①準備
清掃屋さんは、いつも人手が足りない。
まぁ、もっともっと人手不足の業界はあると思う。
でも現に、亮子のいる職場は、人手不足だ。
大手の清掃会社とはいえ、
そこそこ時給も良いとはいえ
…人手がなければ負担は大きい。
今、亮子が勤めている現場は、
大手のショッピングセンターだ。
24H営業ではないものの、
23時まで営業している。
朝は9時オープン。
したがって、23時から9時までに、
巨大な共用部分の清掃が任されている。
「え?今日も田中さん休み?」
清掃用の制服に着替えながら亮子はチーフである
幸江に聞いた。
「そうなのよ、お子さんが具合悪いんだって」
「昼間のうちに連絡くれれば、誰か頼めたんだけど。」
22時からの清掃で、今から出て来てと言って、
おいそれと出てこれる人は少ない。
亮子だって本当は日勤の清掃なのだが、
人手がなくて、二交替でシフトも穴埋めをしている。
「お願い、今日2シフト…ううん1.5シフトやってくれない?」
「仕方ないですよね。」
本来なら残業して、穴埋めをしないといけないはずだが、
いかんせん「働き方改革」とやらで、
できるだけ「残業」をさせないという会社の方針。
現場の事情が届くには、
温度差がありすぎるのだなといつも思う。
田中さんが休めば休むほど
残業が加算してしまい、怒られるのはチーフだ。
休憩を半分削ってまで帳尻を合わせているなんて、
会社は認めないだろう。
『働きやすい職場』は
誰かにとっては『負担の増える職場』にもなりかねないのだ。
「よ、亮タン、難しい顔してると皺になるぜ」
お調子ものの、木村が肩をポンと叩く。
今じゃこの肩たたきという、
コミュニケーションツール?すら
コンプライアンス案件になってしまうご時世。
木村はさっさと、作業準備に向かう。
「おはようございます」
若手の男性 宮入がのっそり入って来た。
やっと挨拶ができるようになった彼は、
熊のような図体の割に小心者だ。
おばちゃま達の餌食になりやすい。
夜間の清掃メンバーは、それぞれが何かを抱えている。
もちろんWワークの人もいる。
そういう自分もそうなので何も言わないが、
ロッカーの前でモタモタと着替えている、
久美子にイラっとして声をかけた。
「久美ちゃん、今日
田中さん休みだから急いで準備して行くよ」
「あ、はい。」
久美子は何をやるにも遅い。
そう見えているが仕事はバカ丁寧だ。
だから綺麗に仕上がるのだが…時間に追われる。
そして焦って ますます遅くなる。
…小さな息を吐き出す。
…うまく彼女をノセて動かさないと、
仕事が終わらないわ。
「モップよし、タオル、洗剤、ダスターよし。
消毒も持った!」
久美子が指さし確認をしている。
「ハンディクリーナーのバッテリーは予備持ってね。」
「あ!!はい。」
…何かを忘れるのは人の性…とは言え
毎日ともなると自分でも嫌になる。
ビルメンカートを各々押しながら
久美子とトイレに向かう。
「久美ちゃん 一気にやっつけちゃお!
田中さんの分もやらないとだからね!」
にっこり笑って久美子に発破をかける。
「はい!」
亮子がカートままトイレ入る。
除塵用ワイパーを持ち上げる。
すると、
個室の奥から
ため息が聞こえる。
『……また来たか。』
亮子だけが足を止める。
「……え?」
久美子は振り返る。
「どうしました?」
「……今、誰かいた?」
久美子は首を振り洗面台を磨き出す。
「誰もいませんよ。」
そして個室の奥から、
もう一度…。
『恋って、難しいなぁ……。』




