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第二十一話

 一瞬リュートの言う意味がわからなかった、

 次の瞬間トランは「えっ!」と声を上げる。

 椅子を蹴飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、身を乗り出した。

聖堂(せいどう)にあるガラヴァルの記録って……それ……」

「英雄の記の原本。」

「本当に存在するんですね?」

「存在する。」

 震え。

 いや、恐れにも似たものがトランの全身を駆け抜ける。

 ずっと思い焦がれていたものが現実に存在する。しかもそれを解読することが条件とは!

「その話も長からですか?」

「話っていうか、見せてもらったっていうか……」と、(みやこ)

 えっ?えっ?とトランは混乱する。

「君たち、原本を見たんですか?」

 都とリュートは首を縦に振った。

「いつ!どこで!それよりいったい保存状態はどんな……」

「聖堂以外、あるわけないだろう。」

「そういえばそうですね。」

 落ち着け、と言われてトランは素直に腰を降ろす。

「ええっと、じゃあ聖堂で?」

「そう言ってるだろう。」

 呆れつつ、リュートはそのときのことを話し始めた。

 それは都が一族に名を連ねた日まで遡る。

 彼女自ら名前を記した後、長が言った。

「一緒に来て欲しい場所があるの」と。

 議長と警備に伴われて一行が足を踏み入れたのは、聖堂の地下のとある部屋。

 長自ら鍵を開けて部屋に入る。

 うす暗い部屋だった。

 真っ白な壁と床で構成された聖堂は概ねどこも明るいが、この部屋はほの暗く、そして狭かった。

「リュートは何度も来てるわね。」

「ということは、あれがリラントの瞳か!」

 メラジェが示したのは、ラグビーボールほどの大きさの緑色の石。

 透明な輝きを放つそれを、都はこの聖堂の入り口付近で見たことがある。ただし「聖竜リラントが黒き竜の魂を封じた彼の瞳の写し」と書かれたものを。

 つまりレプリカ。

 しかしこれは違う。

 近づくごとに感じる圧倒的な存在感。

 それはどこか言葉を貸したとき脳裏に響いた、力強い声にも似ている。

 すなわち本物の聖竜リラントの瞳ということ。

「君たちが黒き竜の魂を封じて間もなく、元に戻った。」

 リュートが最後に目にしたときあった赤い色は微塵もなく、石は深い水底のような澄んだ緑をたたえていた。その美しさとガイアナの言葉で、リュートは長い任務をやっと完了したのだと実感した。

 携えてきた小さな緑の石を、アニエに渡した。

「リュート・ラグレス、本当にご苦労さまでした。一族の長として、あなたの友人として私はあなたを誇りに思います。」

 彼女はそう言うと、小さな石……黒き竜の魂を封じた瞳の欠片を、瞳の傍らに置いた。

「黒き竜の魂も、盟友の魂と共にいることを望むでしょう。」

 ホッとしたところで、リュートは恋人に落ち着きがないことに気づいた。

「どうした?都。」

「なんかこの部屋変わってると思って。」

 そういえば、とメラジェが呟いた。

「天井が低いな。」

「変なところに柱があるし。」

 二人に言われてリュートも部屋を見回す。ここに来るときは緊急事態ばかりなので、部屋を観察することなどなかった。が、いわれて見れば天井が低く、圧迫感がある。

「この上に、別の部屋があるのか?」

「上にはないわ。」

 長の謎かけのような言葉に、メラジェが怪訝な表情をする。

 アニエはにっこり微笑み、

「もう一箇所、付き合っていただけるかしら。」

 そういって案内されたのはさらに一つ下の階だった。

 先だっての騒ぎのとき、分隊の地下から伝って出てきた階層だが、一同が向かったのは通路の出口とは反対側。扉をくぐった向こうにある小さな扉だった。入り口には警備が二人。長と議長に敬礼すると大きな鍵を扉に差し込んだ。

 アニエが最初に扉をくぐり、続いてオーロフとメラジェが背をかがめて中に入る。都はそのままなんら問題なく通り、それを見届けてからリュートとガイアナが背を丸めてくぐる。

 扉の大きさに反して中は広かった。

 聖堂の入り口に繋がる広場のように部屋全体が円形の壁にぐるりと囲まれている。壁際から部屋の中央に向かって天井が緩やかな弧を描いている。ドーム……というほどでないが、高くなっていることで地下深いことを感じさせない。地上と同じく壁も天井も床も真っ白で、そのため間接的な光にもかかわらず、充分明るい。

 しかし。

 あるのはそれだけ。

 家具やモニュメントのような物を期待していた都は、どう反応していいのかわからず、伺うようにリュートを見た。

 彼も不審そうに辺りを見回している。

 最初に声を上げたのはメラジェだった。

「空が……映ってる?」

 えっ?と目を向けると、部屋の中央。白い石を丸いモザイクに並べた場所に、ぼんやりしたものが映っていた。

 そこに黒い影が動く。

「竜が飛んでいったんじゃないか?」

 メラジェの説明に、リュートも「あっ!」と声を上げる。

「中庭から見た空か!」

「なんでここに?」と、言いかけて。都は思い出す。ハッとなり、天井を見上げた

「さっきの部屋……もしかしてここの真上ですか?」

「ええ、そう。」

「あの遺跡と……同じ?」

「そうだ!映してるものは違うが原理は同じだ……」メラジェが大きく頷く。

 二人が思い出したのは平原の、神の砦と呼ばれた遺跡で見つけた一族の痕跡。部屋全体がピンホールカメラだったあの技術が継承されていると考えれば、ストンと納得できる。

 しかし驚くのはそれだけでなかった。

 何かをじっと見つめていたオーロフが唸った。

「壁に刻まれてるのは、文字じゃないのかね?」

 慌てて壁に近寄る。

 見れば、ぐるりと囲まれた壁全てに、線が刻まれている。

「まさか……ここは……」震える手で、メラジェは壁に触れる。

「ガラヴァルの墓所?」

 老オーロフも信じられないといった表情をする。

「でもそれって長しか入れない場所……」

 そうね、とアニエは微笑んだ。 

「でも盟友リラントと空を歌う巫女の血を引くあなた達は見るべきだと思うの。」

 そう言って彼女は部屋の中央、空の映る丸いモザイク敷きの前に進み出る。

「この空の下に小ガラヴァル……英雄と呼ばれる私たちのご先祖が眠っているわ。そしてこれが……」と言いながらアニエは白い壁を振り返る。

「彼の両親、兄、そして空駆ける盟友達のことを記したもの。あなた方が英雄の記とか英雄の書と呼んでいるもの。」

 一同の口からため息が洩れる。

 白い部屋に青い空を映した床。そして、壁の上から下まで隙間なく刻まれた文字。

 これが伝説のように語られてきた一族の祖が眠る場所。

「全部……解読されてるのか?」

 リュートの問いにアニエは首を振った。

「先人達が訳したのはほんの一部。あなた達がよく知る部分だけ。」

「それじゃあ、トランが言ってた違和感は、そもそも全文でなかったから?」

「でもそれは意図したわけでないの。過去にこの部屋に入ることができた人はそれを読むことができなかった。前の長も例外でないわ。ただ、お祖父さまは幼い頃、一族の古老から聞いたことがあるんですって。空を守るリラントのほかに、海を守る盟友がいたことを。そしてガラヴァルの父は彼らに大地を守る盟友と呼ばれていた。彼らが美しい乙女たちと婚姻の契約を結ぶ物語はとても印象的だったそうよ。だから少しだけ努力して、わずかな部分を読んでみたんですって。」

 彼はその中でアルラの名を知り、彼女が人質になって向こうの世界で生涯を終えたことを知ったのだという。

「ヘザース教授、あなた方が出した嘆願書、確かに受理しました。英雄文字の研究部署を作ること許可します。」

 ただし……と言葉が続く。

「一つだけ条件があります。」

 メラジェの表情が一瞬、険しくなる。が、長の言葉でそれはすぐさま笑顔に変わった。

「ここにあるガラヴァルの遺した文字を、一つ残らず解読してください。何年かかっても構いません。」

「もちろん!」

 驚くほど大きな声でメラジェは言った。

「さっそく作業に取り掛かります……と言いたいところですが、自分もこの後すぐ職場に戻ります。かといって、これを見せられて黙ってるのも口惜しい。責任者に推薦したトランも、常駐するまで数年かかりそうだし。」

 さてどうしたものかと腕組みする。

 それまで黙っていたガイアナ議長が口を開いた。

「長と協議したのだが、まずは準備的な組織をつくり、連絡役として秘書を置いたらどうだろう。」

「秘書?もちろんいればありがたいが……」

「それはオーロフさえ了承してくれれば。」

 なるほど!とメラジェが手を打つ。

「確かにネフェル嬢は適任だ。」

「しかし……ネフェルはまだ一族になって日が浅い。」戸惑いながら老オーロフがもごもご言う。

「その分、語り部としての知識を持っているわ。彼らが不在のときに必要な準備をし、専門家であるヘザース教授やカゥイさんを補佐する。そんな人材が他にいるかしら?」

 うんうんとメラジェは頷く。

「聖堂直属の研究室秘書官という肩書きなら、嫁入りに悪影響を及ぼすこともないだろう。」

「それは……しかし女性がそのような肩書きをいただいてもよろしいのですか?」

 あら、とネフェルは笑う。

「私も女性だけど役職をいただいたわ。」


「そういうことでしたか。」

 話を聞いていたトランは、長い息を吐き出した。

「たしかに彼女は秘書官として適任です。」

「ただ、オーロフの御大が迷ってる感じだった。」

「それもわかります。研究する部署なんて聖堂始まって以来だし、そんなところに大切な孫娘を差し出していいのか悩むのは当たり前でしょう。」

「折を見て話すと言ってたが……」

「でも話を聞いたら、ネフェルは絶対やるって言うと思う。」都はきっぱり言った。

 その自信満々な口調に、トランは根拠を尋ねる。

「この間、わたしのお祝いで会ったときに、ネフェルが言ったんです。英雄時代の文字に触れたいから聖堂の書庫の司書官になりたいって。」

「研究者でなく司書官とは、控えめですね。」

「ええと、それは……」

 都は彼女が学歴に引け目を感じてることを説明する。

「それはまったく問題ないでしょう。彼女の知識量は相当なものですから。」

「わたしもリィナもそう言ったんだけど、信用してくれなくって。たぶんトランかメラジェさんが言わないと説得力ないと思います。」

「わかりました。」トランは力強く頷いた。

「その件はぼくらがどうにかしましょう。」眼鏡の奥の灰色の瞳がにっこり笑う。

「ぼくらには、優秀な秘書が必要ですからね!」

次回の更新は2017年9月5日(火)の予定です。

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