六話 兄妹と冒険者
少し話は変り、意外だとは思うが迷宮という場所にもルールという物が存在する。
そして、この『骸遊びの迷宮』という堕天使スノーモートが統治する迷宮にも絶対に破れない強制契約の掟が三つある。
一つ、迷宮に住む者は迷宮外に存在する多種族への攻撃の禁止
二つ、迷宮主は迷宮を階層主は迷宮内のそれぞれの階層を統治する物とする
三つ、上記の掟は迷宮主が好きな様に変革する事が可能である
以上が『骸遊びの迷宮』に住まうあらゆる者に適応される強制契約の掟である。
◇◆◇
『うわっ、眩しい……』
太陽って、キラキラ光ってすっごく眩しい。直視をする事が難しい程に。それがマキの初めて感じた外の世界の出来事だった──。
迷宮の外、そこには大きな街が広がっていた。まるで「怖いのは迷宮の中だけだ」そう言わんばかりに街には活気が溢れている。
「…………。」
その街を歩くハルの腰のあたりを、後ろからがっしりと掴む小さな影があった。
「ねぇマキ」
ハルは、ハルの後ろからちょこちょこと付いて来るマキを見ながら呼ぶと、マキは忙しそうにキョロキョロとあちこちを見回していた。
「あのー、ちょっと動きにくいんだけど……」
ハルに言われ、マキはそっとハルの背中から顔を出す。だが、その近くを人が通るたびにビクッと驚き、マキはまたハルの後ろに隠れてしまった。
「さっきからどうしたの? あんまり人混みは得意じゃなかった?」
ハルはゾンビの群れは大丈夫だったのに? と心の中で付け足しながら聞いた。
その問いにこくこくとマキは首を縦に振った後、何を見つけたのかハルの背中から指をさした。
「……ナニ、アレ?」
「あれ? あれはすごい豪華な服屋さんちょっと珍しい服が多いよね、独創的って感じの」
「アレハ……?」
「あれは最近人気のケーキ屋さん、美味しいからって食べすぎで太っちゃう人が多いいんだって。今度食べに行ってみよっか」
「ウン」
こくこくとハルの言葉に頷いた後もマキの視線はキョロキョロと動く。
「さて、私も迷宮から無事帰った事だし少し寄らなくちゃ行けない所があるんだけど、これからマキはどうすの?家に帰る?」
ハルの言葉にマキは考える素振りで、んーと顎に手を当てる。
「……。」
マキは迷っていた、このまま家に帰るか帰らないかをだ。兄とはまだかくれんぼの途中だし黙って外に出たのだ母親であるスノーモートや階層主達をさぞや心配させる事だろう。
しかし、ここは初めて来た外の世界。
まだ兄も出たことがないと言っていたあの外の世界なのだ。好奇心の高いマキにとって、これ程興味が引かれる場所もなかった。
よってマキは、
(今日だけなら……いい、かな?)
と、迷宮には戻らずこのままハルに付いて行く事に決めたのだ。
「ほら着いたけど、本当に帰らなくても大丈夫?」
マキが帰らない意思を示すと、じゃあ私に付いて来る? と問うハルにマキは力強く肯定しそれから着いた先がこの場所である。
「……ン、ココハ?」
しばらく歩いた後ハルは周囲より一回りは大きな建物の前で立ち止まった。
「冒険者ギルド、って名前位聞いたことはあるでしょ?」
「──ギルド?」
「そうそう、ここは“冒険者ギルド”っていって。うーん、冒険者を助けてくれる所? みたいなものかな」
「へー……」
と、自然と低くなった声音で返答しながらマキはギルドを見る。
「ちゃんとついて来てよね、中は結構混み合ってるはずだから」
「……ン」
こくん、とマキは小さく頷きゆっくりと冒険者ギルドを見上げた。
冒険者とは。
世界中に散らばる迷宮の攻略を目標に掲げそれを仕事として成立させる者達である。
基本的には迷宮の攻略を生業にするが、依頼者からの“クエスト”をこなし、生計を立てる者も少なくない。過去、英雄と呼ばれた数々の強者達も一度は世話になる特別かつ最重要とも言える拠点である。
だが、マキからすればそんな事は関係がない。どう言おうと奴ら(冒険者)は家である迷宮を荒らし迷宮の物を盗む不法侵入者である。そしてそいつらのアジトであり裏で侵入者の支援をするずる賢い団体。
──その冒険者ギルドが目の前にあるのだ。
途端に、マキの両手首にある“金色の腕輪”がグルグルと高速で回った。これは、マキが『力』を使おうとした時の予備動作である。
……一瞬マキの頭の中に目の前の建物をぶっ潰してしまおうか、という考えが浮かんだが、二つの理由によりぶんぶんとすぐさまその考えを取り払う。
一つ目の理由は【骸遊びの迷宮】に住む者ならば例え迷宮主やそしてゾンビまでもが強制的に厳守される “強制契約の掟” に関わってくる。その掟の一つに、
『迷宮内に住む者は迷宮外に存在する他種族への攻撃の禁止』
と言うものがある。
つまり、今のマキには冒険者どころか、例え何者に襲われ様ともここが外の世界である限りその人物に対する「反撃」が行えないのだ。
そのため、迷宮内の魔物がわざわざ外に出ることは無くスノーモートもビアスやマキを外に出すという危険を犯すことは今までになかった。
そして二つ目、マキが力を使えればこの建物を破壊する事は簡単だろう。例えるなら、子供が蟻の巣に水を流し込む感覚とそう変わらずにだ。
しかし、そうする事でハルに嫌われる可能性を思うと……
(それは、嫌だな……)
と、十歳のマキは (使えないが) 力を使ってギルドを壊した時のリターンとそれからハルに嫌われるリスクをかけ、最後には知らんぷりをする事に決めた。
ギルドの完全崩壊の計画を、大人しくその場で、
──『睨む』程度に抑え込んだのだ。
……瞬間、マキとすれ違った運の悪い冒険者数名は背筋に走る気味の悪い悪寒に、ゾッと辺りを見渡した……。
だが、そこには立ち止まって建物を見つめる金髪金眼の幼女と言える子供と、他には見覚えのある同業者だけ。
「気のせいか……」と、一瞬だけ感じたそのプレッシャーに冒険者達は首をかしげながらその場を去って行った。
「ねぇー、ギルドの前でずっと立ってるけどどうかした、早く入らないの?」
と、何も気付かず待ちかねたハルが扉の前で振り返りながらマキに言った。
「ンーン、ナンデモナイ……」
途端、高速で回っていたマキが付けている腕輪の回転が緩やかになる。それからマキはころっと態度を変え極めて大人しくハルの後に続いて冒険者ギルドへと足を踏み入れていった。
◇◆◇
同時刻、場所は《骸遊びの迷宮》最上階に移る。
『マキの奴どこに隠れたんだ? さっきから全然見つからねー』
未だ、かくれんぼは継続中。
ビアスが妹を探し始めてゆうに一時間は経っていた。
『……まさか下か? いや、それはねーよな』
階層主のジジが管理するこの最上層、ここより下の階層に行くのはマキが言ったルールに違反する。あの妹の事だしそれはあり得ないだろう。
だが、大方の場所を探し終えたのも事実。
もし、本当にこの階層にいないとすればそれは、
『まさかここから外に出たとか……いやいや、それの方がありえねー。ばれたら怒られるじゃすまねぇぞ』
母の雷とさえ表現できる程の怒号は、想像するだけで身震いがする程だ。普段は優しいのに怒ると超が付くほど恐いのだ。
とそんな事を考えていると、ビアスはとうとう迷宮の出口──外への入口近くへと来てしまった。
これ以上は意味ないか、と来た道戻ろうとすると、迷宮の出口付近でビアスの事を指差して何やら話し込んでいる者達が目に入った。
一人は背中に剣を二本ぶら下げた男。
もう一人は片手に巨大な盾を持った男だ。
それは、母曰く冒険者といわれる者達だった。
冒険者──それはわざわざ迷宮まで足を運び、迷宮攻略、宝探し、一攫千金、そんな夢を掲げながらその体を死体と言う、迷宮の資源として提供してくれる哀れな者達。
それがビアスが抱く冒険者に対しての認識だった。
彼らは毎日毎日度絶え間無く訪れる。
そんな湧く様に現れる彼らの利用法は様々だ。
ゾンビ化、悪霊化、虫の巣、獣の餌、実験材料、はては気に入られた者は母や妹の綺麗な抱き枕まがいにされる者達まで……とその需要が尽きる事はない。
そんな迷宮きっての資源を目の前にしたビアスはというと、
(うっわぁ、目合った、あいつら今日は帰ってくんねーかな)
資源と言う一点では帰さない事こそが正しいが、今は妹と遊んでるとこだし正直面倒くさい。そんなビアスの心中とは裏腹に、その二人の冒険者はズンズンとビアスの方へと近づいて来た。
「おいお前、こんな所で何をしている?」
そう言ったのは背中に二本の剣をぶら下げている男だった。
「この迷宮に迷い込んだのか? 装備も無しにこんな危険な所で一体何をしている?」
堕天使スノーモートの子供であるビアスやマキだが、この兄妹に天使の輪っかや天使の羽根などは存在しない。
つまり、この男はビアスが純粋な人間であると踏んで話しかけて来たのだ。
──弱ったな……。
ここまでの話でもうお分かりいただける様に、過保護な母親の影響により人間との交流というものをビアスもマキもした事がない。
この二人の冒険者と迷宮の住人として戦うか、それとも迷宮の奥に逃げるか。
ビアスは予定もしなかった厄介ごとを前にほとほと頭を悩ませることになった。