閑話休題16〜読んではならなかった
パタンッ
顔を真っ赤にしたミアは、本を勢いよく閉じた。
「ナニコレ……」
無事かどうかは分からないけれど、ミアの婚約が口約束から正式なものになったのが先月。
その後すぐに予定されていたミアの誕生パーティで、その婚約をスフィル辺境伯は公表しなかった。
悔しくてできなかったのだろう。
カイもしなくて良いと援護し、父子がいつになく結束していたとか。
その上、スフィル辺境伯とカイは、結婚式までスフィルからミアを出さないことを譲らなかった。
という経緯があり、ミアには専属侍女が2人に増えた。
1人は幼い頃からの専属侍女のハルノ、もう1人はアルカル国の王族侍女から専属になってくれたアスカだ。
アスカはアルカル国の作法や皇太子妃教育を教えるためにやって来た。
年が近いハルノと、穏やかに日々の業務をやってくれている。
最近アスカがそれはそれは楽しそうに読んでいる本があることを、ハルノとアスカが話しているのを聞いて知ったミア。
アスカが強引に渡したらしくハルノも読んでいて、面白かったのか2人で感想を言い合っているのを見て、2人が仲良くなってくれて嬉しいミアだけれど。
うらやましくて少し寂しいのだ。
でも、なぜかミアの見えない所で読んでいて、ミアが思いきって聞いても全く教えてくれないし、本の存在すら肯定してくれない。
ミアは仲間はずれの気分で悲しくて、どんなものなのか探っていた。
アスカがコソコソ読んでいるのを先日発見して、ブックカバーを何冊か見て覚えたミア。
お忍びで出掛けた時に、護衛たちに分からないように数冊の本に2冊ほど紛れ込ませて、何とかゲットした。
それを、ミアは読んでみたのだけれど……
ミアは顔が真っ赤だ。
「こんな、本がっ」
アスカの読んでいた本はどれもベストセラーの棚に置いてあった本だ。
「ベストセラーになっちゃダメでしょ」
アーティやチョークに見付かったら何となく一大事な内容だった。
だから本を隠しに行くことにしたので、ミアは見えないように抱きしめてコソコソ歩いている。
ミアが本をいつも隠すのは、スフィル辺境伯家の図書室の奥の奥だ。
お気に入りの絵本から、間違えて買ってしまって脳内で叫びながら挑戦してみたけど最後まで読みきれなかった男性同士のヘビーな恋愛物、大魔法使いのサイン入りのレアな書籍まで様々だ。
そして今持っている2冊が、これから仲間入りする。
「また増えてしまうわ。誰にも見られないようにしないと……」
ブツブツとつぶやきながら、ミアは最後の角を曲った。
「え、幻覚かしら」
本のせい? アルカル国にいるはずのジュゼが見えるわ。
「ははっ、本物だよ。今日は鉱物の取引にね。移転魔法を使って。便利だよね、あれ」
ミアの目的地の隣りの扉を指でさしながら、今日も奇麗な顔をしているジュゼは説明している。
移転魔法の魔法陣は、図書室の隣りの部屋にあるのだ。
「そっ、そうなのね?!」
いつになく挙動不審なミアを、ジュゼは首を傾げながら見ていると、ミアが抱きしめている本に気付いた。
「あ、ミア、その本を読んだんだ?」
ミアは2冊の本を背面に隠して「い、今から読もうかと」と言ってみたけれど、嘘だとバレバレだ。
視線をジュゼから飾りの壺にそらしてみたけれど、それももう遅かった。
ジュゼはふっと笑って、奇麗な顔で嬉しそうにしてミアを見た。
「僕と駆け落ちするのと、皇太子妃になっても僕と関係を持ち続けるの、どっちが良い?」
2冊の本の内容だ。
恥ずかしくて消えてしまいたいとこんなに思ったのは初めてだと、ミアは自信を持って言える。
「そっそ、そんなの知らないわ。まっ、まだ読んで、ない、もの」
「へえ?」
ジュゼが楽しそうにのぞいてくるので、ミアは恥ずかしくなって真っ赤になってしまった。
読んでないのが嘘だって絶対バレてるわ。
「皆で隠してたらしいけど、隠せばやっぱり暴きたくなるよね。皆ミアの行動力を分かってないんだ」
ジュゼはミアの頬に大切そうに手で触れた。
「ミア、僕のこと忘れられないね。本に感謝するよ」
「ほっ、本は、フィクションでしょ」
ミアが何とか返事をしたけれど、そろそろ限界で図書室に駆け込みたい。
鍵を開ける必要があるから、現実は駆け込めないので、ミアはどうしようもない。
穴を掘ってでも隠れたい。
「でも、僕のこと良く分かってる部分もあるんだよ」
ジュゼはミアの持っている本を優しく開いて、一節を指でなぞった。
ミアが目を大きくしてジュゼを見たので、ジュゼは満足そうに奇麗な顔で笑った。
ミアが動けなくなっていると、アーティとチョークが移転魔法の部屋から走って現れた。
「あーー!! よりによって、その2冊か」
あぁ、見付かっちゃったわ……え、あれ?
その言い方だと、他にも何冊かあるみたいな。
「僕が2番目に読んで欲しくないやつ持ってる」
チョークがうなだれて手で顔を覆っている。
1番読んで欲しくないものは、官能小説寄りの小説なので、チョークは何が何でも手に取らせないと目を光らせていたのだ。
スフィル領は勿論エスカー国に渡らせないように、チョークは権力というやつを最大限に使っている。
やっぱり何冊もあるのね。
皇太子妃になった聖女ミアと第三皇子ジュゼの悲恋から禁断の恋愛へという内容の小説で、ベストセラーの棚に置いてあったのは4冊。
そのうちの2冊を、今まさにミアが抱えている。
他にも数冊あり、人気のものはシリーズ化しているので軽く10冊は超えている。
知らないのはミアだけかもしれない。
「よ、読んでないわ」
極小の音量でミアは嘘をついてみたけれど、誰の耳にも届いていない。
ジュゼは「ミア、またね」と奇麗な顔で言い、平然と隙をついてミアに優しくキスをして歩き始めた。
アーティが放った闇魔法を片手間に完璧に聖魔法で相殺して、ジュゼは角を曲がって去っていった。
毎回あの美人は、何て言動をして行くの。
アーティとチョークが本を没収して「もう読んだらダメだ」とか何とか説教っぽいことをしたり、ミアにキスしたりしているけれど、ミアの心ここに在らず。
自分が自分ではないみたいだ。
皆が隠してくれていたのは、きっとこんな騒動にならないためだったのね。
"「結婚できなくて良い。でも、こんな風に、いつかきっと君と共に在りたいと思っていたんだ。諦めなくて良かった」"
これが、ベストセラーだなんて。
とりあえず言えることは、この手の本がベストセラーになる今のアルカル国とスフィル辺境伯領を含むエスカー国は、ただただ平和だということだ。




