば良い、それだけのことじゃないか?」
働かなくてもアイドル活動ができる?そんなことありえるの?
「で、でもそんな趣味のような形だと無責任にやってしまったり、中途半端に手を抜いてしまうかもしれません」
「ははははっ、それに気付いていてそこまで真剣に悩んでる朋が無責任にやるとは思えないね。その点は絶対に大丈夫だ、安心しろ。案外そこら辺の社会人なんかよりよっぽどまともかもな」
社会人として働いてない俺が言うことではないけどね、とウィンクするすみれさんを見てわたしは茫然としていた。働かなくてもアイドル活動ができる、そんなことは考えたこともなかった。ボランティア活動、サークル活動、お金をもらわなくても『仕事』と同じレベルのことはできる。同じレベルになるかどうかは、わたし次第。
うん、それなら大丈夫な気がする。働くことに対するもやもやがかなり薄い。これならみんなと一緒にアイドルになれる!
「あ、ありがとうございます!」
「ほぅ、良い顔になったじゃねーか。あのステージでの笑顔も良かったが、今の笑顔も負けずと良いぜ」
「それはきっとすみれさんがわたしに道を示してくれたからですよ」
「だが示された道を選んだのは朋なんだぜ。何も考えずに突っぱねることだって出来たんだ。感情に惑わされずにちゃんと考えて選べる人間なんて案外少ないもんさ。誇っていいことだぜ」
すみれさんに出会えて本当に良かった。これでわたしは胸を張ってみんなにアイドル活動やります!って宣言できる。ボランティアでやるならボランティアイドルかな、なんてね。アイドル活動をボランティアって言ってよいのか微妙だけど語呂が良いので気にしないことにしよう。そうしよう。
その後、一緒にアイドルをやる予定の仲間たちについてすみれさんに紹介して盛り上がった。
「バンドと一緒にアイドルねぇ。楽しそうだな」
シェルフたちがバンド、わたしとゆーちゃんと横石さんが歌って踊る。これでみんなでアイドルやろうって、帰ったら言おうと思ってる。あのメンバーでやったら絶対楽しいよね。
「ところで俺から一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?」
ルンルン気分で会話を楽しんでいたわたしに、すみれさんが突然爆弾を落としてきた。
「そのバンドはキーボードを必要としてないかい?」




