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日没前後のつもりで書いてましたが、作中じゃお昼前後なんですよね……
ラセルの弟子が操る汽械馬車の荷台から、ゲンザは後ろを振り返った。
薄暗い雨空の下、ヒスイの飛行船が急上昇していくのが見える。
「若旦那……大丈夫でしょうか?」
「ああ見えて坊は後先考えて行動してる。大丈夫だ」
不安そうに呟くレイハに答えながら、ゲンザは考える。
クーは自分より、思考が錬金術師に近い。実際、初歩的な錬金術なら扱えるのだ。
賢者の塔にいる高位の錬金術師たちに汽械式浮揚船を売り込みも、クーならば不可能ではないはずだ。そのためにも、まずは自分たちが、汽械式浮揚船が教団の浮揚船に劣らない事を証明しなければならない。
「でも賢者の塔って、教団と並ぶ、錬金術師たちの総本山ですよね……?」
だから、教団よりの錬金術師が多数いるかも知れない。レイハは、そう言いたいのろう。
「賢者の塔は、一般の建物とは全く違う。建てられたわけではなく、錬金術の秘技で、地面から生えているんだ。坊の話によれば、浮揚船以上の技が使われているそうで、かつては統連に置ける反教団の旗印だった。だから、教団を良く思わない錬金術師は必ずいるさ」
下層のみだが、ゲンザもクーの供として賢者の塔には何度も入っている。実際、外壁は窓や扉の付近でしか継ぎ目が見られない。
こんな建物、その大きさを問題にせずとも、どうやったら建てる事ができるのか、ゲンザには皆目見当も付かなかった。
そして、そこに住まう錬金術師たちは、その賢者の塔を皆、誇りに思っていた。
彼らは、かつて、賢者の塔が教団の浮揚船から攻撃を受けた事を知っているだろうし、それを凌ぎ、逆に教団を撃退した事も知っているはずだ。
「その話は、若旦那から聞かされてますが……」
レイハも、統連の成り立ちは、クーから聞かされていただろう。
「だから、先代と坊が造った汽械式浮揚船の性能を、統連の錬金術師たちに見せつけてやる必要がある。しくじれば坊が危ない。責任重大だぞ?」
こう言えば、レイハも、やる気を出さざるを得ないはずだ。そこまで判断した上でのゲンザの言葉だった。
レイハは大きく溜め息を吐いた。
「ですね……ゲンザさんも、若旦那みたいなトコロがあるんですね」
「そりゃ、坊とは長い付き合いだ。影響は、お互い受けてるし、似てくるところも出てくるさ」
ソラとは二十年近い付き合いだ。
一時期、汽械術の技でライバル視していた事もあった。
汽械術の技においては、ゲンザはソラに劣らないと言う自負はある。無骨な指ゆえに、そうは思われないが、実際のところ手先の器用さでは、ソラよりも上だ。ただ錬金術に関する知識では、クーには遠く及ばない。
理由はわかっている。ゲンザは十五になるまで読み書きができなかったのだ。
そもそも、当時の自分は図面と数字が読めれば、それだけで十分という考えだった。だが、記録を付けるソラと記憶に頼るゲンザとでは、新しい技術の習得速度には、かなりの差が出た。
そんなゲンザに、ソラが読み書きを教えてくれたのだ。
ソラはゲンザの手先の器用さのみならず、飛行汽械製作における着眼点も高く評価してくれていた。だから、読み書きができるようになるだけで、優れた汽械術師になれると言ってくれたのだ。
自分より二歳年下のソラに物を習うのは抵抗があったが、読み書きが自分の弱点であるという自覚はあった。だから、一時だけのつもりでプライドは捨てた。
そして、読み書きを習う課程で、ソラの影響は大いに受けたのである。
先ほどクーは、ゲンザの事を好きだと言ったが、ゲンザも同様にクーの事が好きなのだ。
だからだろう。ゲンザが、未だソラに仕えているのは。
若干、感情に違いはあるが、レイハも似たような物だろう。
そんな事を考えていると、ゲンザの顔に笑みが浮かんできた。
「ゲンザさん、ソラさんが造った浮揚船で、本当に月にいけるんですよね?」
汽械馬車を操るラセルの弟子が問うてきた。
「今日、飛ばし、そのまま月に旅立つというワケには行かんが、月に行けるだけの性能は十分ある。教団が邪魔さえしなければ、試験飛行を終えて、とうに月へ辿り着けていたはずだ」
問われ、ゲンザは、そう答えた。
満足な試験飛行も行えなかったにも関わらず、場合によっては教団の浮揚船と、やり合う事になる。
だが、やるしかない。
クーがやると決め、状況からも後には引けない。
飛行試験こそ満足に行えなかったが、模型による飛行試験なら上手く行った。そして、その模型を造ったのがゲンザであり、汽械式浮揚船の原型もゲンザの考案だった。
汽関部はソラの手による物だが、浮揚船の外殻はゲンザの手による物であり、大気のある範囲での飛行特性は、ほぼゲンザが決めたような物だ。
無論、自信作である。
それを思い出し、ゲンザは再び笑みを浮かべる。
クーの造り出した蒸気推進器の推力は、よく知っている。それに合わせ、高速での飛行を前提に浮揚船の形を決めたのだ。
教団の浮揚船が相手であっても負けない自信はあった。
「そうか……ラセル先生も、そう言ってたし、やっぱり行けるんだ……。俺たちの手で、月に行ける船が造れるんだ……」
汽馬の手綱を操りながら、ラセルの弟子は嬉しそうに笑う。
「若旦那が言ってた、風が吹いてきたんですね……」
レイハが、ポツリと呟いた。
錬金術師であったヒスイも蒸気推進の昇宙汽械の、その可能性を信じたのだ。他にも、その可能性を信じる錬金術師は居るはずだ。
なにより、ここは多数の錬金術師と汽械術師たちが住まう統連なのだ。錬金術師と汽械術師の繋がりは、王都よりも深い。
だから教団が危険視するのも頷けるのだ。
確かに、風は吹いているのだろう。後は上手く風に乗るだけだ。
……間もなく、馬車は空港に着く。
序盤、汽械翼なんて単語が出てますが作中における飛行汽の事です。完結まで書いたら飛行汽に統一します。
ようするに蒸気機関で飛ぶ飛行機の事なんですが、蒸気タービンなどかなり高度な蒸気エンジンを搭載している物もあります。
ソラの専門分野は蒸気ロケットですが、その派生で蒸気タービンエンジンも扱ってますね。
最初から隠す気は毛頭ありませんでしたが、クーとソラは同一人物です。
この話を書く際、ゲンザの回想でクーとソラ、どちらの名前を使えばいいのか散々悩みました。この辺、また弄るかも知れません。