65、黒い羊4(ユーリウス過去回想)
「ここは?」
「中央神殿だ。この真下に聖結界がある」
私はアストリットを中央神殿に連れて来た。
等間隔の柱を抜けると真っ白な大理石の壁に囲まれた部屋があり、慈愛に満ちた表情のユースティティアの像が現れる。
今は所持者がいないので扉が開かれることはないが、エターナルリーベを持つ者は、ここから聖結界のある祈りの間へと入る。
昔は自然と感じられた聖脈の流れが、呪いのせいで全く感じられなくなっていた。
魔導流の流れを調べたかったのに、やはり今の私では無理か・・。
「空気が違いますね」
「聖域だからな。アストリット、聖脈を読み取ることができるか?」
「はい、中心部に向けて大きな流れを感じます」
やはりアストリットは優秀だ。
こんなに易々と聖脈を読み取れる人間は滅多にいない。恐らく呪いをうける前の自分と匹敵するくらいの聖魔力はあるだろう。
「何かおかしな点はないか」
「四方に伸びる聖脈が所々途切れていますが、原因はわかりません」
「そうか・・・やはり、中に入ってみないとわからないな」
そのまま考え込む私の邪魔をしないよう、アストリットはそばに立ち静かに私を見ていた。
「・・エターナルリーベが必要だな・・」
「それがあれば直るのですか?」
「多分・・」
アストリットを見つめながら白くほっそりとした手を取った。
裏返して手のひらを撫でるとアストリットの頬が真っ赤に染まった。
「美しい手だ」
剣など一度も持ったことはない、マメひとつない柔らかな手だった。
サマラン家は宝玉のように大切に磨いて、王家に嫁がせようと私の元へ送り込んだに違いない。
まさかアストリットがエターナルリーベを取らされるとは考えてもいないだろう。
騎士経験もないこの娘にグリフォンが倒せるとは思えない。
例え倒してエターナルリーベが取れたとしても、父と同じように聖結界に縛られて魔力供給に追われる日々を過ごすのだ。
そんな人生を十六歳の彼女に課すには酷すぎた。
私は自分の右腕を見た。
手袋と袖口の隙間から蔓が満遍なく這っているのが見えた。
どうして私は呪われたのだ。これさえなければ自力でエターナルリーベが取れたのに。
ああ、自分の運命こそ呪わしい。
王家になど、生まれたくはなかった。
しばらくして、体に異変が起きた。
左腕にも蔓が巻きついている。
薔薇の呪いは魔力を封印するものだ。普通は右腕にのみ蔓は絡みつき、魔法を封印する。
だが、私の場合は特殊だった。
聖魔法は使えなくなったが、それ以外の魔法は使えた。
王家の血がそうさせたのか、魔力量の多さゆえに封じきれなかったのか。
「どちらにしろ、良い兆候ではないか」
鏡に映る自分の姿を眺めた。
呪いに蝕まれた体。
再び活性化した蔓は、首から顔に這い上がり、いずれは脳に達するだろう。
「狂い死にか・・らしい死に様だ」
これは、あの少年を手にかけた報いなのだろうか。
年若い領主を殺されたリジェグランディアでは反ユーリウス派が勢力を伸ばし、私とリシュリアを政権から排除する運動を他領にまで広げていた。
エターナルリーベがない今、他領では腐海が広がり続け王家は信頼を失っている。
このまま私がいなくなれば、中央は他領に侵略され、中央の貴族は皆、粛清されるだろう。
到底ジャファラーン一人で抑えきれるものではない。
「エターナルリーベが必要だ。早急に・・」
領土の安定にエターナルリーベは欠かせない。
迷っている暇はない。
アストリットに取らせるしか道はなかった。
そのためにはアストリットを強くするしかない。
アストリットは魔力コントロールに問題はあるものの優秀な魔導士であり、卒業時の学校での成績はトップクラスだった。
治癒魔法が苦手な彼女だったが攻撃魔法はどれも秀逸だった。
私はアストリットに三属性魔法アルカシア マダインを習得させることにした。
アストリットの実力ならできると思うが、短期間でとなると無理を言っている自覚はあった。
「アストリット、もう諦めるか?」
何度やっても三属性魔法を発動できず項垂れるアストリットに私は声をかけた。
「・・どうして・・わたくしこんなに不器用なんでしょう」
「君が練習している魔法はそんなに簡単にできるものではない」
「ううぅ・・」
アストリットは俯いたまま悔しそうに顔を歪めた。
「アストリット、まずは魔力弾を作って当てる練習をしてみよう。魔力調節さえ上手くできれば、君の魔力量ならどんな魔法でも発動できるようになるはずだ」
「はい、ユーリウス様」
アストリットが必死に手のひらの上で魔力の玉を作っては的に向かって投げ始める。だが、ほとんどは的を逸れて地面へ落ちていってしまった。
「どうだ、仕上がりは?まだ使い物にはならなさそうだな」
護衛を引き連れたジャファラーンがやってきた。アストリットにエターナルリーベを取れと言ったものの、無茶なことを言っている自覚は彼にもあるようだった。
「簡単に言うな。アストリットは必死にやっている。こんな子に試練を課さねばならぬとは・・いっそのこと滅びてしまった方が良いのではないか」
「ユ・・ユーリウス何を言っているのだ!其方、そんな危険思想を持っておったのか!」
怒り出すジャファラーンの腹に魔力弾が三発当たった。目の前でジャファラーンが膝を折って崩れ落ちた。
「ぐぬぬっ・・・アストリット、随分と魔力コントロールができるようになったではないか」
「わざとではありません。たまたま当たってしまったのです」
「たまたま同じ場所に三発か!」
アストリットは好戦的な娘だ。王相手に喧嘩を売るなど並の貴族ではしない。不敬罪で罪に問われても不思議ではないのに、何故かジャファラーンもそれを許していた。
「其方、順調に実力を上げているようだな。エターナルリーベを取ったら私の後宮に入れてやろう」
「絶対にお断りします!」
「貴族の娘ならば泣いて喜ぶはずだぞ」
「泣いて嫌がるの間違いではないですか?」
アストリットとジャファラーンはどちらかというと仲が良いのだろうか。会うたびにジャファラーンの方から絡んでくる。小娘相手に同レベルで喧嘩して、彼は楽しそうにも見えた。
「相変わらず失礼な娘だな。そういえばユーリウス、其方が言っていたリティーアの腕輪だが、やはり宝物庫にはなかった」
「そうか、あれも魔力調節の魔法陣が付されていたのだが・・」
「そんな大層な魔術具だったのか。大方ディートフリートかヴェルスハルト辺りが愛人にくれてしまったのだろう」
王家三大秘宝は対グリフォン用の攻守のバランスの取れた優れた魔術具なのにどれも失われてしまっていた。
アストリットにとっては不利な条件ばかりだ。
「ユーリウス様、次は何をいたしましょう?」
アストリットが寄ってきて、透き通るような菫色の瞳で一心に私を見上げていた。
失いたくないと思った。
力を失った自分が、どうしたら彼女を守ってやれるのだろう。
「アストリット、先程の呪文の詠唱をもう一度練習するぞ。魔術の発動の条件として完璧な呪文の詠唱は欠かせない。呪文は正確さはもちろん、発音、音階、タイミングの三つが重要だ。一緒にやってみよう。私は呪いのせいで発動できないが、コツは掴めるかもしれない」
「はい、わたくし頑張ります。ユーリウス様」
どちらかというと後ろ向きな私の気分とは裏腹にアストリットは前向きだった。
共に呪文を合わせて詠唱してみると、彼女は私を真似てすぐに習得した。
「あとは魔法陣を完璧に描きなさい。何度も練習すれば君なら問題なくできるはずだ」
一週間ほどで彼女は完璧な魔法陣が描けるようになった。杖の持ち手が変形していたので、かなり練習を積んだに違いない。
「完成した・・・」
練習場が暗闇に包まれ、神の怒りの如く雷が降り注ぐ。
その中央で淡い光を帯びて立つアストリットの姿は神々しく、地上に神が降り立ったようにも見えた。
アストリットはとうとう最強魔法アルカシア マダインを成功させた。
「よくやった。上出来だ。これで君は第一級王宮魔導士だ」
「ありがとうございます。ユーリウス様のご指導のおかげです」
アストリットは私に飛びつきながら照れくさそうに微笑んだ。
この魔法さえあれば経験の足りない彼女でもグリフォンを倒せるだろう。
自分の中の迷いがきえた。
アストリットを女王にして新たな王朝を作り、その跡をアストリットの子供達が代々受け継いでいく。
そんなビジョンが浮かび上がった。
願わくばその隣に立つのは自分でありたかったが。
そんな都合の良い考えを私はすぐに打ち消した。
「アストリット、どうか。私の願いを聞いてくれないか」
アストリットをコルカバドの丘に誘い、私は彼女の足元に跪いて手を取った。
黄金色の髪は陽光を受けて輝き、第一級王宮魔導士の証である真新しい紫色のローブが風ではためいていた。
「願いですか?」
「どうか、この国を守って欲しい」
未来永劫続く、
誰も傷つくことがない世界を作って欲しい。
誰もが笑い合える世界を。
アストリットに「エターナルリーベを取れば王族となり私と結婚できる」と言ったら、アストリットは一も二もなく「取りに行きます」と言った。
余りにも気軽に言うので「本当にいいのか」と思わず何度も確認してしまった。
「だってそれがユーリウス様の願いなのですよね」
私の本当の願いは違っていた。もう叶うこともないだろうけれど。
「そうだ」
「わたくし、絶対にエターナルリーベを取ってユーリウス様の願いを叶えてみせます!」
全ては順調に進んだ。
あとは彼女の気が変わらない内に試練の谷へと送り込むだけだ。
アストラル大聖堂の礼拝堂で私はアストリットの手首にお守りをつけた。
「このお守りは一度だけ君の命を救うだろう」
私の命を引き換えにして。
お守りが及ぼす作用については説明しなかった。
説明すれば外せと言い出して面倒くさいことになるのが目に見えている。
「行け、アストリット。グリフォンを倒し、必ずエターナルリーベを取ってくるんだ」
「わかりました、ユーリウス様」
アストリット。
君だけが我々を救うことのできる唯一の未来。
試練の谷から転送されてきた王笏を玉座に添えると、リシュリアに政権の方針を伝えた。
ジャファラーンがこの十数年の荒れた領土の責任を取り、政権全体で責任を負うと決めたからだ。
今までの我々の苦労は泡と消えるが、新しい時代になってから前の責任を取らされるよりも今のうちに辞めておいた方が良いとの判断だった。
リシュリアも私の言うことなら聞くと思っていた。
しかし予想もしていなかったことに、今まで一度も言い返したことのないリシュリアが私に言い返してきた。
権力にしがみつく女だとは思っていなかった。
どうやら私はリシュリアの性格を見誤っていたらしい。
こんなことなら、この役回りは、ジャファラーンに任せてしまえば良かった。
私は国と聖結界とエターナルリーベのことを考えるので手一杯で、自分のことですら後回しにしているのに、とても部下にまで気を遣う余裕などなかった。
「わかってくれ、リシュ・・・」
その時突然、脳裏にアストリットがグリフォンから攻撃を受ける光景が浮かんだ。
アストリットの右腕から眩い閃光が広がり、彼女の体を包んでゆく。
生贄の魔法陣!
究極守護魔法陣が脳内に浮かび、魂に刻み込まれる。
心臓が動きを止めた。
体から急速に力が抜けていき、その場に崩れ落ちた。
お守りの効果が発動されたのだ。
自分の体から流れ出た血が、床を真っ赤に染めていくのが見えた。
私は死ぬのか。
やっと解放される。
自然と笑みが浮かんだ。
アストリット、君が生きられるのなら、喜んでこの身を君に捧げよう。
瞼の裏にアストリットの笑顔が見えた。
君に伝えたかった。
私の本当の願いは君を・・・。




