21. 上高地+お弁当
『上高地』
長野県西部、松本市にある標高1500メートルの景勝地。緑たっぷりの木々や草花、池や清流、野生動物など自然に恵まれた場所で、特に夏場は涼しい中で快適に森林浴を満喫することができる。一方冬場は極寒の地となり観光には適さない雪に閉ざされた地域となる。
「空気が澄んでるわね」
「うん、自然たっぷりの場所に来ると、空気にも味があるって分かるよね」
「弓弦もそれ分かる!不思議だよね!」
今日は晴れてはいるものの、まだ朝10時くらいで少し空気がひんやりとしている。そこに含まれているのは森の香り、そして近くにある池の香りなのかな。
「大正池、でござるか」
「澄んでいて綺麗です」
「少しだけ反射してるね~」
事前に調べたことによると、大正池は背景をまるで鏡面であるかのように映し出す、とのこと。それはつまり田貫湖での逆さ富士のようなものなんだろうと思う。ネットで見た写真が明らかに綺麗すぎるからプロの写真家が狙って撮ったものであって実際はそこまで綺麗じゃないんだろうなぁって思ってた。だからなのか、少しとはいえ予想外に背景の森が映り込んでいる大正池は、澄んだ色をしていることもあってか非常に美しく見える。
「うふふ、鳥さんが泳いでるよ」
「……気持ち良さそう」
あれはマガモかな。全身茶色で両手で抱えられそうなほどの大きさ。水面を滑らかに移動している。
「見たことねぇ鳥もいくつかいるな」
「オシドリは存じております」
水際まで近寄って、水に触ってみたり、鳥を眺めたり、写真を撮ったりと各自バラけて散策中。
「すごい静か。それにあの立ち枯れの木がなんとなく切なさを……ううん、違う、神聖さみたいなものを感じさせるね」
大正池の中や周辺には、細い木が天に向かって伸び、その途中でいくつか枝が伸びている『枯れた木』がある。枯れているので全く緑が無いんだけど、立派にそびえ立っている。その異質さが池や周囲の雰囲気と合わさってどういうわけか聖なる雰囲気を感じさせる。
「映えるでござるな」
「もう、シェルフったら」
その気持ちも分かるけどね。絵になるもん。プロの写真家じゃなくても十分『いいね』をたくさんもらえそうな写真が撮れそうだ。後でねこにゃんに写真見せてもらおうっと。
「さて、それじゃあ行くわよ」
大正池を出たら遊歩道をのんびりと歩く。
森の中を通過する木製の遊歩道を談笑しながらまったり歩く。近くの田代池に立ち寄り少し鑑賞してから先に進むと、遊歩道のそばに小川が流れているところに出た。
「お、イワナがいるぜ」
「どこどこ~?」
「……いた!」
「あらあら、美味しそうだよ」
わたしたちが騒いでしまったからなのか、お魚は橋の下に隠れてしまった。
「そっか、水がこんだけ綺麗だから魚もくっきり見えるんだね」
「食べてみたいでござる」
「きっと美味しいと思います」
異世界組は割と食欲に忠実だなぁ。わたしもこれだけ綺麗な川で取れたお魚だったらどんな味がするのか食べてみたいけどね。
「あいつ食べごろだな……」
食材を見る目になったすみれさんを引っ張って先に進む。
すると今度は森の中からパッと視界が開けて遠くに穂高連峰が見えるようになった。
「へぇ~中々雄大な景色じゃないの」
「囲まれてるって程じゃないけど、かなり横に長いんだね」
「こういう景色を見るたびに弓弦は思うんだよ。緑とその向こうにある大きな山の組み合わせって鉄板だねって」
「分かる~」
日本人が、じゃなくて人が心を打たれる定番景色ってのがあるのかもしれないね。確かに向こうにそびえ立つ穂高連峰は迫力満点だ。もう少し近くだったら『壁』みたいに感じたかもしれないね。
「この先の梓川のほとりで休憩できるから、そこでお昼にしましょう」
「は~い」
上高地の遊歩道は真ん中に梓川という大きな清流が流れている。夏場でも水を触ると冷たくて思わず手を引っ込めてしまう水温だ。
さて、いよいよやってきました、不安たっぷりなゆ~ちゃんとシャモアちゃんお手製のお弁当。
一体何が出てくるのやら……
「それじゃあ出すよ。ドラムロールカモンっ!」
「ダラララララララララララララ……」
シャモアちゃんがドラムを鳴らすフリをする小ネタを入れてくる。あ、プラムが鳴らし方はそうじゃないって不満そうな顔してる。まぁまぁ、お遊びなんだから。
「ジャンっ!」
「デデーン!」
そうして出てきたのは……
「え?まさかこれだけ?」
大量の歪な……じゃなくて味のある形をしたおにぎりだった。
「キッチンで沢山準備してたのって何だったの?」
「まぁまぁみ~ちゃん、とりあえず食べてみてくださいな」
「うふふ、ほらほら」
箱にいっぱい敷き詰められたおにぎりの山。
ははーん、これはもしかすると……
「どれにしようかな~」
なんて言いながらおにぎりの上で手を動かして選ぶフリをする。そうしながら視線はシャモアちゃんの表情へ。うんうん、分かりやすく表情変えちゃって。
「じゃあこれ」
選んだ瞬間シャモアちゃんがすごくつまらなそうな表情になった。やっぱりこれ、ロシアンおにぎりだ。なんとか安牌をひけたようで良かった。この2人のことだから、何入れたか全く分からないし。
「ほむほむ。王道のシャケだ。当たりだね」
ミカンとのボードゲームで鍛えられた面々。わたしの行動を見て攻略法をすぐに察するから面白い結果には中々ならない。
「次はどれを食べようかなぁ~」
シャモアちゃんレーダーから察するに、爆弾が結構残ってるみたいだね。どんだけ入れたのよ。よし、それじゃあご期待に添えてあげようではないか。
「これだっ!」
掴んだ瞬間、満面の笑みを浮かべるシャモアちゃん。
「はい、シャモアちゃんも食べて」
「うふ……え?」
「ほら、頑張って作ったんでしょ。すごくおいしいおにぎりだよ。シャモアちゃんも食べないと」
「い、いやその……」
「ほらほら」
強引にシャモアちゃんの手に持たせてあげる。さあ、食べなさい。
「それじゃあ私は弓弦のおにぎりを選んであげるわ」
あれ、シャモアちゃんレーダーは今停止中なのに、玲菜攻めるんだ。
「う~ん、はい、これね」
「うえぇ!?」
おおう、流石玲菜。ゆ~ちゃんの方はポーカーフェイス頑張ってたんだけど、ちゃんと見破ったらしい。しかもこの反応、かなり特大の地雷おにぎりをひいたようだね。
「「さあ、お食べなさい」」
上高地に2つの悲鳴が響き渡った。




