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第二十話

 見上げた空に、点が現れた。

 それはぐんぐん近づき、あっという間に鳥の大きさを越えてしまう。

 灰色の大きな竜だった。竜は頭上で旋回すると、池と湖の間の陸地を目指して着陸する。

 駆け寄ると、竜の背から飛び立った銀竜(ぎんりゅう)が鳴いた。

「久しぶりですね、フェス。」

 トラン・カゥイはまとわりつく銀竜に笑顔で応えた。

「出迎えは不要と伝えたのに。」

 竜の背から降りたリュートは、そう言いながらも嬉しそうにトランと再会の握手を交わす。

「今日の空はどうでしたか?」

「いい風だった。ここは相変わらず見事な湿地帯だな。」

 括りつけてきた荷物を降ろし、最後に竜の背に向かって両手を差し伸べる。身を乗り出した(みやこ)を抱きとめ、そのまま乾いた地面にそっと降ろした。

「ようこそアバディーアに。そしてはじめまして。トラン・カゥイです。」

「ミヤコ・キジマです。」

「やっとお目にかかれました。」

「はい。その、いろいろありがとうございました。」

「その話はあとでゆっくり。少し歩きますが、大丈夫ですか?」

 もちろん、と都は頷く。

「空から見たら、湖がいっぱいあって凄くきれいでした。」

「丘陵地帯のガッセンディーアとはまるで違うでしょう。」

 トランは自らも荷物を担ぐと、先頭に立って歩き出す。そしてこの土地が大山脈の雪解け水で形成されてること、そのため一年を通して水が冷たいことなどを都に説明した。すでに秋の気配を漂わせてる森を抜け集落に出ると、村の中心に程近い木造の平屋に二人を案内する。大きさから見て個人宅でなく公共施設に近い。

「ここって……」

「ぼくの職場です。」

 どうぞ、と通されたのは建物の一番奥まった部屋。

 中に入ると、そこはこじんまりしたリビングのような居室になっていた。

 使い込まれたテーブルに椅子、壁に暖炉。その傍らに扉があり、開くと隣にもう一部屋。左右の壁際にそれぞれ寝台があり、清潔な寝床が用意されている。

「よその土地から講師を呼ぶことがあるので、そういう人のために、宿泊できるようになってるんです。ぼくも一年ほど暮らしましたが、案外快適でしたよ。」

「一年も?」都は驚く。

「ええ。大学を出てすぐ、住むところが整わなかったので。」

 部屋の中を探索していたフェスとコギンが、テーブルの上に舞い降りた。

 見ると陶器の器に花が活けてある。種類は違えどみな黄色で、それが室内を華やかに明るくしている。

「子供たちが活けたんです。竜騎士が来ると言ったら、掃除も手伝ってくれたんですよ。」

「そういえば前来たとき、リュートとフェスが大人気だったんだよね。」

 そのときの騒ぎもあって、今は竜を村に直接を乗りつけないようにしているのだ。

「こんな田舎じゃ、本物の竜を見るなんて一生に一度あるかないかですからね。」

 へぇー、と都は驚く。

「ガッセンディーアは特殊って聞いてたけど……ホントにそうなんだ。」

「そんなわけで、明日帰る前に、少しだけフェスとコギンを子供たちに見せてもらえませんか?銀竜なんて、もっと目にする機会がありませんから。今日は大切な話し合いがあるので学校に来ないよう言ってありますが、明日はダメと言っても来るでしょうし。」

「うぎゃ!」とコギンが元気よく鳴いた。

「銀竜は異論ないそうだ。」

「ケィンの焼き菓子も役に立ちそうだね。」

「やけに荷物が多いと思ったら。気遣い無用と、クラウディアさんから聞きませんでしたか?」

「他にもいろいろ言付かってきたぞ。」

 その言葉通り、テーブルの上はあっという間にいろいろな物で埋め尽くされる。

「エナの花のお茶はエミリアお義母から。新物だからぜひにって。魚の燻製とか酢漬けとか食べる物は料理人のケィンから。」

「お酒まで持ってきたんですか?」

 包みを解いたトランは「ん?」と眼鏡を押し上げた。読めない文字に眉を寄せる。

「もしかして、向こうの……きみの実家のお酒ですか?」

 リュートは頷いた。

「父親から。口に合うかわからないが、よければと。」

「カズトさんが勧めるお酒なら、ありがたくいただきます。これはぼくが注文した本ですね。」

 先ほど自ら担いできた包みを手に取る。

「こっちは?」手を伸ばしたのは油紙にくるまれた紙の束。

「中身は知らない。読めばわかるとメラジェに言われたんだ。」

「ということは報告書か書類ですか。あとでゆっくり読みます。」

 最後に紙包みを二つ、直に手渡される。

「こっちは急ぎ返事が欲しい手紙。こっちは急がないが目を通して欲しい手紙。」

 トランが包みを開くと、中に入っていたのは何通もの書状。

 彼が「急ぎ返事が必要」の手紙に目を通す間、都とリュートは寝台のある部屋に荷物を入れた。重たい上着や装備をまとめ、トランに教えてもらった手洗い場で顔を洗って旅の埃を拭う。

「竜、ちゃんと休んでるかな。」

「近くで待機するよう命じたから、水浴びでもしてるだろう。」

「水浴び、するの?」

「竜によるな。」

 そんな会話を交わしながら、校舎の中を一巡する。木造の校舎は古いが清潔で、教室には小さな机と椅子が並んでいる。

 トランの説明によれば校長と二人、小さい子供の組と大きな子供の組を教えているのだという。

「図書室もあるんだ。」

 室内にいてもうっすら寒く感じるのは、やはりガッセンディーアより北に位置するからだろうか。

 宿泊部屋に戻ると、暖炉に火がともり、テーブルの上もちょっとした宴会の様相になっていた。ケィンが持たせてくれた料理のほかに、見たことのない形のパンや果実のソースがかかった肉料理もある。

「校長先生の奥さんが用意してくれたんです。ケィンにはかないませんが、料理上手なんですよ。」

 そう言って彼はリュートには地酒を、都には果実の砂糖漬けをお湯で割った飲み物を用意してくれた。

 テーブルを囲み、リュートは再会を、都はじめましての挨拶を、そしてトランは都が一族になった祝いの言葉で杯を重ねた。

「うん、いい酒だ。」

「これ、おいしいです。」

 あっという間に飲み干す二人に、トランは嬉しそうにお代わりを注ぐ。のどの渇きが癒えたところで、都はトランが黒き竜のことを調べてくれたことへの礼を述べた。

「お礼を言うのはぼくのほうです。」トランは言った。

「もしリュートと出会わなかったら……いいえ。リュートとミヤコが出会わなかったら、ぼくがガッセンディーアに赴くことも、カズトさんと再会することも、マーギス司教と知り合うこともなかったでしょう。それにこないだの件では、二人のほうがはるかに大変だったじゃありませんか。ぼくなんか、走り回ることしかできませんでしたよ。」

「トランの考察があったから、闇雲に動かず済んだ。助かったよ。」

「その助けはぼくだけじゃないでしょう。」

 ダール兄弟や公安や軍が協力したから、最悪の事態にならずに収束することができたのだ。だがあくまで中心にいたのはリュートと都の二人で、彼らが黒き竜の魂を封印したことこそが最大の功績だと、トランは力説した。その上で、彼はある疑問を都にぶつける。

「リラントの魂が乗り移ってる間のこと、全部覚えてますか?」

「覚えてるは覚えてるんですけど……ぼんやりしてて。なんか夢見てるみたいで……」

「そういえば、アルラの夢を見たこともあるそうですね。」

「あ、はい。」

 初めてこの世界に来たとき、リュートを追いかけて足を踏み入れたカーヘルの平原で、都は夢を見た。それは誰か大切な人と生き別れてしまう夢。その後も断片的に見ることになる不思議な夢は、妙にリアリティがあり、そのつど都を不安にさせたのだ。

「つまり、あなたが夢の中で見た白い人はリラントで、あなた自身はその妻、アルラだった?」

「メラジェさんはそうじゃないかって言ってました。」

 あくまで夢の話だし、リラントに妻がいたことは記録に残ってるわけでないので推測でしかない。いや推測はおろか、夢物語でしかないことは都自身が一番良くわかっている。何しろ黒き竜の魂を宿した男と最後に対峙したあと、熱を出して意識を失っていた間に見たのは、黒き竜の魂を封じた英雄ガラヴァルと共に遠く旅立ったリラントとアルラの孫娘だったのだから。しかしそのときの夢もっと鮮明で、今でも彼女の言葉を思い出すことがあると、都は言った。

「きっと……あなたの血筋が見せたんですね。」

「そうでしょうか?」

「ええ。門に近づいたこと、銀竜を得たことで、古の記憶が呼び起こされた……とぼくなら説明します。だって想像が掻き立てられるじゃないですか。」

「ちょっと飛躍しすぎかなぁ。」

 でも、と都は思い出す。

早瀬(はやせ)さんの家……っていうかお店に初めて行ったとき、なんだかすごく懐かしかった。」

「俺のことは敬遠してたのに?」

「それは……だって変な人だったんだもん。」

 リュートの横槍に、都は、

「それ、いまさら言う?」と頬をふくらませる。

 そんな二人のやり取りをニコニコ眺めていたトランが「おや?」と首をかしげた。

「その髪飾り、ニススの銀細工ですね。」

 都が身につけている細工物を目で示す。

「ネフェルとリィナにもらったんです。」

「ということは、あの店に行ったのかな?」

「あ、はい。トランの紹介してくれた本屋さんで選んだって言ってました。」

「本屋?」

「店主の兄弟が南にいるんだそうです。」トランは笑って説明した。

「それでときどき、本と一緒に特産品の銀細工も仕入れて持ってくるとか。ガッセンディーアでニススの工房の細工が手に入る店は他にありません。」

「リィナもそう言ってました。だからお祝いに……一族になった記念にって。」

「それで、一族になった感想はいかがですか?」

「まだ実感ないけど……リィナやネフェルと同じ場所に立てるのは嬉しいかな。」

 今までは町を歩くのも緊張していた。けれど帰属する場所ができただけで、背筋を伸ばして歩けるようになった気がする。

「その気持ち、わかります。ぼくもガッセンディーアで暮らしてしばらくは、よそ者らしく緊張してましたから。コンロッドに裏路地を連れまわされて、行きつけの店ができるようになって、やっと堂々と歩けるようになったものです。そういえばコンロッドにも会ったんですよね。省略してもよかったのに。」

「でも手紙、預かってきたし。」

「あれはただの殴り書きでしょう。」

 トランは手紙の束から一枚を引き出すと二人に見せた。

 そこには、都でも読める文句がただ一言。

「えーっと……次にくるとき、酒頼む?」

 まったく、とトランはため息をつく。

「わざわざこんなものを君らに託すなんて……それもまたコンロッドらしいんですけどね。あいつ、あなたに失礼なことしませんでしたか?」

「いきなり、写真師になるのか?って聞かれました。」

 コンロッド・シィガンがアデル商会にやってきたのは二人がラグレス家に戻る直前だった。仕事でガッセンディーアを離れていたことを詫びると、都を真っ直ぐに見て先の台詞を言ったのだ。

 都が面食らっていると彼は続けて言った。

「オーロフのお嬢さんから、ミヤコは写真師の卵だって聞いたんだ。」

「ネフェル、そんなこと話したんですか?」

「違うのか?」

「それは趣味……っていうか、まだ決めてなくて……」

「なに、腕はこれから上げればいい。」

「ええと。」

「英雄時代の文字を研究する部署が聖堂にできれば、平原の神舎(しんしゃ)の調査も本格的になる。きっと写真が役に立つ!……というのがオレの考え。」

 そういうことか、と合点する。

「でもそういうことやってる人って……」

「世の中にゃいるだろうが、どうせなら、知らん奴より知り合いに立ちあってもらうほうがいいに決まってる。というわけで、前向きに対処して欲しい。」

 にっこり押し切るコンロッドの様子が手に取るように目に浮かんで、思わずトランは「あの男は……」と口走る。

「一方的ですみません。」

「それは全然。シイガンさんに悪気ないのはわかるし、そういう考えもあるかなって思ったから。」

 しかし腕を上げるもなにも、まずはこちらの世界の写真機に馴れないと話にならない。

「だから気長に待っててください、って言っておきました。」

「それで良いと思います。そうだ。ヘザース教授とオーロフさんからの手紙に、その研究部署について、君たちから直接話を聞くようにとありました。進展があったんですか?」

 リュートは頷いた。

「嘆願書が受理された。一族の長から直々に許可をいただいた。」

「そうですか……」

 ふぅ、とトランは椅子の背に身体を預ける。

「よかった。」と微笑むトランにリュートは険しい顔で、

「条件がある。」と告げた。

「条件?」

 トランは怪訝な表情をする。

「長が言うには前の長の悲願でもあるそうだ。聖堂にある、英雄ガラヴァルの遺した記録を全で解読することが。」

次回の更新は2017年8月25日(金)予定です。

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