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アルツ、仙人、そして  作者: 夏瀬音 流
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第2部.想定外 2-33.移ろっていく科学的知識

 翌日も健次の容態に大きな変化は見られなかったので、淳一は昼食後暫くしてから病院を後にして、『食堂大丹波川』に行ってみた。子供たちが頼りにしていた健次がチヨよりも先に逝ってしまうかもしれなくなり不安で仕方なくなった時、淳一の頭の中に岩茸石仙人の顔が鮮明に浮かんできた。

 淳一がここに来るのは久しぶりであった。扉を開けると、いつもの位置に仙人が座っていて、カウンターの上には赤ワインが注がれたワイングラスが載っていた。

「ああ良かった。仙人がいてくれた」

 淳一の言葉に最初に反応したのは店主であった。

「やあ、聖滝さんではありませんか。本当にお久しぶりですねえ。いやね、ここのところご無沙汰だった仙人なんですけど、今日は珍しく来てくれたので、『もしかしたら聖滝さんも』って思っていたんですよ」

 笑顔でその言葉を聞いていた仙人は、覆い被せるように淳一に向かって言った。

「やっぱり来てくれましたか。そんな気がしたんですよ、今日は朝から。まあ、こちらに来て座ったらどうですか」

「はい、有難うございます」


 淳一は摘みのみを注文し、仙人が注いでくれた赤ワインで乾杯した後、父母の現状を詳しく説明した。

「そんな状況になってしまいましたので心配で仕方ないのです。母に関する各種情報をもっと前からしっかりと把握しておけば良かったのですけれど、まさか本当に父の方が先に逝くような状況になるとは考えていなかったものですから」

「なるほどね。まあ、長い人生の中にはそういうことが時々起こるものだと考えた方が聖滝さんの心が落ち着くのではないでしょうかね」

「確かにその通りなんでしょうけど、予期せずにこういう状況に晒されたので、寝ても覚めても父母のことが頭から離れなくなってしまっているんです」

「うーん、そうですか。でも折角今日ここに来たのですから、ご両親と全く関係のない会話をする方が聖滝さんの精神にとっては良いのかもしれませんね」

「分かりました。私の頭を切り替えるにはそういうことが必要なのかもしれません。何か良い話題はありませんか?」

「そうですね……、聖滝さんは研究者なんですから『科学的知識は移ろっていく』なんて話はいかがでしょうか?」

「ええ、良いですね。面白そうです」


「我々が知っている科学的知識は、次々と新事実が見出され、真理への道が少しずつ明確になっていきますよね。特に多くの研究者が鎬を削っているような分野ではこの傾向が著しいように思います。著名な先生から教えてもらい、『絶対的な真実だ』と思っていたことでも、新たな事実の発見によって色褪せていくなんてことがよく起こります。一番良い例は『天動説』を信じていた昔の人たちが『地動説』という新たな概念に直面した時ではないでしょうか」

「当時の人たちは本当に驚いたでしょうね。きっと最初のうちは全く受け入れられないことだったのではないでしょうか」

「でも、こういう基本的な概念が覆されてしまうというショッキングなことは、これからもある意味頻繁に起こり続くであろうと考えられます。例えば、『光は直進する』という概念がありますが、物理学が発展した結果、今では、『光は質量によって曲げられる』ということが分かってきました。また、『地動説』のような大きな概念の崩壊ほどの出来事ではないにしても、生命科学の世界では本当に頻繁に起こっているようです」

「そうなると、私たちは一体何を信じて科学を構築していけば良いのでしょうか? 勉強したり実験したりすることが意味を持つのでしょうか?」

「確かにそんなふうに思いたくなってしまいますよね。でも、私は『現在の科学的知識を基に何かを言うのは無駄である』とは思わないのです。その時点で得られている知識の上に立ち、一方で、これから変わっていくかもしれないということを想像しながら、その時点での最善の考えをまとめ上げることは非常に大切だと思います」

「例えば、私が現在の科学的知識を使って新たな概念を構築したとします。その後、私が使ったベースとなる科学的知識が覆ってしまったらどうすればよいのですか?」

「聖滝さんにとって、その新たな科学的知識が正しいと認めることができるのであれば、その新知識を用いてもう一度考えを構築し直せば良いだけです」

「もし、私が死んだ後に新知識が出てきたら、私にはもう手を打つことはできません。ちょっと惨めな感じですね」

「時間には逆らえませんね。そんな時こそ、我々のDNAを引き継いでくれている将来の世代の人たちにお任せすることですよ」

「なるほどね、DNAの継承が本当に重要なわけですね」

 仙人は淳一が理解してくれたことに安心したような顔をして頷いた。


「ただですね……。現時点の科学的知識によると、『太陽系はあと50億年程度で赤色巨星化した太陽によって加熱されて蒸発し、外惑星を残して最後にはガスとして散ってしまう』と考えられているのです。それが事実だとすれば、この地球の上に住めなくなるような事態に直面する前に、我々地球人が移り住むことができる惑星を見出して移住しなければ、人類をはじめ今地球上に棲んでいる生き物たちは滅亡することになってしまいます。つまり何十億年もの歳月を掛けて進化してきた我々のDNAは消滅してしまうことになるのです」

「でも、まだ何十億年もの時間の余裕はあるのですよね?」

「現在の科学的知識から推定される太陽系の寿命だけから考えればまだまだ時間的な余裕はあるのかもしれません。しかし、生命の根幹にあるDNAを消滅させてしまう脅威は他にもいくつもあると認識しておくべきでしょう」

「確かにそうですね。例えば世界を巻き込んだ核戦争が起これば、人類をはじめ多くの生き物たちのDNAが消滅させられてしまう危険性は大いにありますものね」

「本当にその通りだと思います。だから、自己中心的な考え方に基づいて生じる戦争や略奪などをしていないで、科学全般を大いに発展させ、我々のDNAをしっかりと次世代に継承させていくことが重要なのです。本当に太陽が赤色巨星化してしまうようなことが起こるのであれば、その前に人を始めとする地球生物の大移動を実現させなければならないのです。また、もし地球が大きくなった太陽に飲み込まれてしまうという説が間違っていたとしても、他の脅威が起こることは想像に難くないですよ。ですから、どんな状況にでも対応できるように準備しておけば、それに越したことはないでしょうね」

「その通りですね。私自身も時間的にも空間的にももっとずっと広い視野で物事を見てから行動していかなければならないのですね」

 そう応えた淳一は店に来た時よりも穏やかな表情になっていた。


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