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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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20/23

第二章 理香……その10

 冬が近づいてきて、僕の受験勉強も少しは余裕が出てきていて、後回しにしていた分野のプリントに手を付けていた。

「えっと、アブラナの花のつくりは、っと」

「それは図を見て丸暗記するしかないわね」

「がく、花弁、おしべ、めしべ、やく、柱頭、子房、胚珠、っと」

ふと、僕の頭に単純な疑問がよぎった。

「花って雄の花と雌の花って別れてる単性花と、雌雄同体の両性花があるけど、どうして繁殖の方法って色々あるのかな?」

「なに? 急にどうしたの?」

「人間も男と女って別れてるだろ? どうして繁殖するのに殆どの生き物がわざわざオスとメスなんだろうってね」

「さぁ? 高校行ったらそのうち習うんじゃない?」

「なんかさ、テレビの動物番組なんかでも、オスとメスで姿とか大きさとかがちがうだろ? オスならライオンのたてがみが立派になるとか孔雀の羽が大きく奇麗になるとかさ」

「異性へのアピールってやつ? 自分を見てちょうだい、って」

「どうして性別で姿かたちが違うようにできているんだろう?」

「遺伝子とかで決まってるとかじゃないの? 繁殖できるように」

「繁殖期ってどういうキッカケでなるんだろうね?」

「異性を見てドキドキしたりとかじゃないの? アンタは女の子と一緒にいてドキドキとかしたことないの?」

「ドキドキ? 女の子といてドキドキか……」

そもそもドキドキするってなんだろう? と考え込んでしまった。

小説や漫画、テレビドラマなんかでそれっぽい描写を見たりしてなんとなくわかっていたが、共感できるほど自分の中で消化はできなかった。

ただ、意識の外で起こる不思議な感覚であろうことは理解していた。

少し記憶を辿ってみると、一度だけ女の人の指先を見て不思議な感覚を覚えたことを思い出した。

「あるよ、ある。それをドキドキと言うのかはわからないけどね」

「えっ? あっ、あるんだ……、アンタでもそんなこと……」

理香は少し驚いたような顔をしたかと思うと、微笑を浮かべうつむき加減で聞きなれない言葉をボソッと発した。

「まったくの朴念仁ってわけじゃないわけね」

「えっ? なんだって?」

「朴念仁って言ったのよ」

「ボクネンジン? ボクネン人ってナニ? どこのひと?」

「いいのよッ、分かんないなら分かんないでッ」

理香は立ち上がり、おなかを抱えて笑いながら「ほらぁ、集中して、集中!」とプリントの設問を指差した。

僕は理香の様子に戸惑いながらも、促されるまま次の問題に向かった。

そのあと理香が僕に向けて言った「ボクネンジン」という意味をあとで国語辞典で調べようと思ったが、すぐになんという言葉だったのかを忘れてしまって、結局わからず仕舞いだった。

「同じ高校に合格したら、イイモノあげるね」

そう言って彼女は僕の受験勉強にずっと付き合ってくれた。


 年が明けたある日、日直だった僕は黒板を消していた。

この頃の授業は受験前の大詰めで、先生も自然と熱が入り黒板の隅から隅まで使っていた。

背の低い僕は、上の方の板書に届かないのでイスに乗って消していた。

同じく日直だった理香が、上の方は消しておくから下の方をお願い、と言った。

「こういうとき背が低いと不便だな」

僕がそうポツリと呟くと、理香は同じくポツリと言った。

「アタシと替わりたい?」

「いや、このままでいい」

「そうね、アタシもこのままでいい」

板書をすべて消し終わって黒板消しの清掃をしようと思ったが、黒板消しクリーナーが音ばかりで全く役に立たないので、仕方なく僕と理香はそれぞれ窓の外に両手を伸ばして黒板消し同士を合わせるようにパンパンと叩いた。

手の長さが違うせいなのか、僕だけがチョークの粉を浴びた。

理香はその様子を見て吹き出してしまった。

廊下の水道で手を洗っている間も笑い転げていた理香は、ゴメンゴメンと謝りながら、叩いても取れないチョークの粉を濡らしたハンカチで拭いてくれた。

ゆっくりと、そして忙しなく、中学三年生の残り時間は過ぎていった。

こうして僕たちはそれぞれに高校受験を迎え、入試の合否発表の前に卒業式を迎えた。

仲の良かったみんなと写真を撮ろうとなって、理香と僕も加わった。

五、六人が一緒になっておのおのポーズを決める中、理香はしゃがんだり膝に手をおいて中腰で納まっていた。

去年のバレンタイン以来ひさしぶりに話す聡子が、僕と理香が二人で並んでいるところを撮りたい、といった。

理香は僕の左隣に並んで中腰になりかけたが、直ぐに背筋をピンと伸ばして胸を張り、僕の左肩に右手を置いて笑った。

この時から、理香はまた胸を張って堂々と歩くようになった、とあとになって聡子から聞いた。


 追い込み勉強の甲斐あって、なんとか理香や皆と同じ高校に合格した。

新しい友達が出来たりして、これから始まる高校生活への期待で胸が膨らんだ。

理香とは初めて違うクラスになった。

高校はクラスも多く、広い校内では理香とばったり、なんてこともほとんどなくなってしまった。

夏休みにはアルバイトをして、オートバイの頭金と免許を取るための費用を稼ごうなんて計画を立てた。

そして、夏休みのアルバイトで手にしたお金やその時の経験は僕の世界を少なからず変化させ、せっかく入った高校に二学期から行かなくなってしまった。

オートバイとアルバイトに夢中になっていた僕は、クリスマス前には留年が確定しましたと、親の呼び出しと共に休学させられた。

年が明け、アルバイト先に高校の友達が会いに来てくれたりして励まされていた僕は、春から学校に復学する気でいた。

 二月のある土曜日の昼下がり、アルバイトしていた中華料理店の店先でゴミ出しをしていた。

「ちょっとアンタ、なにやってんのよ」

後ろから声がして、振り返ると久しぶりに会う制服姿の理香だった。

「いや……、なに、って仕事だけど?」

「違うわよ、学校のことよ」

「えっ、あ、うん……、なんか、ゴメンね」

僕は理香に、受験勉強を手伝ってくれたのに、こんなことになってしまって、と詫びた。

「アンタなに? すっかり不良少年が板についてるじゃない。もう学校来ないつもりなの?」

「留年したけど、四月からまた高校に戻るから」

「そう。じゃぁ、また学校で会えるわけね」

すると理香は、キレイにラッピングされた小さな赤い箱を手渡してきた。

「はいコレ、約束したでしょ。ホワイトデー、忘れないでよね」

そう言い残して、制服姿の理香は小走りで駆けていった。

繁華街の人込みをかき分けて去っていく理香の後姿を、髪が結構伸びていたな、くせっ毛が自然なウェーブになってよく似合っていたな、と、しばらく目で追っていた。

そして、受験のための課題プリントをやっていた時に言っていたイイモノって、バレンタインチョコのことだったのか、と思い出していた。

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