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2時間目

『寮ー自室』


ふと気付くと真新しい制服に身を包み鏡の前に立っていた。どうやらまた死んだらしい。



「あーもー!フラグに近寄らなかったのになんでー!?」


ループしてる事実を認識してから加奈は気味の悪さに打ち震えたがすぐにその気持ちに蓋をして『死亡フラグには近寄らない』と鉄の掟を打ち立てた。


打ち立てる前に、色々と足掻いてみたのだがそれも功をなさなかった苦い記憶がまだ垢のようにこびりついている。



私が死なないためにできただろうことは、第一に学校を辞めること。第二に攻略対象に認識されないことであった。第三に『主人公』か『攻略対象』たちを殺すことの三つだったのだが悉く失敗したのだ。


第一は、記憶を取り戻した三回目の生に学園を辞めたいと親に泣きついたのだが許されず名前を埋めただけの真っ白の答案用紙を毎回提出して強制退学通知を待っていたのだが、逆に攻略対象との距離を縮め急性魔力中毒で死んだのだ。攻略対象の性格を熟知していなかったためのミスだ。


そして第二は、リセットされるとまた同じことの繰り返しにいい加減業を煮やして保健室登校を選んだ。先生たちの視線は段々と厳しくなったが、テストのたびに満点近い点数を維持する私に彼らは何も言わなかった。


まあ、実技担当の長元坊(ちょうげんぼう)には「なにか問題があるなら、俺が相談に乗るから」と言外にいい加減にしろとの意味を含めて言われたけど何とか二年生の進級テストまでこぎつけることができたのだ。


ループからの脱出か!と涙が出るほど嬉しかったのだが、ところがどっこい。学園が崩壊して死んだ。


一体私のあずかり知らぬ所で何が起きたのか謎すぎて、加奈は鏡の前に真新しい制服を着ていた自分が写ったことに舌を噛み切りたくなった。



そして、大本命の『主人公オア攻略対象抹殺計画』だが最初は良心が咎めたせいで中々踏み出せなかった。

しかし彼らのせいで何度も齎される死の経験の蓄積のお陰か非常に殺したくてたまらない黒い感情を持て余してた時、たまたま下を歩いていた攻略対象二人に三階の窓から呪詛の意味を込めて机に書いた『死』の文字を消したカスを投げたのだが、瞬間、反射魔法で引火したカスの炎の威力に私の力では到底無理だと判断して却下した。だから結局私は巻き込まれて死んだのだろう。



第一、第二、第三も意味がないことを実践で理解した加奈は、どうせ何度も死ぬのならその理由は何か見極めようと思った。


そして何度か短いスパンでループを繰り返した先、重大なことにようやっと気づいたのだ。


『攻略対象』の巣窟である白鳥学園の独立組織『ネスト』と『彼女』が接点を持ち始めることで学園内で事件が勃発すること。


そして、どうやら白鳥学園は彼女のためにあるらしい。











『講義室ー魔法理論学』



攻略対象が属する組織ネストはそのまま鳥の巣を意味しているのか、または彼らの名から頓知を聞かせてそういう名前にしたかは知らないが、兎にも角にも攻略対象は名前に鳥の名前冠していた。



そんなことをぼんやりと考えながら席に座って教科書を開いていると、突如廊下が騒がしくなって加奈は溜息をついた。



「(うっせーな糞が)」



もともと白鳥学園は貴族や有名士族など所謂高級エリートが集まる格式高い魔法学園であるため庶民出の加奈は汚い言葉を使わないように気をつけていた。


しかし何度も死ぬと度胸が付く上に色々とやってられないことばかりで、加奈はみるみるうちにそのような言葉の使用に躊躇うことはなくなった。


きゅ、と深い皺が眉根に刻まれると同時に隣に座っていた加奈の長年の顔見知りーといってもリセットされた分を全て足した年月ーである杉宮千歳がほぅっと息をついた。



「シギさまがいらっしゃったみたいね」


「へー」


「相変わらず加奈さんは興味がないようですわね」


最初の頃はそれはもう「顔良し・魔力多し・家柄良し」の彼らが輝いてみえてきゅんきゅんしたけど最早私の中で奴らは人間から焼き鳥以下になっている。焼き鳥以下になんか興味ないわ。自分の事を棚に上げて申し訳ないけど。


頬杖をつきながらおざなりに返答する私に千歳が、ころころと笑うのだが寧ろ何故ネストの化け物にきゃあきゃあ騒がなきゃならないのかがわからない。



千歳がさっき言ったシギというのは

ネストの構成員でもある一年、磯鷸(いそしぎ) (りょう)のことだ。私がいつか焼き鳥にして焦がした挙句食べもせず生ゴミの中に捨ててやろうと画策してるうちの一人なのだが、何度ループしても腑に落ちないが



「千歳がネストに興味があるっていうのが不思議」


なのである。訝しげな私の視線を受け止める千歳は、「あら、そう見えまして?」と切れ長の瞳を一度瞬かせてから首を傾げた。


すっと通った鼻筋に透けるような白い肌は所謂日本美人の代表格で、頭の天辺に結われた綺麗な黒髪が肩でサラリと揺れる。弓道、茶道、華道などの造詣に深く、なにせこの滲み出るような奥ゆかしさ。流石は白鳥学園に小学部から通う由緒正しい家柄なだけはある。


不思議そうに首を傾げたままの千歳に加奈は開いていた教科書をぱたんと閉じると、千歳が慌てて空いた距離を詰めた。



「あらやだ加奈さん、怒らないで?」


「怒ってないし、近すぎ」


「いけず、ですわ」


詰められた分の距離を開けるため少し左にずれると千歳が唇を尖らせたが加奈は気に留めない。

むしろなんで中学みたいに一個一個机と椅子にしてくれないんだろと無駄な愚痴を心の中で呟いた。


一列一列カウンターのような構造の教室はまるで姉に付いて行ったウェルズ魔法器具専門大学の講義室のようで、毎回自由に席を選べるようになっていた。其のため、加奈は目立たないように隅に座るのだが千歳が目敏く近寄ってくるのも毎回のことだった。



千歳のことは嫌いではないが、保健室登校時代だった一年を経験すると寧ろこういう友人関係というのが酷く煩わしく感じてしまうのだ。それにどうせ死んでリセットされてしまえば千歳との間に積み上げたものも同時にリセットされてしまう。



打ち解けた千歳が「二人の秘密ですわ」と教えてくれた家族のことも、一緒に過ごした思い出もなかったことにされてしまうのだ。


こっちは交わした約束も覚えているのに。「はじめまして」からスタートしなければならないことがどうしても不毛な関係に見えて。



(それならいっそのことさ)



どうせまた最初からやりなおさなければならない。遣る瀬無さや切なさに。それならば、と。始めから深い関わりを持たなければ良いと考えたのだ。





女子グループを敵に回す覚悟で淡白な対応ばかりしていたのだが千歳が離れることはなかったため、加奈はこの友人でもなく知り合いでもない薄ぼんやりとした関係を続けているのだ。



「ねえ、加奈さん」


ネストの誰かが乗っててその馬車が爆発すれば良いのにと恐ろしいことを考えながら送迎の馬車の列を眺めていたせいか、鼓膜を震わせた千歳の甘さを含んだ声に直ぐには気がつかなかった。


しかし、はっとなって横を向いたのだが時は既に遅く千歳は他の子に呼ばれたのか講義室を出て行った所だった。



加奈はその背をぼんやり見送って閉じた教科書をおもむろに開いた。探すように一枚一枚ページをめくったけれど、新品な教科書にはたったの一つも落書きや書き込みのあとはなくて。


講義室入ってきた教師の上矢田に授業の開始を報せる鐘を静かに待った。








「であるから、魔法は理論を理解することに始まるのです」


上矢田は女性では珍しい短い髪を揺らして風の魔法を掌に構築してみせた。入学式を終えて三回目の座学の授業だったが漏れる欠伸を噛み締めてペンを握っていた。


流石に通算六回目にもなると上矢田の実践を用いた初めの理論学に面白みを感じなくなってしまうのだ。


時々生徒が質問をしたり上矢田の話が脱線すると今までに聞いたことのない話にも繋がるのだが、ほぼ大筋はぶれることはない。



覚えてるから書く必要ないんだけどなあ。と、隣を陣取って授業を真剣に聞いている千歳の手元を盗み見ると、要点が綺麗にまとまって書かれていた。



(つまり、あれくらい書かなきゃ『勘違い』されるってことか)


書きたくないけど書かなければ、『授業を受けるまでもない頭脳を持ついけすかない奴』、それとも『おつむが弱い所詮は庶民』と思われる。


どちらにせよ目をつけられ詰られるのには変わんないけど。加奈は死んだ経験の中であらゆる可能性を削ぎ落とすことで必死だった。流石に何度も死にたくないからだ。いい意味でも、悪い意味でも。



そこで加奈は白いノートを埋めるため適当に上矢田がホワイトボードに浮かべて行く文字を書き写して最後に吹き出しで囲った。


『少ない魔力しかない者でも、自然界にある魔素粒子を理解し上手く利用することで大きな魔法を行使することができる』と。



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