第1話 魔法学院で2番目に人気の美少女と友達になる
教室が本当に静まり返っているとき、ふと考えることがある。
いったい、どこからが「友達」と呼べるのだろうか、と。
ただ同じクラスにいて、よく顔を合わせて話しているだけで友達なのだろうか。あるいは、一緒に食堂へ行ったり、一緒に昼食を食べたりしているからだろうか。
いや、たぶんそうではない。
それはただのクラスメイト、あるいはせいぜい「顔見知り」に過ぎない。
もっとも、まだ学生である俺の勝手な想像に過ぎないのだが。
けれど、その関係は会社で働く同僚同士が、たまに雑談をしたり、一緒に昼食を取ったりするのと、それほど変わらないように思う。
俺たちはそういう相手を「知り合い」と呼ぶことはあっても、「親友」や「親しい友達」とまでは呼ばないだろう。
俺は、友達と呼べるかどうかで一番大切なのは、その関係が学校や職場の外でも続いているかどうかだと思う。
例えば、放課後に特に目的もなく一緒に出かけたりすること。
あるいは、休日に会う約束をしたりすること。
そういったことを積み重ねて初めて、人はただの「知り合い」から「友達」へと変わるのだと思う。
そして、もしそうした基準を物差しにするのなら――
この俺、天城陽翔には、「友達」と呼べる相手がほとんどいない。
まあ、見ての通りだ。
朝からずっとこんなことばかり考えている時点で、きっとみんなも簡単に察しているだろう。
俺が突然異世界へやって来て、このアルカディア魔法学院で新しい生活を始めてから今に至るまで、学院の授業が終われば真っ直ぐ家に帰る。
休日も、用事がなければ家で寝転がって過ごしている。まあ、たまに魔法の勉強をすることもあるが。
ここまで説明すれば、もう言うまでもないだろう。
俺の隣には――
誰一人としていないのだから。
そういえば、みんなも気になっているはずだ。
なぜ俺がこの異世界にいるのか、と。
正直なところ、俺自身にもその理由は分からない。
確かなのは、あの日、俺は高校生としての日々を過ごして疲れ切ったある日の夕方、自分の部屋でほんの少し目を閉じただけだったということだ。
しかし、再び目を開けたときには、俺は突然まったく別の部屋にいた。
俺はこの異世界について、何一つ知らなかった。
「よう! おはよう、天城くん」
「ああ、おはよう、アルブライトくん」
少なくとも、魔法学院のアルカナクラスには、こうして毎日俺に声をかけてくれるクラスメイトがいる。
彼の名前はアルブライトくん。
俺の隣の席に座っているクラスメイトだ。
俺たちは毎日のように話の合う話題があるので、比較的よく会話をしている。
それに、魔法学院の試験が始まるとき、パーティーに誘ってくれた唯一の相手でもある。
とはいえ、彼には彼で、このアルカディア魔法学院に入学する前から付き合いのある友人グループがある。
そのため、休み時間になると、たいていはそのグループの仲間たちと過ごしている。
昔、一度か二度ほど、そのグループに誘われたこともあった。
だが、見ての通り、俺はあまり社交的な人間ではない。
だから、俺がいてもその場の空気を気まずくしてしまうだけだと思い、それ以来、休み時間は一人で食堂へ行くことが多くなった。
俺たちは同じアルカナクラスになってからかなり長い時間が経っている。
それなのに、今でもお互いを苗字で呼び合い、「~くん」を付けている。
それだけでも、俺たちの関係がどの程度のものなのかは十分伝わるだろう。
「はぁぁ……だるいなぁ。明日の休み、まだ来ないのかな。天城くんもそう思うだろ?」
「そんなため息をついてるけど、休みだったのはつい昨日じゃないか。でも、まあ気持ちは分かるよ」
それでも――
休日だろうと平日だろうと、俺の生活はほとんど変わらない。
教室に入り、学院の教師から授業を受け、終わったら真っ直ぐ家へ帰る。
その後は家で風呂に入り、食事を済ませ、寝る時間になるまでだらだらと過ごす。
元の世界で毎日のように読んでいた漫画が少し恋しくなることもある。
だが、この異世界にはそんなものは存在しない。
俺にとって休日とは、ただ魔法学院へ行かなくてもいい日というだけの意味しかなかった。
もともと、学院の休み前の夕方のような雰囲気を心待ちにするタイプでもない。
……少なくとも、以前の俺はそう思っていた。
「みんな、おはようございます~! 昨日のお休みで疲れちゃったかもしれませんけど、今週も一緒に頑張っていきましょうね~!」
どこか気だるそうな表情を浮かべていたアルカナクラスの生徒たちの中で、ひときわ明るい声が教室中に響き渡った。
「お、おはよう、ヴァレンハートさん」
「おはよう、ヴァレンハート」
「おはよ~、ヴァレンちゃん」
彼女が教室へ入ってきた瞬間、それまで静まり返っていたアルカナクラスの空気は一気に明るくなる。
「みなさんもおはようございます~! えへへ~♪」
太陽のような笑顔を浮かべ、教室のどんよりとした空気を一瞬で吹き飛ばしてしまうその少女の名前は、リラ・ヴァレンハート。
話によれば、彼女の祖母は大陸西部にあるエリシア王国の出身らしく、そのため彼女は混血の血筋を引いているのだという。
その血の影響なのだろうか。
顔立ちそのものは一般的なエルドリア王国の人々と変わらないのだが、彼女はプラチナブロンドの髪とアメジスト色の瞳を持っている。
まるで以前の世界で読んでいたアニメや漫画の主人公が、そのままこの世界へ飛び出してきたかのようだった。
「ほんと、まったく変わらないよな。アルカナクラスのナンバーワンは」
「……あれがあの人の素なんだろうな」
このアルカナクラスで唯一の友人であるアルブライトくんが言った通り、男子生徒たちの間でヴァレンハートさんはこう呼ばれている。
――『アルカナクラスで一番人気で、一番可愛い女の子』。
いや、むしろ魔法学院全体で見ても、一、二を争うほどの美少女だと言っても決して大げさではない。
その容姿。
その性格。
それどころか、彼女に関するほとんどすべてが完璧に見える。
だからこそ、いつだって彼女の周りにはたくさんの人が集まっているのだろう。
「リラ、元気なのは結構だけど、その声、他のアルカナクラスまで聞こえてるわよ。もう少しだけ音量を下げなさい。そんなに大きいと他の人たちの迷惑になるでしょう? それに、あなたは名門貴族の令嬢なんだから」
「おはようございます、エララ! 今日もとっても気持ちのいい朝ですね!」
「はいはい、おはよう。でも、その台詞を言うの、今日でもう三回目よ?」
そう言って呆れたようにため息をついたのは、リラの隣に立っていた少女だった。
「えぇ~? いいじゃないですか。私たち、もうずっと昔から親友なんですから」
「親友でも朝の挨拶は一回で十分よ。それに、それは理由になってないから」
「むぅ~、エララは冷たいなぁ~」
いつもヴァレンハートさんの周りにはたくさんの女の子たちがいる。
その中でも、なぜか俺の目を引く少女が一人いた。
落ち着いた雰囲気をまとい、どこか冷静で淡々としている少女。
先ほどからヴァレンハートさんと親しげに話している彼女の名前は――
エララ・ナイトヴェール。
あるいは、こう呼ばれることもある。
――『アルカナクラスで二番目に人気があり、二番目に可愛い女の子』。
「それでは、これから魔法学の授業を始めます。全員、早く自分の席に戻るように。特にヴァレンハートさん。あなたの席はそこではありませんよね?」
ちょうどそのとき始業の鐘が鳴り、各アルカナクラスの担任教師が教室へ入ってきた。
それを合図に、生徒たちはそれぞれの席へと戻り始める。
「うわぁぁん、エララ~」
「はいはい。また後で付き合ってあげるから。今は少しだけ我慢しなさい、リラちゃん」
「私はあなたのペットか何かですか!?」
ナイトヴェールさんが親友であるヴァレンハートさんの振る舞いに呆れたように返すと、周囲にいたクラスメイトたちが一斉に笑い出した。
こういう光景は、俺たちのアルカナクラスではほとんど毎朝のように見られるものだった。
「では、出席を取ります。……一番、ナイトヴェールさん」
「はい」
「二番、ヴァレンハートさん」
「はいっ! 今日もとっても元気です、先生!」
ヴァレンハートさんが元気いっぱいに手を挙げる。
すると、アルカナクラスのほとんど全員の視線が、このクラスのマスコット的存在とも言える彼女へと集まった。
だが、そのときだけは――
別の方向へ視線を向けていた者が二人いた。
(おはよう。)
(……うん。)
ほんの一瞬だけ交わされた、誰にも気づかれない小さな挨拶だった。
アルカナクラスのほぼ全員がヴァレンハートさんに注目している中、ナイトヴェールさんだけはこっそりと俺の方へ視線を向けていた。
彼女の席は俺からかなり離れている。
それでも、誰にも気づかれないように小さく手を振ってくる。
「ん? 今、ナイトヴェールさんがこっちを見てなかったか?」
「……気のせいじゃないか?」
俺はそう言ってアルブライトくんをごまかした。
すると、ナイトヴェールさんは自分の席から何かを伝えてきた。
だが、距離が離れているせいで声は聞こえない。
俺にできるのは、その唇の動きから言葉を推測することだけだった。
(ねえ、天城くん。明日の放課後、魔法学院のアルカナクラスが終わったら、あなたの家に遊びに行ってもいい?)
もし、さっきまで俺が考えていた基準で、人がただのクラスメイトなのか、それとも本当の友達になれるのかを判断するのだとしたら――
答えはもう決まっている。
エララ・ナイトヴェール。
『アルカナクラスで二番目に人気があり、二番目に可愛い女の子』として知られている少女。
そして――
これから先、俺にとって初めての友達になる人だった。




