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3時間目

『二階渡り廊下』



上矢田先生の授業が終わって、お昼を摂る為に私は食堂へ向かった。千歳が慌てて追いかけて来ようとしたけど生憎女子グループの取り巻きに声をかけられたらしい。何か言いたげな表情に気づかないふりをした反面どこかほっとした。




一人の気楽さに加奈は上向いた機嫌で食堂へと続く階段を下りながら、何を食べようと考えていた時だった。



「雉羽さまと鷲野さまが食堂にいらっしゃるそうよ!」


「まあ、あのお二人が?!」


「私たちも早く参りましょうっ」


きゃあきゃあと喧しい黄色い声が聞こえたのは。



「……は?」


ぱたぱたと眼下の廊下を慌ただしく駆けていく女子生徒たちに、加奈は上昇していた機嫌が一気に底を這う勢いで落ちた。



雉羽(きじはね)と鷲野(わしの)、ネストの一員で加奈の焼き鳥候補だ。過去の私を殺した奴ら。



ネストである彼らは普段あてがわれたプライベートサロンで食事を摂ることが多く滅多に食堂に来ることはない。


千歳という金魚の糞がいないこんな晴れやかな昼をぶち壊す三年の二人組に加奈は殺意が湧いた。


だが、その殺意も攻略対象には近づかないという鉄の掟の前では感情の問題であっても理性によって引っ込められる。いい加減、死にたくない。何度体験しても慣れないそれを加奈はもう一度だって味わいたくなかった。



(あー、まじ雉羽と鷲野うぜぇえ)



加奈は降りかけていた階段を上へと戻り、昼食後、魔法器具学が執り行われる講義室へと足早に向かった。








『講義室ー魔法器具学』



魔法器具とはその名の通り、魔法を利用した器具である。理論では魔素粒子を特別な鉱石内部に結合させ、それを魔法器具に設置すると器具に組み込まれた符呪を施された魔法陣に鉱石内に閉じ込められた魔素粒子が反応して効用を生み出す。


となっているが、一言で言うと、魔素粒子の変換による光原化、電気化、発熱化である。




つらつらと、教科書通りに説明する魔法器具担当の教授の声を子守唄にこっそり寝て過ごした加奈が鐘の音で目を覚ますといつの間にか授業が終わりを迎えて生徒たちが各々次の授業の準備に取り掛かっていた。



お腹いっぱいで寝るのは分かるけど、お腹すいてても眠くなるってちょっとどうかと思う。しかめ面で加奈が立ち上がり今日最後の符呪学の授業へと行こうと席を立って廊下に出た。


符呪学の講義室は、魔法器具学の教室から比較的近かったが廊下を歩く加奈の耳に届くのは六割型ネストの焼き鳥連中のことばかりで辟易とした。



磯鷸さまが今日は朝からいらしただとか、雉羽さまと鷲野さまが食堂へいらしてAランチとBランチをお召し上がりになられたとかキモい、キモ過ぎる。しかも、そいつらただの糞だし騒ぐ価値もないよ。



磯鷸は天然に見えて粘着質だし雉羽だって一見爽やかに見えてゲスいし、鷲野だって兄貴肌に見えてネジ一本抜けてるし!



と恨み辛みを込めた呪詛の声を大にして懇々と皆に説いて周りたくなったが加奈は一拍息を止めて口にチャックを施した。



(さっさと教室行こ)







『講義室ー符呪学』



講義室に入ると、漆黒のポニーテールが見えた。そのポニーテールはそわそわと揺れているかと思えば、私を捉えてふわっと空を泳ぐ。



「加奈さん、こちらにいらして?席を取って置いたのよ」


手を振る千歳に加奈は全力で気づかない振りをしたかったが、千歳の近くに座っていた女子生徒たちがギンッと加奈を逃さないとばかりに睨みつけてきたため加奈は泣く泣く千歳たちに近寄って行った。


しかし愚鈍だと自らを認識していた加奈も、流石に他の人たちよりも二年ほど長く同じ人生を過ごしていると理路整然とした逃げる算段を弾くのも格段に早くなってはいたのだ。



近寄れば近寄るほど睨みつけてくる女子生徒たちはきっと加奈が庶民の出である特待生と知っていたのだろう。持っている物や身に付けている物からも所謂貴族や有名士族出のお嬢様方だと推測できた。



うん。ものすんごく、ものすーんっごく、ここに居たくない。



「加奈さんも符呪学に興味がおありでしたのね」


「ええ、一応は」


凛とした空気を、ほわりと緩ませて微笑みかける千歳を加奈は愛想笑いの一つもせずに淡々と見下ろして口を開く。周りの取り巻き連中の監視するような視線が煩わしくて加奈は眉間に寄りそうになる皺を必死に抑えた。



「それより恐縮ですが私あまり目が良くないんです。だから前の席で受けさせてもらいます。お隣を空けてもらったのに、申し訳ございません。なので貴女が隣に座ってさしあげたらどうでしょう?ご学友ですよね?いつも一緒にいらっしゃるのを拝見致します」



それでは、と嘘八百を並び立てて千歳の取り巻きの一人に席を押し付けると、始めはいきり立っていた他の女子生徒たちも最後の「いつも一緒にいるほど仲が良いのですね」の捨てセリフに良い気がしたのか、それとも私が下手に出たのが功を成したのか、そそくさとその場を退散することに成功した。




事を荒立てることがなくてほっと胸を撫で下ろして廊下側の前の方の席に座った加奈は、符呪学の担当である赤松が入ってきたのに気がついた。



「符呪学を中等部で受講していると思うが高等部では魔素粒子の結合をしてもらってから魔法陣を自ら描いてもらうつもりだ。向上心のある者にとってこの講義は非常に有意義になるだろう。しかし、努力が見られない者には即退出してもらう。肝に命じるように」


何度も受けているが顔立ちに似た神経質な授業を相変わらずする男だなあと思った。ちなみに先生、そのひょろっこい身体に銀髪眼鏡って狙ってやってんの?



ちなみにシルバーフレームの眼鏡の奥にある赤松の鋭い紫紺の瞳が魔素粒子だけでなく人の心を読めたとしたら、加奈は即刻退出させられていたことだろう。







『寮ー自室』



符呪学が終わって、千歳に捕まるまいとさっさと教室を出た加奈はピークを越えて空いてなくすらするお腹を早く満たす為、寮へと足早に戻った。


ちなみに流石白鳥学園。一人部屋が完備されてるのだ。二人部屋よりも些か手狭だが加奈は十分な広さだと速攻一人部屋を選んだ。


魔力認識による扉の開閉に鍵は必要なく鞄を左肩に掛け直して加奈は右手で扉を触り開いた部屋へと入った。



簡素なキッチンに、手狭な風呂場。それにベッドと机。淡い色のカーテン。1DKの間取りを持つ部屋は、比較的シンプルな色合いで纏められている。



机の上に鞄を置き、軽くシャワーを浴びて加奈は財布片手に部屋を出て寮に併設された食堂へと向かった。白鳥学園には初等部を除き寮住まいが可能で、本棟と寮に食堂が併設されているのだ。


今度は焼き鳥連中に邪魔されず美味しく夕飯が頂けた加奈は部屋へ戻り明日の授業の準備を終わらせると、入学のお祝いに姉から貰った純度の高いルビーを手にとった。



「赤松先生の前でこれやったら地味生活がお陀仏だもんなあ」


少ない魔力しかない者でも、自然界にある魔素粒子を理解し上手く利用することで大きな魔法を行使することができる。上矢田の授業を思い出して、加奈は自分の中にある魔力に集中した。




人を、生かすもの。

生けとし、生きるものが産まれながらにして持つもの。


魔力。それは血に流れる力。





血とともに魔力は巡り循環する。その循環を、瞳で、留める!



かっ、と両目が熱を持って加奈はそのまま瞳を見開いた。その瞳に映るのは、先ほど見ていた景色とは違う世界。魔素粒子が満ちる世界だ。



(早くしないと)



黄の光、赤の光、緑の光が気儘に混ざり合ってシャボン玉のように滑らかに溶け合っては色鮮やかに尾を引いて光芒を描く。青色に光り輝く川の中、金の魚が悠然と水紋を揺らし私の足下を抜けていった。どこまでも深く見えるような闇のくせ、どこまでも深い光の淵。



『力量以上に魔素粒子の世界に長くいると、精神汚染で平衡感覚とか最悪自分の存在すらあやふやになって廃人になるよ』



思い出される姉の忠告に加奈はぐ、と唇を噛み締めて目が回りそうになる景色に耐えた。



素早く右手に持ったルビーを確認して左手で目の前を揺らりゆらりと漂う赤の光をお箸で挟むように引っ張り上げると、人差し指と中指の間に挟まれた光が細い糸のように縮れた。

左手に流した少量の魔力が糸を縮らせているのだ。



赤い光の糸を切らないようにルビーの元まで持っていき人差し指に絡めさせたそれをルビーの表面に触れさせた。あとは、ルビーが元来持つ魔素粒子と結合するのを待つだけだ。



しゅるしゅると全ての赤い光の糸がルビーに入り込んだのを見届けて加奈は瞳に集めていた魔力の循環を一息に解き、膝をついた。



「っはは、きっつ…」



たらたらと止め処なく顎を伝う汗を肩で息をしていた加奈は手で拭った。相変わらず魔力の循環を止められていた心臓はばくばくと忙しなく跳ねているし、足先は痺れで動くのも辛い。


上矢田が言っていた通り、魔力が少ない者は魔素粒子を利用するのがいいと言っても、それは魔法の実践、例えば火の魔法や風の魔法など魔素粒子を視覚化しなくていいものに限られる。



加奈はそのことに気がついてはいたが、魔素粒子の結合化は後々役に立つだろうと思い姉に助力を請い禁書棚を漁った結果がこれなのである。毎日少しずつルビーに貯めたそれをいざというときに使用するために繰り返す。いわば保険なのだ。


五度にも及ぶ学園内での自らの死は、石橋は叩いて渡るのではなく、叩いて爆発させて他人に渡らせ安全性を確認した上で、やはり渡らず自分で新たな石橋を架けるという何とも疑り深い性質を加奈に植え付けた。



「お風呂、入り直そう…」


べたついて張り付いた服と、未だに止まらない汗に加奈は疲れきった声で床に寝転がった。



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