第3部.次世代へ 3-39.酸素濃度
淳一は定年退職まであと6ヶ月となり、未完了なのは、自分自身に課した調査を完了させ次世代を担う研究者たちにしっかりと伝えることと、これまで保有してきた種々の情報の公私を明確にし、退職する直前に会社に帰属する情報の一切を返却することであった。現役の研究者であった頃は、終業時間が来てもそれから更に一仕事してからでないと帰宅する気持ちにはならなかったが、退職直前になってからは終業と同時に会社から離れ、自宅で自分の気持ちの赴くままに自由な時間を使っていた。
前年の11月に岩茸石仙人と会って話した内容が強く頭に残っていた淳一は、つくばに戻ってからインターネットであれやこれやと調べてみた。
5月下旬、K老人病院を訪れた淳一はいつものように母の昼食の介助を行なった後、『食堂大丹波川』に向かった。
淳一の期待通り、仙人は店の中のいつもの場所でいつものような雰囲気を漂わせて赤ワインを味わっていた。
「今日の聖滝さんは随分と意欲的な感じがしますね。お母さんの病状が快方に向かうことは残念ながらなさそうですから、私に新しい情報でも教えに来てくれたのでしょうかね?」
「昨年お会いした後、私なりに時間を掛けていろいろと調べてみたものですから、それについて仙人にご報告して更なるコメントをいただこうと思いまして、やって来ました」
「ほう、それは楽しみですね。それで、今日は何について話していただけるのですか?」
「いろいろ調べてみて、先ず私が興味を惹かれたのは『酸素濃度』でした」
「それはいいですね。酸素濃度は地球温暖化とも関係がありますし、生命にとって重要なファクターでもありますからね」
「そうですよね。ちょっと調べてみて驚いたのは、現在の地球の大気中にはおよそ20パーセントの酸素が含まれていますが、大昔の地球の大気は炭酸ガスの方がずっと多かったということでした。そればかりではなく、太陽系惑星の中で、取り巻く大気に酸素が地球のように沢山存在している惑星は他にはないということです」
「もう少し詳しく説明していただきましょうか」
「あはは、仙人に説明するなんていう立場ではないような気がしますが、やってみます。原始地球誕生直後の大気は非常に高温だったため地表では液体の水は存在できず、地球は途轍もなく高圧の水蒸気で覆われていたそうです。しばらくすると地表が冷えてきて、水は雨となって地表に届き、原始海洋が誕生したと考えられています。そうなると、水蒸気成分が大気から抜けてしまい、原始大気の主成分は二酸化炭素と一酸化炭素になったんだそうです。二酸化炭素は海水の中に大量に溶け込むので、二酸化炭素による温室効果が低くなり、地球は急速に冷えてしまったと考えられているのだそうです」
「それでも二酸化炭素の分圧は10気圧程度残っていたそうですよ。しかし時代と共に次第に減少していき、現在では0.0003気圧にまで落ち込んでいますね。何故二酸化炭素は次第に減っていったと考えられているかも調べましたか?」
「はい、勿論です」
淳一はこれでも現役の研究者の端くれであったので、物事を調べることは得意であった。
「二酸化炭素減少のプロセスは2段階あると考えられているようです。先ず、岩石から溶け出したカルシウムが二酸化炭素と反応して炭酸カルシウムとして沈殿したことです。次に、27億年前頃からシアノバクテリアなどによる光合成が始まり、それに使われて二酸化炭素は徐々に減少したんだそうです」
仙人は頷くことで淳一の説明を肯定し、さらに説明を続けることを促す仕草をした。
「それから、現在でも大気の主成分の1つである窒素は、原始地球の時から現在まで大きな変化はなかったようです。10億年前くらいになって藻類が浅い海に進出するようになると、酸素は急速に増加しました。酸素の濃度が大気の上層で増えると、太陽からの紫外線を吸収するオゾン層が形成され、生物は初めて陸上で生活することができるようになったのだそうです。酸素濃度を上げることは非常に重要なことなのですね。やはり私たちは化石燃料を大量消費して二酸化炭素を排出することをできる限り抑制していかなければならないのだと、改めて思いました」
「それでは、聖滝さんに質問します。酸素濃度は上げれば上げるほど良いのでしょうか?」
「うーん、それについては十分な調査ができていなかったなあ……。何か支障を来すことでもあるのでしょうか?」
「酸素とは本来生命にとっては好ましいものだったのでしょうかね?」
「私たちは酸素が足りなくなると窒息して死んでしまいますから、非常に好ましい存在だと思いますが、違うのでしょうか?」
「その事についてお話しする前に、もう一つ質問をします。『生命』とは何でしょうか? 私がお訊きしたいのは、『生命』ってどう定義するのか、ということです。3つ挙げてください」
「うーん、改めて訊かれると、戸惑いますね……。先ず、生命は周囲から仕切られた空間を持っていますね。それから、体外から物を取り入れたり、不必要になった物を排出したりします。それから……と、ああそうだ、自分自身あるいは雄と雌とが協力して次世代を作って託しますね」
「そうですね。1つ目は、独立した空間を保有すること。2つ目は、代謝を行なうこと。3つめは、自己複製、あるいは繁殖すること、だと言われていますから、聖滝さんの挙げた3つは正しいですね。さらに世代交代を繰り返すことによって進化すること、という要素を加える人もいるのだそうです。さて、このような生命の始まりとも言える『原始生命』はいつ頃誕生したのでしょうか?」
「あっ、それも調べました。今生きている生物の祖先にあたる原始生命が出現したのは約40億年前頃で、35億年前頃までには、原始生命よりはずっと進化した原核生物が現われたと考えられているようです。それで、そのような生物が生息していたのは、海の真ん中の深い場所にある中央海嶺の熱水が噴き出していたような所に限られていたそうです」
「そうですね。その頃は、海の浅い所で酸素発生型の光合成をする生物はまだ出現していなかったようです。このような初期生命は自分の活動に必要な栄養分を無機物から化学反応によって作り出していたと推測されています。つまり『独立栄養生物』であったと考えられているそうです。27億年前頃になるとシアノバクテリアが登場してきますね。どのような変化が起こったのでしょうか?」
「シアノバクテリアは、太陽エネルギーと水や硫化水素のような無機還元物質とを利用して二酸化炭素から炭水化物を作り出し、その時の副産物として酸素が放出されました。シアノバクテリアの活動が盛んになるにつれて海水中では遊離酸素が沢山放出されます。その頃の海水は還元的であったと推定されることから、海水中には還元鉄が沢山溶けていたようで、この還元鉄と遊離酸素とが反応して、磁鉄鉱や赤鉄鉱のような酸化鉄を作り出し、海の底に沈殿させたそうです。こうして縞状鉄鋼層が形成されたとのことです」
「そうですね。この縞状鉄鋼層の沈着はおよそ25億年前から始まり、海水中に飽和していた鉄がほとんど除去されるまで5億年間も続いた後、沈静化したと推定されています。酸化鉄はできなくなりましたが、シアノバクテリアは光合成を継続させ、酸素を放出し続けたようです。地球はどうなったのでしょうか?」
「約5億年前までは生物は陸上に進出できなかったので、陸地の表面はほとんどはげ山だったと推定されているそうです。その理由は紫外線が強かったためと考えられています。さっき言ったように、増え続けた酸素は大気の上の方まで行き渡り、オゾン層が形成されるのに十分な酸素濃度が達成され、地表に届く紫外線の影響が弱くなったため、生物の陸上進出が可能になったということです。最初はゼニゴケに類似した苔類や節足動物が上陸したようで、化石が見つかっているそうです。脊椎動物の仲間では、原始的な魚類の一部が海から河川を伝って陸域内部へと進出していったようです」
「およそ4億年前、シダ植物が陸地に繁り、その後数千年で30メートル級の巨木まで現われたそうです。さて、ここで先ほどの質問に戻りましょう。このように陸上にまで進出した生物にとって、本当に酸素濃度は上がれば上がる程都合の良いものだったのでしょうか。生命が誕生した場所は、酸化的な所ではなく、還元的な所であったと考えられていますよね。つまり、生物は嫌気的な状態の方が都合が良かった、言い換えると、酸素は好きではなかったということです。シアノバクテリアの祖先も嫌気性生物であったはずです。自らが作り出した酸素は、過酸化物を生じやすく、それは生物にとっては毒として作用するので、酸素毒性に対する防衛も行なうことが必要であったと考えられています。まあ、勿論生物は酸素による恩恵も大きく受けることになったのです。酸素呼吸は嫌気的呼吸よりも非常に良い効率でエネルギーを得ることができたのです。それによって、生物の大型化をはじめ、いろいろなメリットが生まれたのです」
「そういう話になると、酸素を用いる新たなエネルギー獲得法を身に着けた生物にとっては、酸素濃度は高くなった方が都合良いと考えられますよね」
「残念ながらそういう訳にはいかないようです。大気中の酸素濃度が23パーセントくらいを超えると、植物は自然発火を起こすと考えられているそうです。これが事実だとすれば、山火事が起こってしまうのです。そして、現在の地球上の大気中の酸素濃度は、この数字に近くなってきているのです」
「確かに世界各地で大きな山火事が起こっていますね。ただ、その原因は温暖化により気象が安定しなくなり、旱魃や豪雨などで地域による偏りが激しくなったからだと考えられているように思っていましたけれど……」
「確かに温暖化による気象の乱れも1つの原因だろうとは思いますが、今説明したように、現在の大気中の酸素濃度は自然発火を生じ得る濃度に近づいていることも間違いないのです」
「そうなんですか……。そうなると、温暖化防止のために二酸化炭素を排出しないようにしている努力は大気中の酸素濃度を高める方向に働き、山火事を起こしてしまうかもしれないということですね」
「そういうことになります。ただし、温暖化もコントロールしなければならないことも事実ですから、酸素濃度を上げ過ぎないようにしながら行わなくてはならないのでしょうね。本当はその方法についても地球規模で考えていかなければならない時期に来ているのかもしれません」
「しかし、専門家は別として、ほとんどの普通に暮らしている人間はそんな考え方が存在していることさえ気が付いていないのが現実なのかもしれないですね……」
二人はそれ以上会話を続けることができなかった。
2007年6月、真理と裕子がK老人病院に面会に行くと、チヨの病室がナースステーション側の部屋に移動していた。看護師の目の届きやすい所に移動させられたということの意味を考えると、チヨの病状が著しく悪化したのではないかと思われ、心配しながら看護師長に説明を求めた。看護師長は笑顔で施設サービス計画を示しながら丁寧に説明してくれた。
チヨに関する大きな注意点は3つあった。1つ目は、骨密度が低い為、オムツ交換や体位交換の時や車椅子への移動の時に強く持つと骨折する怖れがあるので、ゆっくり丁寧に行なうように気を付けていること。2つ目は、歯槽膿漏で口臭が強いので、歯磨き粉は使えないがブラッシング等を念入りに行なうことで清潔を保っていること。3つ目が、眠りから覚めてすぐに食べさせると誤嚥しやすいので、声掛け等で十分覚醒させてから食事介助していることであった。これらのことをしっかりと行なうためにナースステーションに近い部屋に移動したとの説明であった。二人はそれを聞いて少し安心し、施設サービス計画の同意欄に真理が署名捺印した。
2007年8月27日付で家庭裁判所から2回目の後見事務の報告を行なうようにとの指示が来た。提出期限は10月5日となっていたので、淳一は必要な資料を真理や裕子と協力してまとめた。
成年被後見人および後見人の健康状態や生活上に関することについては、被後見人であるチヨは変わりがないが、後見人の淳一は9月末日に定年退職する予定であることを記載した。裁判所から指定された項目のうち、遺産分割に関してはまだ全く進展していなかったので『分割未了である』にチェックを入れ、その理由を文書にして添付した。
これらに加え、チヨの財産目録および収支状況報告書、銀行の通帳のコピー等を添付して9月24日付で家事審判官宛に郵送した。




