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内臓が持ち上げられる嫌な浮遊感。直後に衝撃。
気嚢が展開し、落下速度にブレーキが掛かったためだ。
「ギン、生きてるか?」
「ヒスイ様こそ、ご無事で?」
お互いの無事を確認しあうと、ヒスイは新型蒸気機関に火を入れた。
甲高い音を立てて機関は起動、それを確認しギアを操作し回転をプロペラへと伝える。体感できるほどの加速が始まった。
「さすがソラ自慢の新型蒸気機関だな……」
ヒスイは呟くが、機関の性能に気嚢が全く追いついていない。風圧に負けて気嚢が変形している上、直進すらもおぼつかないのだ。
「高度が上げられませんな……」
ギンの言葉に下を見下ろす。徐々に高度は下がっている。
後ろを振り返ると、教団の浮揚船が大きく旋回していた。どうやら飛行船ではなく、こちらに食いついたようだ。
「とりあえず最低限の義務は果たせたな」
ヒスイは呟いた。
即興で作った飛行船は、雨の中、蒸気の尾を引いて高度を下げつつも全速で飛行している。追跡する浮揚船との距離は詰まってきているが、囮の役目は十分に果たせているのだ。
もし、即興ではなく、この蒸気機関にあわせた船体を持つ飛行船であったならば、浮揚船からも逃げおおせたかも知れない。
「ヒスイ様、速度は落とせませんかっ!?」
慌てたように言うギンの言葉でヒスイは気が付いた。
こんな高速で着陸したら、クーに華奢だと称された、この汽械馬車は耐えきれず分解してしまうだろう。
慌ててヒスイは機関とプロペラの接続を切る。が、飛行汽械とは、そうも簡単に減速できる物ではないのだ。
周囲を見回すと正面に海が見えた。全開で飛行すれば、ぎりぎり海に出られる。ヒスイは即座に、そう判断した。
躊躇無く、ヒスイはプロペラを再接続し機関を全開にした。
「コイツは海に落とす。プロペラに巻き込まれないよう、着水直前に真横に跳ぶんだ!」
ヒスイの言葉に、ギンは諦めたように笑った。
「地面よりは水面の方がマシですな。ヒスイ様に、この命、お預けしましょう」
後ろを振り返ると、浮揚船は、まだ付いてきている。どうやら意図して高度を落としていると思っているのだろう。
その後方で、それまで直進していた飛行船が大きく梶を切ったのが見えた。
飛行船のクーは、ヒスイたちが高度を上げられない事に気づいたのだろう。飛行汽械の第一人者なのだ。そのぐらいは理解できて当然だ。
汽械馬車のすぐ下を地面が流れてゆく。海上に出られるか際どいところだ。
追ってくる浮揚船が、ようやく旋回を始めた。この汽械馬車が囮だったと言う事に、やっと気づいたのだ。目指す標的は、クーの乗っている飛行船だ。
もう十分すぎるほど、囮の役目は果たした。
ヒスイは正面に目を向ける。なんとか海上まで出られそうだ。
「跳ぶぞ!」
ヒスイが叫ぶと同時に、海へと飛び込んだ。ギンも反対側から飛び込んだだろう。
直後に汽械馬車が着水し、水蒸気爆発が起こる。
しょっぱい海水を飲み込み、鼻の奥が痛くなる。が、幸い怪我はしなかったようだ。
海面から周囲を確認すると、離れた場所にギンも何かに掴まって浮いていた。
「どうやら、お互い生きているようですな……」
飛び込む前に、ちゃっかり用意していたのだろう。空気を詰めた革袋を浮きにしてギンがヒスイに泳ぎ寄ってきた。
そんなギンには答えず、ヒスイはクーの乗る飛行船に視線を向ける。
飛行船の間近まで浮揚船は迫っている。そして、浮揚船は、そのまま飛行船に体当たりした。
浮揚船は全面を金属で覆われているが、飛行船は軽量化のため金属の骨組みに、木と布を張り合わせて作ってある。ぶつかり合ったら、飛行船は、ひとたまりもない。
「チクショウめ……」
あれはソラに自分専用として造ってもらった飛行船だった。
無理な要求もしたが、ソラは文句を言いつつも、その要求にこたえてくれたのだ。
囮として使い潰す覚悟はしていたが、やはり壊されるのは腹立たしい。
バラバラに砕けていく飛行船の残骸の中に、不自然に上昇していく影が見えた。
「どうやら、ソラ様は、無事に脱出できたようですな……」
ギンの言葉に、ヒスイは大きく息を吐いた。
後はゲンザたちが浮揚船を動かすだけだ。そのための時間は、十分稼げたはずだ。
今の統連でソラの作った浮揚船を飛ばせば、世界を変えられるはずだ。少なくともヒスイは、そう思っている。
人や情報が、もっと自由に行き来できる世の中に変わってくれると。
空の彼方にある、あの月との往来も、かつて以上に活発になってくれるとも。
いつの間にか雨が上がり、雲の切れ間から青い月が顔を覗かせていた。
すぐ話は終わらせるつもりだったんですが、なかなか終わりません。
締めには入っているんですけどね……




