表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/69

69、エピローグ ~I will give you the moon and the stars.~

「アブラム、見つかったのか」


 執務室に入ってきたアブラムをユーリウスは期待に満ちた目で見た。現在エターリアは父ルイズバルトが王位を退いて、ユーリウスが即位するまでの移行期間だ。と言ってもルイズバルトはユーリウスがエターナルリーベを取ると、さっさと遠方の保養地へ引っ込んでしまったので、実質ユーリウスが執政を取り仕切っていた。


「こちらの資料をご覧ください。二十年前、殿下の曽祖父の末妹にあたられる方が、神父と駆け落ちして家から勘当され、死亡扱いにされていました。恋に一途になるところは遺伝なのでしょうか」


意味深な笑みを向けてくるアブラムに対してユーリウスは苦々しい表情を浮かべた。隠してきたつもりだが、リティアーナに惚れ込んでいるのがバレバレだったらしい。


「余分な勘ぐりはいらない。で、その後は?」


「十五年前に粛清から逃れるために娘を二人連れて夫と共にビストニアに行ったそうです。中央に戻った時には夫は亡くなり娘は一人になっていました。その後、母親はサマラン家の家政婦として雇われ、娘が男爵夫人となったそうです」


「やはりそうか。前世と少し経緯が違っているが、最終的にサマラン家とつながる所は同じだな」


ユーリウスは資料を机の上に置いた。

アストリット・ソリド・サマラン。

それが前世の彼女の名前だった。


「あの家は身分こそ低いですが代々エトノス一族に仕えている家系です。前当主が表向き家政婦として雇った女の娘を跡取り息子の第一夫人にしているところから見ても、思ったより王家の事情に精通しているのでしょうね」


厳しい粛清の中、エトノス家を密かに守った家があったことにユーリウスは感慨深い気持ちになった。


「ではリティアーナが男爵夫人の妹である可能性は高いな」


「ビストニアの孤児院に問い合わせたところ、当時着ていた産着が残っていましたので取り寄せました」


アブラムが差し出した古びた布切れをユーリウスは丁寧な手つきで受け取った。


「これは・・・」


「それに見覚えがありますか」


「ああ、前世でな。だがこれが恐らく決め手になるだろう」


ユーリウスは笑みを浮かべながら、そっと産着を折り畳んだ。




 雲一つない青空がすっきりと広がっている。

今日は私とユーリウスの婚約式だ。

簡単でいいと言ったのに、そういうわけにはいかないと、エターリアで一番立派で格式の高いアストラル大聖堂で市民も参加して大々的に行うこととなった。

首都アルランローゼには朝から祝いの空砲が鳴り響き、人々が歓声を上げている。

身支度を整えるためにドレッシングルームへと移動すると、前世では馴染み深かった人がいた。


お母様・・・。


サマラン夫人は前世での私の母だ。髪結が得意で、前世でも高位貴族の奥様方に頼まれて結っていることがあった。

恐らくユーリウスが頼んで今日ここに来させたのだろう。私が「よろしくお願いします」と言うと彼女は前世と同じ優しい笑みを向けてくれた。

私とサマラン夫人はとてもよく似ていた。背格好も髪の色も目の色も、血縁関係を疑うくらいにそっくりだった。


「心よりご婚約をお祝い申し上げます。殿下とリティアーナ様がモデルの恋物語は市井でも大変有名で、わたくしも読ませていただきました。お話通りの婚約式を迎えられて本当に素敵ですね」


「あのお話はとんでもなく脚色されてるんですよ。特に主人公が女神に恋人の命乞いをするところなんて全然違いますから」


誰が書いたのかわからないが、私とユーリウスの前世からの軌跡を名前を少し変えて描いた恋物語が今エターリア中でブームになっている。

私も読んだが、聖女アスティがリトアナとして生まれ変わり、悪者退治をしながら御子エレウスを助け結ばれるというハイファンタジーなロマンス小説だった。

私が言ったセリフが逐一使われているので、かなり私に近い者が書いていると思われる。


「夢中になって読ませていただきましたわ。特に御子の最期の言葉は感動的でした。

ああ、アスティ。私の心に住む愛の妖精。君のためなら喜んで私は犠牲になろう」


「ううっ、恥ずかしいので声に出すのはやめてください」


「現実の殿下とリティアーナ様の恋はどうでしたの?」


「そんなことをバラしたら私がユーリウス様に叱られちゃいますよ」


実際、思い出すだけでも悶絶しそうな強烈な愛の言葉だった。ユーリウス様があんな言葉を言ってくれるなんて思ってもいなかったので、その後一週間は浮かれすぎてニヤニヤが止まらずクリスタから呆れられてしまった。

真っ赤になった私を見て笑いながら、サマラン夫人は私の手を引き椅子に座らせた。櫛を取り優しい手つきで髪を漉いていく。


「癖一つない、お美しい髪ですね。羨ましいです」


前世の母に褒められるのも不思議な感じだった。前だったら私の髪は母譲りなんですよと自慢できただろう。今世では私と母の縁は、断ち切られてしまっている。

サマラン夫人は私の髪をときながら、ふと手を止め、鏡越しに私を見つめた。


「不思議な夢を見るのです」


「夢・・ですか?」


「今、市井で流行っている物語と同じで、私には過去にアスティと呼んでいる娘がいて、その子が女王となる夢です。

たった一人で戦う娘を私は助けてやりたいけれど何もできずに、歯痒い思いをしている夢ですわ」


そしてサマラン夫人は鏡越しに私の顔をじっと見た。


「その夢に出てくる娘のアスティがリティアーナ様にそっくりなんです」と言って、サマラン夫人は懐かしそうに目を細めた。

私は何も言えなかった。

ただ、涙を堪えるだけで精一杯だった。

泣くと化粧が全て剥がれてしまうので、グッと歯を食いしばった。

あっという間に髪が美しく結い上げられ、サマラン夫人が櫛をドレッサーの上に置いた。

「そろそろ殿下のお迎えが来る時間ですよ」と側仕えから声をかけられる。

もっと彼女と話していたかったと残念に感じた。


「いかがですか。お気に召したなら、よろしいのですが」


無口になった私をサマラン夫人が心配そうに見つめながら、手鏡を傾けて髪の出来具合を見せてくれる。


「素敵です。本当にありがとうございました」


「気に入ってもらえて光栄でございます。では私はそろそろ・・」


出ていこうとするサマラン夫人の袖を子供のように引っ張って引き止めた。

泣いてはいけないと思ったけれど、頑張って堪えても涙が溢れてしまった。

一度堰を切ると次から次へととめどなく流れ落ちる。

せっかく施した化粧がめちゃくちゃになり、化粧担当の側仕えの顔がサッと青ざめた。


「あらあら、少し不安になっていらっしゃるのかしら」


サマラン夫人が優しく抱きしめてくれた。母がいつもつけていた懐かしい香水の香りが私を包んだ。


「サマラン夫人、あなたの夢に出てくるアスティは物語と同じように、その後必ず幸せになりますから。だから夢の中で彼女が苦しんでいたとしても心配いりません」


サマラン夫人の瞳から涙が一粒こぼれ落ちた。

記憶はなくても、魂で惹かれ合うものがあるのかもしれない。


「リティ、準備はできた?」


扉が開き燕尾服に身を包んだユーリウスが迎えに来てくれた。

左肩から右腰へはサッシュが巻かれており、代々エターリア連合王国の王に授与される最高勲章のリーベン勲章が揺れている。

勲章にはグリフォンとその周りに聖結界を表す六角形の帯があしらわれ、金色の古代文字で「悪意を打ち払い聖なるものを受け入れん」と書かれていた。

ユーリウスは私とサマラン夫人の両方の顔を見て、少し困ったように笑い、サマラン夫人と向かい合った。


「サマラン夫人、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。こちらを見て頂きたいのです」


ユーリウスが袋から古びた布を取り出した。赤ちゃんの産着のようで、裾に女神の刺繍がされている。


「「この刺繍は!」」


私とサマラン夫人の声が重なった。

それは前世の母が私のハンカチに刺してくれていた女神の刺繍だった。母の家で代々守護のお守りとして刺されてきた図柄だ。


「これをどこで?」


サマラン夫人は震える手で産着に触れた。


「リティアーナが着ていた産着です。見覚えがあるようですね」


「はい、十五年前に生き別れた妹が着ていたものに似ています。

その頃の父と母はいつも何かに怯えているようでした。家に閉じこもって来客があると恐る恐るドアを開けていました。

父はウアルトゥ会という教会の神父をしていたのですが、ある日突然父がオルロワに行こうと言い出したのです。

オルロワなら怯えながら生活をすることはないからと言って、私達家族は夜逃げするようにオルロワへ向かいました。

ところが経由地のビストニアで現地のウアルトゥ会と領主との諍いが起きたのです。

敬虔な神の信徒であった父は、あらゆる厄災は神が与えたもうた試練だと常日頃から言っておりました。父はウアルトゥ会の住人達の暴動を神の愛の元に収めようとしたのですが結局、暴動は激しくなり巻き込まれた父と生後三ヶ月の妹とははぐれてしまいました。

その後、父は遺体となって見つかりましたが妹は見つからず、母は泣く泣く中央に戻ったのです。

当時、妹が着ていた産着にこの刺繍が刺してあったのですが、まさかリティアーナ様が?」


サマラン夫人が驚きに満ちた顔で私を見つめる。目は潤み、今にも涙が溢れ落ちそうだ。


「急なお願いで申し訳ありませんが、宜しければ私たちの婚約式に参列してくださいませんか。ご存知のようにリティアーナの身内は少ないです。できれば貴方に姉として立ち会っていただきたいのです」


「殿下のお許しさえいただけるのならば、もちろんです」


サマラン夫人は再び私を軽く抱き締めて、涙に濡れた瞳で微笑んだ。



「ユーリウス様、ありがとうございます。私の出自が明らかになるなんて思ってもいませんでした。いろいろ調べてくれたんですね」


「当たり前だろう。君もいい加減泣き止みなさい」


ユーリウスは懐からハンカチを取り出すと、私の目元を拭ってくれた。その手をすかさず捕まえてギュッと握りしめる。


「私もユーリウス様の願いを叶えたいです。本当の願いって何だったんですか」


「それは、そのうちきっと分かるだろう」


「教えてくれないのですか?」


愛しげに細められた目から、ユーリウスが言葉にするつもりはないことを察した。


「私の願いは私だけが思っていても意味がないことなんだ」


「ユーリウス様・・」


こめかみに軽くキスをして、ユーリウスは重なった手を強く握り締めた。


「そろそろ行こうか」


私にはなんとなく、ユーリウスの願いと私の願いは同じような気がした。

私の心の根底に変わらずあった強い思い。


君を、ずっと幸せにしたい。


                  ―第一部 完―


ここまで読んでくださった方には心よりお礼申し上げます。

完結いたしましたが、せっかく思いが通じ合ったのにここで終わるのはもったいないと思い、続きを書こうと思っています。

一旦完結にしますが、再び連載いたしますのでよろしければまた読みにきてください。

本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 是非とも続きが読みたいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ