仮入団
ほんの10分ほどの小休憩であった。
暗い扉は開かれて風のない開放が訪れる。ジャスタスとディートマーが待ち侘びた時間だった。腰掛けた冷たい廊下の壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。ディートマーは壁にもたれたまま目を開いた。
軽快な革靴の音が地下に響き、不士はジャスタスと無言の挨拶をかわして、そして二人の間に後ろを振り返る。
三人が揃い踏みしたところ、その視線の先にアウモニアがその絹のような長髪を結いながら、ゆっくりと歩いて出た。その肩にはベルトに吊り下げられたレイピアが掛けられていた。
「待たせたな。いや、ちょうどいい休憩になったか?」
「とんでもない。今か今かと待たされたもので、気の使いすぎで疲れてしまいましたよ。」
「くだらんな。実にくだらん。まぁ今日は気を張ることもないか。皆、表に出るぞ。」
自分から仕掛けた問答に乱雑な切り上げをおこなったアウモニアの注意は、今や地上にあった。
その歩みに導かれるように、三人は地上階へと上がる階段を登る。ディートマーと不士がなんとかなったなと健闘を讃えあっている間に、ジャスタスは改めて尋ねた。
「不士はどうでした?」
「どうもないさ。元々な。」
アウモニアの回答は一見興味なさげにも取れるような文言だったが、その実かなり満足していることをジャスタスははっきり汲み取った。アウモニアの足取りは軽い。それで一体どこに向かっているのか、フジが疑問を呈さないあたり、おそらく中ですでに話し合ったのであろう。
アウモニアに案内され、三人は入ってきた正面入り口とは逆の裏口から外へ出た。湿った匂いの石階段が二、三段と続いてすぐ、そこは裏庭だった。海風の抜ける緑地が、建物と建物とに囲まれて、一つの公園のようになっている。しかし、それはよく手入れされた貴族の庭園のようなものではない。単に芝生と植木があるだけの、極端に質素な、無駄がない作りだった。
アウモニアがこの庭に降り、朝霜の湿度が残る芝生を進んで、三人から4〜5mほど先にある植木のそばで立ち止まって振り返る。
その目はただ一点、不士の瞳を見つめる。
腰に下げた細身の刃が抜かれると、そのレイピアの剣先はブレることなく静かに真っ直ぐ不士に向けられた。
ジャスタスとディートマーは何か言おうとしてお互いに顔を見合わせたが、不士が何の迷いもなく階段を降り、ファルシオンを抜き放ったのを見て、ジャスタスが我慢できなくなった。
「おい!何の説明もなしか?これは一体何の遊びなんです?副団長!」
「俺も聞きたいですね。入れるという話ではなかったので?」
アウモニアがしまったというような顔をしたのだが、これは説明を忘れていたのに気づいたためであった。不士も何やら少し不思議そうな顔をしてアウモニアを見た。彼女のレイピアの先はしぶしぶと地面に向けて下ろされる。
「何も言っていなかったか?私も不士の実力を見てみたくてな…勘違いするなよ!信用できんという話ではない!」
「なるほど、副団長も慎重なお方だ。きっといまだに疑心暗鬼な部分が残っておられるのだ。」
「からかうなよ全く…。」
ジャスタスはしたり顔で落ち着きを取り戻したように見えたが、それは単にジョークによってアイスブレイクをしたにすぎなかった。
「それで?結局なぜこうなってるんです?」
ジャスタスが頷く。ディートマーの援護射撃は間隙に共通意識を共有した。いまや二人はまるで不士の保護者のようにすら見えるが、アウモニアはあえてそれを指摘しなかった。わざわざその優しさを傷つけてやる理由もないからだ。
「ヴィトルトと同じことをな。剣で語るものがどんなものか、人となりが気になるくらいには面白いんだよ。」
二人の男たちは疑心暗鬼な目線を止めなかったが、不士は準備万端の構えだった。アウモニアもまた話し終わってそれほど間を置かず、再び剣を振り、お互いが距離と剣の重みとを強く感じた。
「さて、そういうことなら見ものだな。」
「副団長もなんだかんだと言って変わったところがあるからな。」
構えをほぼ静止し、狙いが絞られる。海風はこの間も絶え間なく中庭の草を揺らしていたが、二人の間を遮るものは何もない。3度目の大きな風の波が不士を抜けたとき、追い風に乗った突撃は剣よりも先に体が突出して、銀色の刀身はその後に続いて上段から振り下ろされた。
先手を仕掛けたファルシオンの幅広な刃が、重く痛烈な一撃を浴びせようと降り注いだ。
不士の初動の歩みは明らかにレイピアの射程の外から始まっていたが、このとき進み続けた体はついにレイピアの射程圏内となった、そして彼はそれを分かった上で止まらなかった。
アウモニアのレイピアは根本、リカッソの近くまで刃を待ってから横へ逸れた。このときアウモニアの足は最低限の位置変えで不士に対する表面積を最小とし、加えて剣の軌道からも少しズレる形となった。
完璧な回避の前にファルシオンは衝突先を見失って地面まで空を切った。
完全な、無駄のないカウンターだった。白い少女の髪が靡き、踏み込みが反撃を予感させる。そしてその予感が不士の危機感知に入るよりも早く、最速の前進が始まる。
アウモニアの軽い一撃が、その鋭い剣先を突きつけ、敗北を教え込むための一撃は…
剣と剣がぶつかり合い、激しい閃光が飛び散る。ファルシオンの狭いガードを意地で手前に手繰り寄せ、レイピアの剣戟を捌いたのだ。
苦しげに目を細めた不士の右足は突きに応じるように後ろに下がろうとする上半身を支える。意思は足が支えてくれる。ガードに当てたまま滑らすようにファルシオンでレイピアを薙ぐ。
「今のはやばかった。」
「悪くないじゃないか。下手くそなりに意地で粘るのは好きな部類だぞ!」
振り払ったファルシオンの体の左に向いた刃先を、そのまま真後ろに向くまで引き、再びやってきた大きな風が体の横を抜け、髪を靡かせたのと同じ時、横薙ぎに大振りの斬撃を放つ。じわりと滲む冷や汗が、先ほどの命の危機に対する体の応答は反撃の意思が結ばれるその時になってようやく出てきたようだった。
「おおぉっ!!!」
斬撃が、不士の腕に加えられた全力のエネルギーが、そのまま剣先まで伝わる、目一杯、力一杯の攻撃。
アウモニアは払われた剣を自らの目前に、胸の前で天に向けて構える。攻撃を全く予感させない、違和感を大いに含んだ、祈るような構えだった。
捉えたと確信した不士の攻撃は、そのまま空を切った。
目の前にいたはずの少女はどこか。いや、分かっている。その斬撃が迫る中、寸分の差で残像が刃の下を潜った。もしアウモニアが人並み超えた動体視力を持っているのなら、彼女の目には眼前を通るファルシオンが鏡のように自身の顔を写しただろう。軽くて素早い羽根のような後ろに倒れ込むように滑り込ませた左足が不士の足に並ぶほど奥にあり、左手が地面を支えると、その地面を背にするほどの底位置から右手のレイピアが突き上げられた。
残酷なほどの結末は、予感した下からの衝撃に対し、不士の無防備な眼前を通り抜けたレイピアの刃が、どこに当てるでもなく警告としてその剣先を天に向けたまま不動となって決着を知らせた。
「私の勝ちだな。傷一つない勝利だ。」
「…参りました。」
そこにはもはや意思があろうとなかろうと、抵抗も反論の余地もない敗北が突きつけられたのだった…
…しばらくして四人があらためて中庭に会す。アウモニアの結論を聞くために。
「副団長、傷ひとつないとは自慢ですか?」
ただし待ちきれず話し始めたのはお調子者の方であった。
「…当たり前だ。こんなに華奢なか弱い女性なんだぞ、私は。偉そうにもするさ。」
「ほう、それは興味深い。副団長は"華奢でか弱い女性"であったのですか。」
「なんだディートマー、いつからか貴様もお喋りくんの仲間入りをしたようだな。」
「…とりあえず結果を聞いてもいいですか?」
待ちきれないのは不士も同じことであった。仕方ないなと言いながらアウモニアは腰に手を当てた。
「まぁ、とりあえず十分かな。不士、君が必死でやっているというのは私にもわかった。これから強くなっていくことを期待して、私も正式に入団を認めたい。ジャスタスとディートマーはあとで不士の入団手続きをして、あとはギルドを案内しろ。」
「ありがとうございます!」
ディートマーとジャスタスがアウモニアに返事するよりも早く、待ちきれなかったのは不士だった。一歩遅れて後ろの二人が一礼を携えて了承を述べると、アウモニアは左手を振ってさっさと立ち去ろうとした。さながら自分の仕事は終わったと言いたげなものであったが、そのぶっきらぼうが、彼女の幼さでもあった。
「副団長」
呼び止めたのはジャスタスだった。
「なんだ?」
呼び止められて流石に止まらないわけにもいかないので、アウモニアは逃げ足を止めて振り返る。
「ありがとうございます。恩に着ます。」
「…。」
アウモニアはすぐに言葉を返さなかった。正確にはあれこれ言おうとしていたが、明確な言葉が浮かばないようだった。「少し待て」と呟いて右手で顎を摩り、何かを思案する。そして向き直るといつも通りの感情の読み取れない瞳でジャスタスを見る。
「これからはお前が頑張る道だ。そして不士次第でもある。それが成ってから礼は受け取ろう。」
言葉は非常に淡々とした口調で語られたが、その内面的な優しさを感じない者はいなかった。「じゃあな」と言ってアウモニアが立ち去ろうとしたのを不士が勿体なさそうに見たのをディートマーが止めた。アウモニアは見かねて「私は運動不足なんだ」と呟いて静かに戻っていった。
「あれが副団長なんですね。」
「どう映った。あの人は。」
「優しい人ですね。とても」
「あの人は強く見せようとこそしているが、本質的には賢いだけの善人だ。団長もそうだが、基本的にお人好しなのさ。」
ディートマーの言葉に不士は耳を傾けて聞いていたが、ジャスタスは小笑いでそれに小言を挟んだ。
「ではディートマーはどうなんだ?お人好しじゃないのか?」
当然ディートマーは余計なことを言ってくれたなと少し苦い顔になったが、咳払いをして「俺もコイツも同じようだな」と返した。
「じゃあ行こうか、不士。ギルドを案内してやる。」
ジャスタスの言葉に続いて二人もギルドに戻っていった。
10月の涼しい時期になりましたね。お前はこれまで何してたんだって話ですが、やはりゆっくり作品作りは続けておりました。ただ、10月に準える訳ではないですが、第10話の出来に不満があり、これをいかに直そうかとか、第2話以降の話の推敲、別の小説プロジェクトの設定など、色々やることがありつつなので多くの時間をいただきましたね。いつか不士がたどり着く先を見て、まだまだ時間がかかりそうだと再確認することとなりました…
そんなわけですが第11話です。楽しんでいただけましたか?何かあればご感想やXのDMなどで教えてくださいね♪




