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アルツ、仙人、そして  作者: 夏瀬音 流
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第2部.想定外 2-34.想定外

 淳一は翌週も金曜日の夜、研究所の勤務を終了してから由美子と一緒に車で健次の生家に向かった。土日の2日間、ほとんど健次の病室に詰めていたが、大きな変化はみられなかったものの、前週よりも良好であるとは思えなかった。

 日曜日の午後、健次の腕に点滴されている薬剤の名前を見ると、先週の抗生物質Vとは異なり、今度は抗生物質Rと表示されていた。

「担当医の先生も肺炎の対応に苦慮されているようだな……」

 淳一はそう呟くと自然に視線は下に向いた。


 淳一の仕事は本当に忙しかった。海外の研究所との共同研究の進捗状況管理、賞与の前の各メンバーとの面談など、期限内に終えなければならないことが沢山あったので、こんな状況下でも淳一はベストを尽くした。7月の最初の土日にも二人で健次の病院に向かった。

 淳一は病室に着くと直ぐに点滴している薬剤に目を遣った。

「今週は抗生物質Nになっているな……。なかなか効果のある薬剤が見つからないのかもしれないな……」

 淳一は健次の手術が上手くいったと告げられた時は、半月程度で健次はいつものように退院することができ、また足繁くチヨとの面会に行ってくれるものと考えていた。しかし、今は父の方が先に逝ってしまうかもしれない状況になっていることに著しく気持ちが塞いだ。


 淳一たちは7月8日の金曜日からも健次のお見舞いに来ていた。健次の容態がそれほど重篤なものとは思えなかったので、久しぶりに母チヨの病院を訪れた。ナースステーションに行き、看護師長を見つけて挨拶した。

「あらっ、聖滝様。お久しぶりですね」

「父の状態があまり芳しくないものですから、すっかりご無沙汰してしまいました」

「そうですか、ご家族様も大変ですね」

「それで、母の方はいかがでしょうか?」

「はい、チヨ様は特に大きな変化もなく、安定しておられますよ」

「それは良かった。今から面会できますか?」

「はい、もちろんです。それから面会が終わりましたら、主治医の先生とお話しされますか? 今日はこちらに出勤されていますので、お話しすることができますが」

「はい、ぜひお願い致します」

「それでは、チヨ様にお会いになった後、こちらに来ていただきたいと思います」

「よろしくお願いします」

 チヨを車椅子に乗せてもらってから屋上の談話室に行き、昼食の介助を行なった。いろいろと話しかけたが、チヨの反応は相変わらずで、淳一や由美子の話を続ける意欲を削ぐのに十分であった。しかし、健次の病状についてはチヨの理解力の有無とは関係なく伝えておくべき重要事項であると思い、お寿司屋での出来事から最近の危険な状況まできっちりと説明した。だが、予想していた通り、チヨには何の反応も現れなかった。


 淳一はチヨを病室に戻した後、主治医と面談した。

「先生、随分と長いことご無沙汰しておりまして申し訳ありません。父が入院してしまったものですから」

「ああ、やっぱりそうだったんですね。健次様が来られないので何かあったんじゃないかなって思っていました。それで、健次様の容態はいかがなんでしょうか?」

 淳一は、母チヨに説明した時とは異なってごく簡単に健次の現状を説明した。

「それはご心配ですね。チヨ様の方は特に大きな変化はありませんでしたからご安心ください。まあ、こういう病気ですから快方に向かっていますとは申し上げられませんが、ずっと安定した状態で過ごしておられました」

「そうですか。父の状況が大変だったものですから、母のことが少々疎かになってしまっておりました。先生のお言葉を伺って本当に助かったような気持です。有難うございました」

 二人の邪魔をしないように黙って聞き役に徹していた由美子も声を出してお礼を言った。

 翌週も二人で金曜日の夜から海の日であった18日の月曜日まで、夜は裕子のお世話になりながら日中は病院に詰めた。月曜日の夜になり、健次の容態は特に危険な状況にはないだろうと判断してつくばに帰った。


 7月21日から研究所は4日間の夏休みに入ったので、淳一は由美子をつくばに残して一人で電車に乗って健次の生家に行き、早朝から面会終了時間が来るまでのほとんどの時間を病院で過ごした。

 23日の土曜日の朝6時に病院から第一連絡先にしておいた裕子の所に電話が掛かってきた。直ぐに病院に来るようにとのことで、寝ぼけ眼で飛び起きた淳一は、先ず真理に電話を入れ、慌ただしく身支度を整えて裕子の運転する車で病院に駈け付けた。

 ベッドの上の健次は酸素マスクをされたまま静かに眠っているように見えた。点滴されていた薬剤名を見ると、『RK』であった。淳一は曲がりなりにも製薬会社の研究員であり、この薬剤は通常時は局所麻酔薬や抗不整脈剤として使われるのであるが、心停止時に使われる数少ない緊急薬剤であることも知っていた。

 暫くすると真理も心配そうな顔をして駈け付けてきた。真理は健次の顔を見て少しの間小さな声で話しかけていたが、何の反応もない父に涙目になった。淳一は妹たちに声を掛け、廊下に出て長椅子がある所まで歩いた。二人が椅子に座ってから、できる限り落ち着いた声で健次の今の危機的状況について説明した。

 その後、医師や看護師が何回も出入りし、種々の処置を行なっていたが、健次の容態は一応危険な状況からは脱出できたと告げられ、淳一は休みの最終日の夜につくばに戻った。翌朝出社した淳一は夏休み明けで目が回るほどの忙しさに振り回された。その後も平日は必死になって仕事をこなし、休日はつくばから離れ、ほとんどの時間を病院で過ごす生活を続けた。


 2005年8月24日、待ちに待った『つくばエクスプレス』、略称『TX』が秋葉原とつくばの間で全線開通した。淳一にとっては以前から心待ちにしていた開通であり、本当に嬉しかった。健次の生家へ車ではなく公共交通機関で行く場合、つくばの自宅からJRの最寄り駅に行くことが最大の難関であった。誰かに駅まで送ってもらうか、自分で運転していって駅周辺に点在している民間の駐車場に車を入れて電車に乗るかしか選択肢はなかった。お酒を飲むことが予定されている場合は、申し訳なく思いながらも由美子に送迎を頼んだ。一方、TXの最寄り駅までは何とか歩いて行ける距離であり、これまでと比較すると淳一の行動の自由度は著しく上った。


 開通から3日後の土曜日の朝、淳一は一人でTXを利用して健次の病院に行った。この日は自宅の最寄り駅まで由美子に車で送ってもらい電車に乗った。JRの最寄り駅までの送迎は車で往復1時間以上は見ておかなければならなかったが、TXの最寄り駅までなら片道5分くらいしか掛からなかった。TXの電車の印象は新しいのは当然のこととして、全体的に重厚というよりは軽快な雰囲気が感じられた。乗車してから1時間もしないうちに秋葉原に着いた。家を出てからでも1時間ちょっとであった。常磐線を利用した場合、上野に着くまで2時間近くも必要であったことを考えると、淳一には本当に嬉しい出来事であった。秋葉原でJRに乗り換え、健次が入院している病院の最寄り駅から徒歩で面会に行った。


 健次はもう普通の病室にはおらず、種々の緊急事態に対応できるような機器が付いている集中治療室に入れられていた。

 ベッドに横たわっている健次にはもう昔の面影はほとんど残っていなかった。体全体が浮腫(むく)んでいて、話しかけても何の反応もなかった。少し前は喉からチューブを入れていたので喋ることはできなかったものの、目で何かを訴えるような表情を見せてくれたのであったが、この頃はそれさえ全くできなくなっていた。


 翌日の8月28日はチヨの81歳の誕生日であったのを思い出した淳一は健次の病院から最寄り駅まで歩き、そこでK老人病院の送迎バスに乗って母チヨとの面会に行った。

 チヨは相変わらずであった。既に昼食の時間は過ぎていたので、屋上の談話室には行かず病室の中でチヨに話しかけていると、担当の看護師が一枚の写真を持って淳一の所にやってきた。

「聖滝様、先日8月度の誕生会を行ないまして、チヨ様にも参加していただきました。これがその時写した写真です。ご覧になってください」

 淳一は礼を言ってその写真を手に取り、じっくりと眺めてみた。チヨは大きなユリが活けられた花瓶を背景にして明るい花柄模様の背もたれが付いた椅子に座り、胸には赤やピンクや白のバラをあしらった花束を持っていたが、目は瞑ったままで静かに眠っているような表情であった。

「昔なら大きな目で優しく微笑んでくれていただろうに……」

 淳一は寂しそうに呟いた。


 会社での業務が立て込み、時間に追われていた淳一であったが、9月2日の金曜日の夜、仕事に何とか区切りを付けて由美子と一緒に車で健次の生家に向かった。

 翌朝病院に行ってみると、集中治療室に入れられていた健次は浮腫み切った状態のままであった。健次のことが心配で甲府に帰ることができなかった真理の目はもう真っ赤になっていた。

 4日の日曜日は居住地の一斉清掃日であったのと、その翌日は研究所に出て少しでも仕事がしたかった淳一は由美子に後を託して3日の夜遅く一人でつくばに帰った。

 翌日の夜、自宅で仕事の準備をしていた淳一に由美子から電話が入った。

「どうした? 父さんに何かあったの?」

「容態に大きな変化はないけど、病院の先生方の言動からすると、あなたも早くこちらに来ていた方が良さそうな気がするの。無理かしら?」

「そうか、分かった。明日の休暇を連絡したら直ぐにそっちに向かうよ」

 淳一は慌ただしく面談予定が入れてあった数人に電話し、予定を変更させてもらってから休暇の手続きを取り、実家に向かって車を走らせた。


 健次は9月6日の朝10時過ぎに息を引き取った。肺炎になり喉にチューブを付けられてからは会話が全く出来なくなっていた。少しの間文字盤を利用して意思疎通をしていたが、その作業のまどろっこしさと、病により忍耐力が奪われたこととで次第に健次は文字盤を使いたがらなくなった。目と目とを合わせてこっちが勝手に健次の思いを想像したのも僅かの間だけで、そのうち健次は夢遊病者のような状態に陥り、その後は何の意思疎通もできずに亡くなってしまった。

 人が病院で亡くなると、悲しむことができるのはほんの一瞬だけであり、その後の親族たちはとんでもなく忙しくさせられてしまう。あれ程健次に優しく接していてくれていた看護師たちは、遺族に出来るだけ早く次の行動に移ることを要請してきた。

 次の行動とは、先ずは健次の遺体をどこに運ぶかを速やかに決めることであった。取り敢えずは病院の霊安室に遺体を運ぶことから始まったが、そこには長く保管できないと急かされた。

 結局、健次の生家の近くの葬儀屋に電話して相談することしか残された子供たちには考え付かなかった。それでも葬儀屋に任せると物事が急にスムーズに進みだし、生家のある市の斎場での葬儀一式の基本的な手続きを取ってくれたので、ようやく淳一たちは落ち着くことができた。


 父健次の死が病院で言い渡された次の日、裕子を留守番にお願いし、淳一夫婦は真理と一緒にK老人病院に向かった。病室のベッドの上にいたチヨに健次の死を告げに行ったのだ。由美子と真理は涙が止まらず、しっかりとした言葉を発することができなかったので、淳一がチヨに語り掛けた。

「母さん、昨日父さんが死んでしまったんだよ。分かる? 死んでしまったんだよ」

 恐らく言葉は理解できないであろうと予想していた三人にとって、信じられないような光景が展開された。チヨは淳一の言葉が理解できたかのように表情が悲しそうになり、いやいやするように首をゆっくりと左右に何度も振った。

 しばらくすると、昼食の時間になった。いつもなら、出された料理を何とか食べてくれるのであるが、その日は明らかに食欲が落ちていた。

「母さんは、父さんの死んだことが分かったんだよね」

「ええ、きっとそうよ。あの表情や食欲が落ちたことから見ると、そうとしか考えられないわ」

「ショックで、お母さんも亡くなってしまったら、どうしよう」

 三人とも、今度は母チヨのことが本当に心配になってきた。淳一は会社の仕事を一段落させておく必要があったので、由美子と一緒に一旦つくばに戻ることにした。真理と裕子に後を頼み、チヨのことを心配しながら帰っていった。夜、真理から電話があり、チヨの様子がいつもの状態に戻ったことを聞かされ、ようやく胸を撫で下ろしたが、これから先、チヨの面倒を子供たちだけで看なければならなくなったという事実が淳一の心に重く伸し掛かってきた。


          了(「第3部-次世代へ」に続く)


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