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番外編四 夜の色

波多野(はたの)くんが死んでる。」

「死んでない。」

 頭上の声に、波多野大地は応える。

「行き倒れ?」

「休憩中……」

「そっか。」

「って、それで納得すんのかよ。」

 頭を抱えながら、波多野は起き上がった。

「あ、生きてた。」

 目が合ったのはホッと胸をなでおろす、幼馴染の笑顔。

「救急車呼ぼうかと思ったんだよ。」

「わり。」

 そりゃそうだよな、と波多野は頭を下げる。

 何しろ彼が倒れていたのは早瀬家の和室。つまり旧姓木島(きじま)こと、早瀬都(はやせみやこ)にとっては自宅の和室。驚くのも無理ない。

 そこへ、銀竜(ぎんりゅう)を両肩に乗せた竜杜(りゅうと)が二階から降りてきた。

 学校から帰宅した配偶者を、優しい笑みで迎える。

「お帰り、都。」

「ただいま。」

「大地も落ち着いたか。」

「おかげさんで。」

 そう言う波多野の膝の上に、コギンが飛んでいく。波多野は自分を見上げる白い小さな竜の頭をなでた。

「せっかく飛んでくれたのに悪かったな。」

 ん?と都は首をかしげる。

「今日。リュート教習所だったよね?波多野くんも?」

 波多野が頷く。

「大変だったの?」

「んにゃ。教習は普通よ。」

 竜杜と波多野が自動車教習所に申し込んだのは少し前のこと。波多野は商売をしている両親にせっつかれ、そして竜杜は、黒き竜との決戦でバイクを壊したのをきっかけに車の必要性を感じて、揃って通い始めたのだ。

 今日はフリューゲルの定休日で、波多野も午後の授業が休講になったのを幸いに同じ時間帯に教習を受けた。その帰り道、竜杜が教科書で意味不明の日本語があると言ったのをきっかけに、波多野が早瀬家に立ち寄ることになったのだ。

「んで説明したけどさ、竜杜さん、基本的なことほとんど覚えてるんだもん。ぜんぜん大丈夫じゃん。」

「じゃあなんで行き倒れ?」

 都の問いかけに竜杜は肩を竦めた。

「強いて言うなら銀竜のせい、だな。」

「銀竜?」

 都はコギンを抱き上げると、金色の瞳を覗き込んだ。

「波多野くんに何したの?」

「うぎゅぎゅー。」

「遊んでた、じゃなくて!」

 都の詰問にコギンは「きゅうきゅう」と喉を鳴らす。

「あー、木島。コギンのせいじゃねーから。オレが慣れてないつーか、びっくりしたってゆーか……」

「リュートも加担してるんだよね?」

「コギンが見せたいといったから、手を貸しただけだ。」

「見せる?何を?」

「空を。」


「つまり……コギンが波多野くんにお菓子のお礼がしたいって言った。で、波多野くんが空を見たいってリクエストした。だから竜の眼を使う手助けを、リュートがしたってこと?」

「そういうことだ。」

「だね。」

 揃って頷く男二人に、都は呆れたようなため息を漏らす。

「そういうの、こっちでは難しいって、リュートいっつも言ってるよね?」

 主人が命じて竜の眼を使うことはままあるが、銀竜の見たものを別の銀竜が中継し、それを主人でない人に見せるのは高等技だと。都は散々聞かされている。大気が希薄なこちらの世界ではことさら難しいことも。

 それを竜杜が決行したというのは、珍しい。

「コギンとフェスが乗り気だったから、試す価値があると思った。」

「それだけ?」

「それに大地は共犯者だから問題ない。」

「そういう答えじゃなくて!慣れてない波多野くんを巻き込んだってことだよね。」

 もーっと都は呆れる。

「リュート、銀竜に甘いんだから。」

「都にはもっと甘いぞ。」

「それは今、関係ない。」

「おおっ!木島が竜杜さん制した。」

「波多野くんも簡単に言わないでよ。銀竜の眼を使うのって疲労感半端ないんだよ。わたしも慣れるの時間かかったし……」

「だから。」

「えっ?」

「木島、今は平気なんだろ。」

「そうだけど……」

「だからさ、すげーなぁって思うのと、その大変なの、ちょこっと見てみたかったんだよね。」

「なんで?」

「んー。」と波多野は腕組みをする。

「共犯者としての興味、かな。五分も見てらんなかったけど。」

 でも、と波多野はコギンを撫でる。

「ありがとな。フェスも。」

「うぎゃ!」

「ぎゃお!」


 その夜。

 波多野は風呂から自分の部屋に戻ると、スタンドの明りだけつけて机の前に座った。

 波多野家の住まいは駅に近い酒屋店舗の上にある。夜遅くまでうるさいので、機密性の高いサッシを開けることがあまりない。それに夜半を過ぎないと明りが絶えることはなく、絶えても完全な暗闇にはならない。同じ商店街でも、住宅地に隣接する早瀬家とは随分違うのだ。ゆえに、窓越しに空を見上げても夜空らしい夜空に見えず、なんとなく物足りなさを感じる。

 だから、なのか。

 共犯者になって都や竜杜が向こうの世界の空のことを話すにつけ、彼らがどんな空を見ているのか気になっていた。だから、コギンが何かお礼をと言った(と竜杜は翻訳した)とき、迷わず「空を見たい」と言ったのだ。しかしまさか……

「あんなに揺れるとはなぁ……」

 波多野は頭を抱えて、がしがしと髪をかき回す。

 自分で視点をコントロールしてないのだから仕方ない。反面、そんな映像を使いこなしている竜杜と都は凄い、と素直に思う。

 と、携帯にメールが入った。

「木島から?部屋の窓開けとけ?」

 まるで暗号のようなメールに「了解」と返事を返す。

 机の上に身を乗り出して窓を開く。

 と、待っていたかのように、何かがすっと部屋に飛び込んできた。

 えっ?目を凝らす前に、それはベッド上に着地していた。

「コギン!」

 思わず大きな声を出して慌てて口を押さえる。

 別室の両親に聞こえるはずないが、完全に意表を衝かれて慌てる。

 と、今度は着信音。

“こんな時間にごめんね”

 都からの電話だった。

「コギン送り込んだの木島?」

“リュートがね、もう一度試してみないかって。”

「えっ?」

 ちょっと待ってて、となにやらごそごそする音。

“遅くに悪いな。”

 竜杜の声に代わる。

“夜だから情報量も多くないし、さほど混乱しないはずだ。フェスには、注意を促してある。”

「それ、信じて大丈夫すよね?」

「うぎゃ!」とコギンが鳴いた。

 波多野は片手に携帯を持ったまま、もう一方の掌をコギンに差し出す。

 まるでお手をするように、小さな鉤爪のついた手が波多野の掌に置かれた。

 目を閉じる。

 受話器から流れるのは昼間聞いたのと同じ呪文のような言葉。文句が途切れると、波多野はそっと眼を開いた。

 そこに映し出されたのは、夜の街。

 フェスはホバリングしてるのか、あるいは高い何かに留まっているのか昼間見たほどの揺れはない。それでも時折向きを変えるのは、波多野が視界を共有していることを意識してるのか。

 波多野は銀竜の視界の先にある光景に目凝らす。

 駅前はまだ明るく、住宅街はぐんと暗い。目を少し遠くに向ければ並んでいる明り……高速道路だろうか。

 銀竜が空を見上げた・

「すげ……明るい……」

 光り輝く月の明りに、波多野は反射的に目を細める。

「そっか……」

 これが銀竜の見ている空。そして竜杜と都が好きだという空。

 それは昼ほどではないが、光に照らされた世界。

「夜……こんなに綺麗だったんだ。」

 波多野は、鍵爪のついた銀竜の小さな手を握った。

 ありがとう、の言葉と一緒に。

次回の更新、2018年5月10日予定です

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