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第3話:野苺の森

チャポチャポという注ぐような小川のせせらぎ、陽の光が木漏れ日として頭上から降りそそぎ、小鳥の飛び立つ音は心地のいい環境音となる。そんな時にぬるく温かい風が本のページを捲り上げるように木の葉を揺らした。


「本当に何もないな。木ばっかり」


不士はこの人気のない豊かな森の中に立っていた。カミルが街に降りていく時、ちょうど一緒においでと言われたので家から出ると、目の前の森も私の家のようなものだから、ぜひ歩き回ってみたらいいと、彼は気晴らしのためのやることを見つけてくれたのだった。


「本当にこんな中で育ててるのか?」


カミルはこうも付け加えた。この横の小道をまっすぐ進むと、私が育てている野いちごの群生地がある。たどり着いたらぜひみてみて欲しい。自慢のイチゴなのだと。

つまり不士のとりあえずの目的は、この山を歩きながら野いちご畑を見つけることで、日の当たる範囲が小さなこの森では、その場所はおそらく日のよく当たる開けた場所になっているだろうと思われた。

ザクザクと土を踏み締め、すこし湿った道を歩く。緩やかな上り坂を登って、平坦で何の変哲もない森の道を進む。とりあえずこのまままっすぐ進むだけだろうと思った矢先、突如聞こえた蠢く音に、思わずびくりと過剰に反応した。

目の前の低木が揺れたと思えば、中からウサギが飛び出したのだ。もしこのウサギがただのウサギであったのなら、不士はきっとそれ以上に驚くことはなかっただろう。そのウサギの額には、見慣れぬトゲ、針、そのように形容したくなるツノが生えている。そのツノはウサギの頭蓋と同じか、少し短いくらいの長さで、少し頭が重そうに見える。ただウサギは、不士の存在に気づくや否や、一目散に森の奥へと消えていった。

なるほど、警戒心が強い生き物らしい。そう今見た生き物を考えれば、この場所が異世界的な何かなのだと強く現実的に感じられた。

…そうこうしているうちに、森の先が途切れ、光が満ちているところが道の先に見えた。


「やっとか」


とは、本音の感想が言葉になってそのまま反射のように出たものであった。

ちょうど森の切れ目に差し掛かるところ、溢れ出した陽光の降り注ぐ先は腰ほどの高さの低木がずらっと生えていて、それはある程度規則的に列となって並んでいた。林間を丸く型どった光の差し込むここは、森全体の鬱蒼とした木漏れ日を待つ受動的な場所と異なり、陽光に自ら飛び込むようなハツラツとした積極的な力を持っているように感じる。


「空が広いな」


雄大で、明るくて、何の変哲もない空。それをどう感じるかはそれぞれだが、今の何のしがらみも未来もよくわからない、何もない自分には、それがとても心地よく感じられた。何を重く思っていたのか、ただ空があると言うことにすごく安心した。

立ち止まった足をいちご畑の中へと進めて、チクチクとした葉っぱが進んでいく足に当たって合唱を始めた。

鳥はさえずれば美しい音色になって、世界に感じられる最も美しいものが自分を満たしているのがわかる。

真ん中へ向かって迷わず歩みを進めていくと、ちょうどその畑の真ん中にあたる場所に、ぽっかりと木の植えていない芝生があった。そこに不士は座り込む。穏やかな春の風がゆっくりと流れて、穏やかな暖かさに背中が熱を帯びてくる。


「なんでここに来たんだ。」


「…どうして、おれが?」


自問自答は何の意味もない自然を前にして回答をよこさなかった。

自然とは常に"そこにある"存在だ。誰かが意味を与えても、それはあくまでその人の中での価値でしかない。ならば、自分をそこから切り離して何か意味を与えるのなら、それは自分自身によって行われることだ。

自然が常に存在するだけであるように、自分だって常にそこにあるだけなのだ。この広大な緑の中では自分という異物すらこの自然の一部であってもおかしくはないのだろうから。

だから何故ここにいるのかは、自分で見つけようと探しに行かなければ見つけられないものである。


「どこに、行こうか。」


時間も、しがらみも、あるいは関係もないこの世界ならば、自分が探すべきものはいくらでも探しに行ける。


「ひとまずは、街に行くのが先決か。」


カミルが今日向かった街、この丘の麓にあるらしいそれはどんな街なのだろうか。どんな人たちがいるのだろうか。どんな文化や出会いが待ち受けているのだろうか。

そう考えれば、不安と好奇心が何者にも縛られずドッと胸に押し寄せる。

不士はゆっくりと立ち上がる。その時、後ろで歩き音が聞こえた。


「フジ!場所はわかったみたいだね!」


「カミル!おかえり!早かったな。」


不士は畑の外へ歩みを進めるが、カミルが何かに気づいたように、それを制止する。


「フジ、この果物は見たことがある?食べたことは?」


「あー、ラズベリーだっけ?あんまり食べないかな」


「よかった。ぜひ食べてみてくれ。」


「食べるって、これとって良いのか?」


ウンウンと頷くカミルに促されて、赤いような黒いような可愛らしい実に手を伸ばす。


「いてっ、トゲが生えてんな。」


「そうそう、初めてだとわかりづらいよね。でもたぶん、一度やれたらあとは簡単だよ。」


そういってカミルが不士の横にしゃがみ、手本を見せる。

身を優しく手で包むように持ち、クッと手前に引くとポロリと実が落ちた。


「どうだい?可愛らしい実だろう?」


不士も真似してとってみる。実だけを優しく持ち、引く。ポロリと実が落ち、コロコロと土の上に転がった。


「うわっ、ほんとに簡単に取れるな。」


「だろう?でもこれは熟れた実だからね。もう半分はすでに取ってあるから、そろそろ残りを収穫しようと思っていたんだ。」


カミルの足元には、よくみると植物を編んで作ったようなカゴがあった。なるほど、だから早くここに来たのかと納得する。


「まぁそれは一旦はいい。なによりぜひ食べてみてくれ。」


「あぁ、ありがたくいただく。」


手に持ったいちごの身を、指で摘んで口に運ぶ。小さな実はコロコロとした口当たりだった。

グッと噛み潰したそれは自然で軽い甘さと強烈なまでの酸味で、鼻を抜けた強い甘い香りは、爽やかになってよく口に残った。


「おいしい。すっげぇ酸っぱい。」


「ははは、そうだね!すごい酸っぱいんだ。」


「あぁ、すげぇうまい。」


「私もそう思うよ。」


さーてと言ってカミルは立ち上がり、いちごの収穫の準備を始めるのだった。

この日の夕飯はイチゴで味付けした肉料理だった。

今まで食べたものの中で一番美味しかったと思う。

第2話の続きで、街に行く前の話です。次回はついに街に行きます。ぜひ一緒に街へ訪れてくださいね。

第2話は非常にたくさんの方に見ていただいて嬉しかったです。これからもこの世界をもっと魅力的にしていきます。ぜひ楽しんでいってください!

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― 新着の感想 ―
3話お疲れ様です。風景や生き物の描写がとても詳細で相変わらず目の前に浮かんでくるような表現に感動します。次の話での街での描写も楽しみにしてきます。がんばってください。
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