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アルツ、仙人、そして  作者: 夏瀬音 流
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第3部.次世代へ 3-37.チヨとの面会

 健次の亡き後、地元に住んでいた裕子は勿論のこと、真理も甲府からあまり間隔を空けることなくチヨのところに見舞いに行った。淳一と由美子も隔週くらいの頻度で病院まで通った。チヨとの面会のほとんどの時間は昼食の介助に充てられたが、日によってばらつきはあるものの、基本的にはチヨが人間としてできることが少しずつ限られていくように子供たちには思われた。


 この年の9月下旬、淳一はつくばの最寄り駅から朝9時少し前のTXに乗り込み、45分後には秋葉原駅に到着した。TXの車両は秋葉原駅の最深部に到着する。エスカレーターを2回乗り継いで改札口まで上がり、そこを出てまたエスカレーターに3回乗ってようやく地上に辿り着く。JRの切符売り場でK老人病院の最寄り駅までの切符を買って改札を通り、また2回エスカレーターを乗り継いでやっと総武線のホームに出た。最後尾の車両に乗って次の御茶ノ水駅まで行ったが、東京郊外線の特別快速電車が来るまで10分程度時間があった。目的地の手前までしか行かない電車を何本かやり過ごしていると、朝10時にニコライ堂の鐘の音が響き渡り始めた。こんな都会でいきなり厳かな音が聞こえてきて、淳一は心が洗われるような気持になった。


 K老人病院の最寄り駅から送迎バスに乗り、病院には11時半頃着いた。いつものように担当の看護師にお願いすると、チヨの身繕いをしてから車椅子に乗せてくれた。全てが淡い色調の青、緑、ピンク、紫の入ったカラフルなショールを肩からかけられ、金色の派手な留め金をしてもらっていた。

 屋上にある談話室にチヨの車椅子を押して入ったが、その日は珍しく他に誰の姿もなかった。いつもように右手の一番奥のテーブルを使うことにして車椅子をロックした。チヨはずっと眠ったような状態のままであったが、しばらくすると口を開けて何かを食べるような仕草を始めた。他人とのコミュニケーションのほとんどが食事を摂ることと排泄することである状況になっていることを考えると、淳一は本当に寂しく感じられた。

 以前より昼食開始時間が30分遅くなったためか、チヨは待ちくたびれて小さな鼾をかき始めた。チヨを談話室に残したまま、淳一は2階の病棟に行き、チヨの昼食が載ったお盆を受け取って談話室に戻った。声を掛けると何とか目を覚ましてくれた。食べ物をスプーンに乗せて口に入れてあげると、パクリと含み何度か噛んだだけでゴクリと飲み込んだ。この日は余程空腹だったのか、出された食事はそう時間を掛けずに完食してくれた。


 K老人病院に備え付けられている家具や調度品は一流品ばかりのように見えた。この談話室の奥に置かれているサイドボードも重厚な感じがしたし、正面玄関近くの廊下には中東の香りのする画風が特徴の女性画家の絵が何枚も架けられていた。細長いホールには、壁の大きさに合わせて制作されたこの画家の壁画が飾られていて、とてもエキゾチックで華やかな雰囲気を醸し出していた。淳一は患者や家族の心を少しでも明るくしたいという病院側の願いからであろうと捉えることにした。

 屋上の談話室に来るための通路部分の傍にはウッドデッキが設えてあり、幾組かのテーブルと椅子も用意されていた。晴れた日にはそこから奥多摩の山々がよく見渡せた。中央に見える一番高い山が大岳山おおたけさんであった。病院の屋上から見ると大岳山の右側に少し低い出っ張りが見えた。淳一はずっとこの出っ張りが御岳山みたけさんだと思い込んでいた。そうではないことに気付かせてくれたのは生前の健次であった。

 以前、健次と一緒に屋上に来ていた時、右側に見える出っ張りについて訊いてみたら、『その山は御岳山ではない』と否定された。それでも淳一は信じられず、山歩きを趣味にしている会社の友人に調べてもらった。その人が持っていたアプリを使えば、希望の地点から見た景色を、あたかも実際に見えるように描写できた。その結果、健次の言った通りであり、病院の屋上からは御岳山が識別できるような状況で見えることはなかった。

 そんなことを思い出しながら山々を眺めていると、健次への感謝の念が頭の中を占め始め、改めて母チヨの介護を自分たちがしっかりとやらなければならないと思った。


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