第三章 義人……その1
この春に入学した中学校で、新しい友達が出来た。
小学校からの仲間と中学での新しい友達が合流したグループに、違う小学校出身で同じクラスの義人がいた。
義人はとにかく陽気、というか騒々しい奴だった。
授業中も休み時間も、掃除の時間でさえ、ずっと誰彼構わず何かの話題を振っては騒いでいた。
その場にいる者の共通の話題か相手の興味を惹く話ならよいのだが、一方的に彼の関心ごとのみを押し付けるように話すので、相手は反応に困って無視したり拒絶したりして、浮いた存在になっていた。
お調子者でもあった彼は、多くのクラスメイトたちに入学早々距離を置かれるようになった。
ただ、根は悪いやつではなさそうで、次々と湧いてくる話題の豊富さや、よく聞くとなかなか面白いことを言っていたので、そんな義人を僕は憎からず思っていた。
とある土曜日の昼過ぎ、僕はノートの切れ端に書かれた雑な地図を片手に、初めて義人の家へ遊びに行った。
エレベーターがある洒落た四階建てマンションの一室の呼び鈴を鳴らすと、義人が迎え入れてくれた。
お邪魔しまぁす、と声を掛け部屋へ入るとリビングへ案内され、勧められたソファに座った。
しばらくすると隣接した部屋の扉が開いて、まだ眠そうにした女性が現れた。
えっ、お姉さん? もしかしてお母さん? と瞬時に判別できない外見の女性は、壁にかかった時計を見ると義人に向かってこう聞いた。
「あんた学校は?」
「今日は半ドンだよ、母ちゃん」
母ちゃん、ということはこの女の人は義人のお母さんなのか……。
自分の母親よりもずっと若く見える義人の母親は、「いらっしゃい、何か食べる?」と尋ねてくれたが、「あのっ、昼は……、家で、あの……、食べて……、きましたので」と、なぜか返事をするのに緊張してしまった。
義人の部屋へ行って、制作中だというオートバイのプラモデルを見せてもらっていると、おばさんが部屋の扉を三回ノックしてから部屋へ入ってきて、「リンゴ剥いたから食べて」と、リンゴの皮がうさぎの耳のようにピョンと立った、リンゴうさぎを盛りつけたお皿を勉強机の上に置いた。
おばさんは赤いマニキュアをしていて、マニキュアをした爪を初めて見た僕は、指先の赤とリンゴの赤を交互に見たりして落ち着かなかった。
義人には兄弟はおらず、母親と二人で暮らしていた。
義人と母親との関係は良好で、傍から見ると年の離れた姉弟のようにも見えた。
おばさんは夜のお店で働いていて、夕方に出勤して未明に帰宅しているようだった。
その間、義人は一人で過ごしており、利口にお留守番という年齢でもなくなっていた彼は、近頃ではちょくちょく夜の街に出歩いてはゲームセンターやレイトショーのある映画館なんかで時間を潰すこともあるようだ。
一緒に遊んだ日には「まだいいだろ? まだ帰るなよ……」と僕を夜遅くまで引き留めることもあった。
そして、小学生から中学生になったという環境の変化は、年齢は一つしか上がっていないのに急に大人に近づいたような気にさせた。
いわゆるティーンエイジャーとなった僕たちは、これといった悪さをするでもなくブラブラと夜の街を二人で出歩くようになった。




