妹探しと人探し
「なにって、俺は今妹を探してんだよ。髪は金色で身長はこれくらいで兄の俺が言うのもなんだができた妹だよ」
ふふん、とビアスがどこか得意げに見えるのはどう見ても気のせいではないだろう。
「はあ? こんな所にガキが迷い込んだってのか!?」
「一大事じゃないか…… 早く見つけないとゾンビ供に襲われて手遅れになるぞ!」
成り行きでマキの事を二人に説明すると、大盾を持ったボブも二刀流のジェイトも事態の重要性を感じて慌てて話に食いついて来た。
「お、おう……」
意外な食い付きぶりに若干驚くも、改めて二人を眺めながらビアスは、
──こいつらどうしよっか?
と品定めする様に一人、別の事を考えていた。
戦うべきか逃げるべきか。幸い二人はビアスを人間だと勘違いしている。このまま迷宮の者だと言わなければバレる事は無いだろう。
もし母親がここにいたらなんと言うだろうか……“お友達”とやらにする線もなくはない、なんだったら今は妹とかくれんぼの途中だ今からでも無視を決め込んでもいい。
むーん、とビアスが悩んでいるとやがてある答えに辿り着いた。それは、
(……あれ? というか俺が悩む必要なくね?)
というものだった。
……なに、簡単な事だ。戦闘か? 逃走か?
──ようは全部ひっくるめて、こいつらに任せればよかったのか。と、答えが出たビアスは一人で納得した様に頷く。
ビアスは考え過ぎたのだ、確かに初めての出来事であったがビアスが悩む必要は無い。なぜなら、もし仮に彼らと戦う事になったとしても、
「……負ける気がしねぇな」
つまりそいう事だ。
どう言う事かと言うと、ビアスはスノーモートの実の息子だ、慢心などでは決してない純然たる事実として負けるなどあり得ないと考えている。
差し当たり、ビアスが人外であるという事実はもう隠す必要もないだろう。
「ハルの事もあるし早く見つけてやんねーと、おいジェイト!」
「ああ。いいか、お前の妹は俺たちが探してやる見つけられる保証は無いが努力は尽くす。だからお前は早く帰れ! 兄妹揃ってこんな所にいては犬死にするぞ!」
そう、凄みのある剣幕で言い放ったジェイトとは裏腹に一見ヘラヘラとした様子のビアスは、二人が思いもよらなかった事をケロリと言ってのけた。
「あんたたち、まずは勘違いを正すと俺も妹もこの迷宮に住んでる。だから当然ゾンビに襲われる心配も無いんだわ」
「いいから、お前は早く冒険者ギルドへ行け! 丁度俺たちも人を探しに来てたところだ。お前の妹も見つけたら必ずギルドへ…………今お前なんと言った……?」
鳩が豆鉄砲を食らったようとは、まさにこの事だろう。
「だからな、俺も妹も心配無いってそう言ったの」
「……違う、そうじゃない。お前は今迷宮に住んでいると……そう言わなかったか?」
ジェイトは嫌な汗がツーと流れるのを感じた。
「ああ、言ったな。で? どうする……?」
言って、ビアスはニヤリと笑った。
「ジェイトーーッ!!」
ボブが吠えながらズンッと盾を構える。だがジェイトの方はボブが吠え始める頃には攻撃の全てを終わらせていた。
「……驚いたな……、冒険者の剣士ってのはみんなこんなに強いのか?」
と、本心で驚いているビアスの首元にはすでに二刀の剣が巨大バサミであるかの様にいつでも斬首できるよう交差する形で止まっていた。
「動くなよ迷宮に住むゾンビ……は違うのか? お前は一体なんなんだ? 人間じゃないのか?」
「以外にあれだぜ、噂に聞く【デミリッチ】って奴かもな」
まだ息のある敵を前に勝利を確信するのは早すぎる、それを知る二人は急所に剣を当てている今でさえ一瞬の油断すらもしていない。
はずだった……
──ドロリ。
と形容すれば良いのだろうか、ビアスの体が一気に脱力し交差する剣のさらに下、気づけばさっきまで膝があったはずの位置まで上体を下げていたのだ。それからハッとするのもつかの間、その状態からビアスがダッと駆け出しジェイトの腰辺りを抜けようとした。
しかしジェイト、それにいち早く気づき音速に並ぶ剣技で横を通り過ぎるビアスを二刀の餌食にする。
「てめー! 逃げる気かーッ!」
「……」
駆け出したビアスに向かってボブが叫ぶが、反対にジェイトは怪訝な表情で自分の刀を見下ろしていた。
「おい、あいつは今なにをしたんだ?」
「わからない、ただ俺は確かにこの剣であいつを切った……」
「はっ、それならおかしな話しじゃねーか。あいつにも、あいつの周りにも、その剣にも血の一滴すらついてねーってのはよぉ、なぁ?」
「加えるなら切った手応えもなかった……今、俺はなにを切ったんだ?」
そう言って振り向くと、ビアスは迷宮の出口の前に立っていた。ビアスからすれば、そこは外の世界への入り口でもある。
「逃げる気か、ねぇ」
ビアスはジェイトに切りつけられた箇所を見下ろす。胸部と腹部に振り下ろされた剣の傷跡が二つある、そこをビアスは右の人差し指でゆっくりとなぞっていく。
「まぁ、あんた達からしたらこの外が唯一の退路だからな。俺が逃げようとここまで走った、そういう見方も出来るのか」
ビアスが何気無く言うが、ジェイトとボブにとって驚くべき事が起きたのはそのすぐ後だった……。
──ジジッ、とビアスが触れた傷跡から一瞬だけ小さな炎が燃え上がり、しかしすぐに消えた。だが、驚くべき所はそこじゃない。
本当に驚くべき所はすぐに消えた炎の後から何事も無かったかの様に、ビアスの傷一つない肌が現れ事だった。
……そう、ジェイトによって刻まれた傷跡は炎と一緒に消失していたのだ。
いや、『再生』していたのだ。
『熾天使と焔』
そう冒険者の二人が見たままの通りの、しかし一瞬にして傷口が治った『再生』という有り得ない現象を飲み込むより早くビアスは『魔物語』で呪文を唱えた。
瞬間、迷宮の出口の前にどデカイ炎の柱がそそり立った。その柱は天井へと伸び、周りにある全てを真っ赤に光らせながら悠々と燃え続ける。
「言っておくが俺は初めから逃げるつもりは無い。あんたたちは強いんだ戦うんだったら徹底的に、だろ……? お分り?」
なおヘラヘラと笑うビアスの顔は、炎の光に当たってユラユラとした不気味な影を作っていた。
退路を断つ。あの炎の柱を五体満足のまま突破し外の世界へと逃げられる人間など存在しないだろう。つまりこれがビアスが言った徹底の表れである。
「この化け物が……」
そう言ったのは、ジェイトだったかボブだったか……その確認もままならぬまま戦いの火蓋が切られたのである。
◇◆◇
「ば、けも、の……」
ぷすぷす、と黒い煙を出しながら意識が飛ぶ直前にボブ。
そのままがくりと力尽きた。
「ハル……ごめん、仲間を……お前を……守ってやれなかった……ゆる、して、く、れ、、」
続けてがくりと力尽きたのは二刀を手放しながら倒れるジェイトだった。
「ふーっ、ようやく勝ったか」
額の汗を拭いひとまずの勝利に安心するビアス。
ボブの守りとジェイトの剣撃のコンボに手を焼き、最後は強引にボブに守られるジェイトごと焼き払うというゴリ押し戦法で勝利を手にする事ができた。
だが、喜ぶのも束の間、
「そういえば……確かこいつ……」
戦闘後、ビアスが気がかりに思ったのはジェイトが最後に言っていた事だ。
「こいつら仲間を探してにきたのか? そういえば戦う前そんな事を少しだけ言ってたような……」
何をそこまで気にする必要が有るだろうか、冒険者なぞこの迷宮に迷い込めば等しく運命は決まっている。つまり「死」意外あり得ないだろう。
それが日常ビアスとマキの住むこの迷宮で起こる日常なのだ。
例えば最近こんな出来事があった、スノーモートやマキの“お友達”になったどこぞのお姫様を助けに約五十人で迷宮に来た勇者。勇者を含め出口へと一直線に逃げられた者以外全員死んだ。今は勇者もお姫様も仲良く母と妹の“お友達”だ。
それが普通だ、その迷い込んだ冒険者だって同じく助かるはずもない。
なのに、なぜそこまで気になるのか……
「あっ……」
その答えは、今までの自分の行動にあった。
だって自分はさっきまで、
──妹とのかくれんぼでこの階層中を探し尽くしたばかりだろう?
そう探し尽くした、探し尽くしたのだ。
見つからない妹を見つけるために……。
それなのに、冒険者一人を見落とした? いやあり得ない。ビアスはどんな冒険者よりもこのホームである迷宮の事を知っている自身が有るからだ。
となると、見つからない妹といなくなった冒険者この二人がいると考えられる残りの可能性と言えば……
…………………………。
「──まさかっ!?」
バッ! とビアスが振り向いた先には、轟々と燃え上がる炎の柱がある。
だがビアスが見ているのはその先だ。
そうビアスの見開かれた視線は炎の柱のあるその先、外の世界へとそそがれていた。




