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第1話 「ズボラでグータラなうちのママ」

 



 第1話「ズボラでグータラなうちのママ」




「ママ、いい加減起きて!また遅刻だよ!」


 太陽はとっくに地平線を離れ、南の国らしい幸せでいっぱいの陽射しを降り注いでいる。

 そんな朝なのに、あたしはイライラして大きな声で叫んでいた。


「……うーん。アプリちゃん、…うふふふ」


 シーツにくるまった白い塊が、意味不明に笑いながらもぞもぞと動いた。


「ほらぁ!寝ぼけてないで、起きて!」 


「えへへぇ…ママまだ眠いのー。あと5分だけ、いいでしょぉ…?」


「ダメだよ!ママ、今日は早番だって言ってたでしょ!早く起きて!」


 今まさに、ベッドでイモムシみたいに丸くなっているこの人が、信じたくないけどあたしのママだ。  

 ロゼッティ家の朝はいつもこう。毎朝あたしが起こして、毎朝ママがグズる。


「……むにゃむにゃ。ママ、今日お腹が痛いからお仕事お休みするー…ふわぁ」


「子供じゃないんだから、ワケわかんない言い訳しないで起きてよ!お仕事でしょ!」


 長くて茶色い、ママのふわふわな髪の毛が枕に広がる。まだ閉じたままの目のまつ毛は何もしなくてもパッチリと上を向いている。雪みたいに白い肌は、14歳のあたしとそう変わらないくらいツヤツヤ。唇だってなーんにも塗らなくてもあざやかなさくら色。小さな顔、すらっとした手足。娘のあたしが見ても、ママはすさまじく「カワイイ」。ちょっと嫉妬するくらいに。


 この前も市場にママと買い物に行った時も、学校の友達に会って「あれ?アプリちゃんってお姉ちゃんいたっけ?」とか、学校の保護者会で、「あの、アプリトーンさんの保護者の方をお願いしたいんですが…。ご姉妹の方は対象外なんですよねえ」とか言われちゃうくらいだ。


 ナンパだってしょっちゅう。娘のあたしよりママの方が先に声かけられるんだから、アタマに来ちゃう。


 あたしだって、見た目は決して悪くないと思う。ママと同じ明るい栗色の髪は、ちゃんと可愛くポニーテールに纏めてるし、ちょっとだけ釣り目だけど、ママと同じ青い瞳だって持ってる。身長も、手足の長さも、ママとそう変わらないはずだ。


 ただ、胸だけはママと違ってゼツボー的に小さい。そこは大きなコンプレックスだった。



 結局、あたしはいつまでもベッドから離れようとしないママを実力で引っ張り出し、ママの髪に櫛をあてる。あいかわらず悔しいくらいサラッサラな髪をまっすぐに整えて、冒険者ギルドの制服をテーブルに出す。


「ママ、着替えはこれね。ちゃんと顔洗ってよね!」


「優しいわねぇ、アプリちゃん。ママ、そんな優しいアプリちゃん大好きよ」ニコニコと輝くような笑顔でママは言った。それだけで、周りの空気がゆるーっとした。


「いいから、さっさと朝ごはん食べてよ。あたしもう学校行くから!」あたしはそのゆるーい空気をあえて振り払うかのように、ちょっと強めに言ってやった。




 あたし、アプリトーン・ロゼッティ。もうすぐ15歳になる、14歳。あたしとママが住んでいるこの街は、大陸の南の方にある港町、コルニリア。そう大きい街でもないけど、小さくもない。港はまあまあ大きくて、いろんな魚や、あたしの大好きなエビやタコが獲れる、風光明媚ないいところだ。気候も穏やかで、あたしはこの街が大好きだった。


 そんなここコルニリアの冒険者ギルド、そこがうちのママの仕事場だった。



 ママの名前は、エストリオール・ロゼッティ。年齢はわかんないけど、あたしを産んだ時に20歳くらいだったって言ってた気がする。だから、34歳くらいのハズなんだけど、ママは全然そんな風には見えない。どうみてもハタチそこそこだった。


 ママは冒険者ギルドで受付嬢をやっている。年齢的には「嬢」ではないかもしれないけど、童顔っていうの?ママの見た目は、どこからどう見ても、「嬢」だった。実際、ママはギルドで評判は良かった。完っ全に見た目で得してる。



 今日は半日で学校が終わった。もうすぐ卒業なので、授業は短い。あたしはママが心配になって、学校から役所までの坂道を降りると突き当りにある、冒険者ギルドへ向かった。



 心配は的中した。


「あれぇ?依頼完了報告の書類、どこに置いたかしらぁ?」


 ママがカウンターでブツブツ言っていた。


「エストさん、僕のギルド証はまだですか?」


「あらあら、ちょっと待ってねえ」


「もう2時間も待ってるんですが…」


「きっと、もうじきできますよぉ」ママはニコニコと笑顔で答えた。


 明らかに焦ってる冒険者の皆さんが、ママのカウンターの前で長い列を作っていた。


 なんなの?このギルド!なんでいっつも担当がママしかいないの?


「ああああ!もう!すみません!完了報告の書類ですね!はいコレ!どうぞ!」


 あたしは慌ててカウンターに飛び込み、片っ端から行列を捌いた。


「ギルド証!Dランクですね!はいこれ!お名前確認してください!お次の方、任務達成ですね!おめでとうございます!えーっと、オークの退治は…銀貨20枚ですね!はい、これが書類です!向かって左の賞金カウンターで換金してください!お疲れさまでした!次もよろしくお願いします!では、次の方!」


 あたしは一気に数人の冒険者さんの手続きを完了した。


「お疲れさまでした!またコルニリアの冒険者ギルドをご利用くださいね!」


 あたしは元気いっぱいに頭を下げて、冒険者さんたちを見送る。いつもの光景だ。


 物心ついたときからずっとここでママの手伝いをしていた。だから、冒険者ギルドの受け付けの仕事はほぼ全部できる。学校で習う教科書より、ギルドのマニュアルの方が頭に入ってるって言っても過言じゃない。


 しかも無給だ。ここ最近はギルド長がアルバイト賃をつけてくれるようになったからいいけど。


 その間、ママはのんびりと常連の古参冒険者さんとおしゃべりをしている。

 ゆるーくてふんわーりとした、春の陽射しのようなあったかい空気が漂っていた。

 あたしは一瞬だけ毒づいた。


 だ、誰のせいでこんなに苦労してると思ってるのよ…!?


 すると、野太い声が聞こえた。


「アプリちゃん、いつもありがとうな」


 熊みたいな見た目のイカツい常連の冒険者さんが、あたしににっこりと微笑む。


「いえ、いつもうちのママがご迷惑をかけてるみたいで」


「いいんだよ。エストさんはいるだけでみんな和らぐからな」


 コルニリアの冒険者ギルドの利用者は、どんな強面でもうちのママには甘かった。普通なら、とっくに怒鳴られてクビになってると思う。


 しばらくすると、あたしがいることに気が付いたママと目が合った。


「あらあ、アプリちゃん。ママに会いに来てくれたの?ママ、とっても嬉しいわぁ」


「違ーう!ママがどーせ行列作ってると思って手伝いに来たのっ!」


 ママはうふふと笑って、目の前の書類をゴミ箱に捨て始めた。


「じゃあ可愛いアプリちゃんにママがお仕事がんばってるところ、見せちゃおうかなぁ」


「ちょちょ!それはギルド長あての大事な書類!ゴミ箱に捨てちゃダメーー!!」


 これだ。危なっかしすぎる。あたしは軽い頭痛を感じながら、ママから大事な書類を取り上げ、ママの仕事をひたすら手伝った。手伝ったっていうか、あたしがほぼ片づけたようなものだった。毎回こうだった。ママがドジして、あたしがカバーする。


 もう慣れすぎて、冒険者ギルドの手続きや申請ならあたしひとりで概ね処理できるようになってしまった。嬉しいのやら嬉しくないのやら。


 そんな必死に作業をするあたしにむかって、ママは優しく言った。


「焦ってもいいことないのよ、アプリちゃん。のんびり行きましょうねぇ」


「のんびりしてるのはママだけだよ!みんな待ってるよ!」


 言ってから気づき、あたしはギルドを見渡した。…ん?……あれ?あんまり待ってないな?人が多いわりに、みんなあんまり焦ってる感じがしなかった。さっき対応したのは、『コルニリアの冒険者ギルドに属していない冒険者さん』。そんな彼らだけが受付を待っていたのだった。いつも見かける常連のみなさんは、テーブルに座ってのんびり楽しそうに話したり笑ったりしていた。


「俺たちはエストさんに会いたくて来てるんだから、別に慌てなくていいんだぜ、アプリちゃん」顔が傷だらけのでっかい斧を抱えたごっつい冒険者のおじさんが笑って言う。


「そうそう。エストさんと話すと、なんかふにゃーっとするんだよなあ。任務のつらさとか、戦いの傷とか一瞬で忘れて幸せな気分になるぜ」こっちは全身に入れ墨が入ったツルツル頭の冒険者さんが、鋭いハズの目をトロトロにしながら言った。


 こ、こいつら……、ママに甘すぎる!


 あたしは頭を抱えた。



「あらあら、アプリちゃん。そんなにカリカリすると、可愛いお顔が台無しよぉ。せっかくママに似て可愛く産んだんだもの。はい、スマイル」


 ママはそんなあたしのほっぺをむぎゅーっと引っ張った。


「あにふんのよ!おひごとひゅうでしょ!」


「あーん、アプリちゃん可愛いわぁ」


「あの、エストさん。俺もギルド証、再発行お願いしてるんですけど」


 いつの間にかカウンターに来ていた肌の黒い剣士さんがママに言った。


「あらー、バルドさん。ギルド証ね、えーと。あ、あったあったぁ。はいどうぞぉ」


 ママが渡したカードは、西通りのお肉屋さんのスタンプカードだった。


 あたしはまた、頭を抱えた。


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