電話とデートの誘い
***
『凛くん!! 今日美帆ちゃんといろいろしゃべったよ!』
新着メッセージの通知音で、僕は浅い眠りから目を覚ました。
バイトが終わって、帰宅してから晩御飯までまだ時間があったから横になっていたら、意識が飛ぶ寸前になっていた。
なんか懐かしい夢を見ていたような気もするけど、覚醒した今、全く思い出せない。
遥陽には、僕がお願いしたときは変なスタンプで返されたけど、ちゃんと聞いてくれたみたいだった。お礼しとかないと。
「美帆……か」
まさか美帆と達海さんが友達同士だなんて、全然知らなかった。最近も会ったりしていたみたいだから、相当仲がいいんだと思う。
大人しめの美帆とパリピの達海さんが、意気投合するところが浮かんでこない。二人の間ではどんな会話をしているのだろう。
「でも何かおかしいんだよね……」
ただ、前カラオケに行く前にチラッと話したんだけど、達海さんは僕に妹がいることを知らなかったし、美帆と僕が兄妹だって知らないのが妙なんだな……。
ずっと不思議に思っていた、達海さんが知るはずのない、僕が九条さんに失恋したってことも美帆経由の情報なら納得がいくんだけど……それで僕と美帆は結びつかないのはどうなっているんだろう。
もう終わったことでもあるし、そんなに深く考えなくてもいいのだろうか。
達海さんのことは美帆に直接聞いてみたらいいか。
今日はそれらに加え、新しい後輩の福村くんの片思い相手が、まさかの美帆ってのが僕にとっては一番の衝撃だった。
贔屓目なしに見ても、美帆は綺麗だなと思う。
中学の時はお互いバスケ部に入っていて、練習自体は男女別なんだけど、隣のコートで走ったり跳んでいる美帆に目を奪われている部員は多かった。
僕たちはあまり大っぴらに兄妹だって言っていなかったから、顔も似ていないため、僕と美帆はただ名字が同じだけって勝手に思い込んでいた人も少なくはなかった。
けど、その事実を知っている人の何人かに、美帆のことを紹介してだの、一緒にカラオケやゲーセンに行こうといった誘いのお願いをされることもちょくちょくあった。
どう見ても不純な動機にしか思えない輩は、僕の方で門前払いしてもよかったんだけど、さすがに美帆の意思を無視するのはどうかと思って、一応毎回そういう話があったということは伝えていたんだけど……。
美帆はなぜかそのどれも断っていた。
相手にも本気の人だっているだろうし、一回ぐらい遊びに行くのは別にいいんじゃない? って言っても、ちぎれるんじゃないかってぐらいずっと首を振り続け、挙句の果てには僕に八つ当たりをしてくる始末であった。
当時の僕は、内緒で付き合っている人でもいるのかなって思っていたんだけど、真偽の程は不明だった。
あんまり口数も多くない美帆だけど、なぜか人の恋愛話にはズケズケと踏み込んでくる。その割には自分のことは何も話さない。むしろ『兄さんに話すことなんてない』と言われるぐらいだ。
血は繋がっていなくても、美帆はずっと僕の妹だった。身勝手な考えだけど、それはこの先もずっと続くものだと思っていた。
美帆がこの先、この人と結婚すると言って僕の目の前に誰かを連れてきた時、心から祝福できるのだろうか……。
「これじゃあシスコン扱いされても言い返せないかも……」
まだ一日しか接していないけど、福村くんは人当たりがよくて、清潔感もある。普通にしててもモテるだろうに、小学校から美帆のことが好きってピュアにもほどがある。
今日はうまくタイミングが掴めず、二人にはその子実は僕の妹なんだよ、って言う機会はなかった。
もし福村くんがそれを知ったとして、美帆と仲良くなるために協力してほしいって手を合わせられたら、僕はどういう返事をするんだろう。
――遥陽はさっき部活が終わったってメッセージが来てたから、多分美帆も少ししたら帰ってくるはず。
僕はさっきの遥陽に返信――しようとしたら、遥陽の方から着信が入った。
『もしもし凛くん? いま大丈夫だった?』
「大丈夫だよ。今ちょうど返そうって思ってたところだし、何かあった?」
『よかった! 特に何かあるってわけではないんだけど、今日会えなかった分喋りたいな……って』
「いつでも会える距離に住んでるじゃん。……それで、美帆は僕たちのことなんか言ってた?」
『うーん……寂しかったみたいなことは言ってたね。ずっとこの関係が続くと思っていたから、一人だけ取り残された感じがしたって』
「そうなんだ……。昔は三人で遊ぶのが当たり前だったから、美帆からすればそう思ってしまうのかな」
『うん……。でも私は今も昔と美帆ちゃんのこと大好きだから! 何なら凛くんより好きだから! っていっぱい言ってハグしといたからたぶん大丈夫だと思うよ!』
僕、妹に負けたのか……。
「ありがとう。遥陽に任せてよかったよ。やっぱりこういうのは女の子同士に限るよ」
『これぐらいお安い御用だよ。私としても凛くんが白旗上げるのは想定内だったからね』
これは……やっぱり不甲斐ないやつだってことなのだろうか。それとも、もっとしっかりしろって遠回しに伝えているのか。
「本当になんかごめんね……。ちゃんと僕の方からも話しておくよ。ずっと気まずいままも嫌だから」
『今度こそちゃんと頼んだよ!』
続いて遥陽は、急に勢いを押し殺したかのように『それから……』と呟いた。
僕の反応を伺うみたいに、微かに行きの音がスマホの中から聞こえてくる。
「どうしたの?」
『もうすぐ夏休み終わっちゃうじゃん……。だから凛くんと二人で過ごしたいなって……。明日って空いてたりする?』
「明日……は特に予定はないけど部活なんじゃないの?」
『明日は朝から一日雨の予報で、休みになったの。だから外出はあんまりできないんだけど……』
僕はカーテンを開けて空模様を確認し……見ても分からない。今日は普通に晴れてたけど、夏場は突然豪雨になったりするから天候が読めない。
でも雨だと本当に行き先は限られている。僕たちは基本自転車ありきで行動しているから、徒歩となるとかなり範囲が絞られてしまう。
『――だから、明日凛くんの家に遊びに行ってもいい?』
「……僕の家? 何もないけどいいの?」
テレビゲームも前に売ったし、部屋にはプロ野球のカードぐらしいかないけど……。
『うん。おうちデート……っていうのをしてみたいなって』
「遥陽がいいなら僕は構わないけど……」
けど素直にオッケーと言えない突っかかりがあった。遥陽もそれには気づいている。
『美帆ちゃん……だよね? 別にいいんじゃないの? もう私たちが付き合っているのは私が話したんだし、多分気使ってくれる……んじゃないかな』
……そうだよね。ただ僕の部屋でお菓子食べたり、喋ったりするだけなんだ。そんなことは昔に何度もやっている。
万が一突然ドアが開けられて覗かれたとしても、何も恥ずかしいことはない。
「わかった。美帆にはあとで、明日遥陽が遊びに来るって伝えておくよ」
『ありがとう凛くん。わがまま言ってごめんね。でもこういうのって、土日は私も凛くんも親がいるからできないし、平日が休みの今がチャンスだと思って……』
どうやら、遥陽はクラスの友達が彼氏とおうちデートなるものをしている惚気ばなしを何度も聞かされて、ずっとそれを夢見ていたらしい。
一応まあ……僕だって彼氏なんだから、彼女のお願いを聞いてあげたいって思っちゃう。
『じゃあ凛くん、明日楽しみにしてるね!』
――ガチャ。
遥陽との通話が終了したのと同時に、そんな音が僕の耳に届いた。
受話器を置いた音ではない。
美帆が帰ってきたのだ。
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