ひーちゃん
***
「長浜さんって、達海とけっこう仲いいんですね」
お昼のピークも過ぎて余裕が出始めた頃、福村くんから投げかけられた問いかけに、僕は大きく首を振って否定した。
「ないない、大体は達海さんが僕にウザ絡みしてくるだけだよ」
「そうなんですか? まあ確かに、あいつコミュ力だけは桁違いに高いですが……」
「二人はもう付き合い長いの?」
「そっすね……一応小学校から同じなんで、腐れ縁みたいなもんですよ……」
あの達海さんとこんなに長期間も……それだけで尊敬できる。というか、実際に福村くんの業務の飲み込みは非常によかった。
少なくとも、去年の僕とは比べ物にならないぐらいに上達が早い。大学生の先輩からの指示にもちゃんと対応できているし、そのうち僕の方が教わる立場になるかもしれない……。
「このバイトを選んだのって何か理由とかあったりするの?」
「理由はまあ……達海に紹介されたって感じですかね……」
あれ……もしかしてあまり答えなくなかったのかな……。気のせいか、ちょっと目を逸らされたような。
言いにくいようなことがあるんだったら、別にそれでもいいんだけど。
――その後も僕と福村くんは手が空いている時に雑談を交わし、陸上部に入ってること、最近は家で海外ドラマにハマっているなどを教えてもらった。
僕は野球を観るのが趣味だから、甲子園について語ろうとしたら『野球はルールすらあんま知らないっす』で返されてしまった。無事コールド負けである。
あと達海さんは、学年でもトップクラスに成績がいいらしい。意外すぎる――って言ったら失礼だけど、本当に人は見かけに寄らないんだな……。
達海さんに関しては見かけもそうだし、中身も僕の中ではちょっとヤバい人って認定しているから。
「――お二人さーん。何サボってるんスか?」
と、噂をすればやってきた。
キッチンのカウンターからひょいと身を乗り出して、近くに置いてあったしゃもじで福村くんの頭をしばく。
「いって!」
なんてことに使うんだ。怒られても知らないぞ……。
「新人のくせに突っ立ってるから。先輩もこいつを甘やかしちゃダメっスよ」
これも計算のうちか、ちょうど周りに従業員がいないタイミングを見計らっての登場だった。
「今日二人とも上がりは同じ時間っスよね。あたしもなんで帰るとき待っててくださいっスよ!」
それだけを言い残した達海さんは、注文の呼びベルが聞こえるや否や、ハンディを取り出して飛ぶように駆け抜けて行ってしまった。
「昔からあんな感じ?」
「全く変わってないっすね」
達海さんも高校生ながら、今やうちの主力になりつつある。仕事はできて可愛く、誰にでも愛想良く接することができる。
こういう子は社会に出ても困らないんだろうな……なんて勝手に想像しながら、僕はオーダーが届くのを待った。
***
「いやー、今日も忙しかったっスね 」
「福村くんは大丈夫? 初めてする作業とかけっこうあったでしょ」
「そうっすね……今日は家に帰ったらすぐに寝ようと思います」
夕方。最後の最後で一気にお客さんが押し寄せて、小一時間ほど戦場になっていた。永遠に鳴り響くオーダー音に急かされつつ、何とか夜のシフトの人がやってくるまで持ち堪えたって感じだった。
波が収まったタイミングを見計らって、僕たちは店を後にした。
案の定、福村くんの足取りはたどたどしかった。僕も最初の頃はそうだったし気持ちはよく分かる。
今までやったことのないような慣れていないことをすれば、単純なことでもすごく疲れるんだ。こればかりは数を重ねて慣れる他ない。
「情けないっスねえ。そんなんじゃインターハイなんて夢のまた夢っスよ」
「……うちはそんなガチ勢の集まりじゃない」
突っ込む気力もないらしい。そういえば福村くんは長距離走をメインにしているって言ってたっけ。僕の苦手分野だ。毎年冬の持久走が嫌で嫌で仕方がない。
「そういえば先輩にできた彼女ってどんな人なんスか? さっきは有耶無耶にされてしまいましたし」
来たか……。達海さんのことだから、絶対どこかのタイミングで突っ込んでくると覚悟はしていた。
正直達海さんには、特に隠すようなことはないんだけど、この子に話したらあとで絶対後悔するような気がするんだよな……。
「どんな人って一言で言えば、すごい可愛い子かな」
「これだからリア充は……まじでムカつくッスね」
もちろんこんなこと、遥陽本人がいるところでは絶対に口にできない。共通の知り合いがいないからこそ言える。
「でも俺も気になりますね。長浜さんは優しいし、話しててもすごいいい人ってのが伝わってくるから、いったいどんな人と付き合ったのかなって」
あっ、僕福村くんのこと好きになったかもしれない。
「達海さんに内緒にするっていう条件で、福村くんにはあとで写真見せてあげるよ」
「あざっす!」
「おいこら」
「達海さん、顔と口調がすごい怖いんだけど」
「別にいつも通りっスけど」
「達海はこれが素だか――って蹴るな! 足を蹴るな」
……何だかんだ仲が良さそうに見えるんだけどな。福村くんは腐れ縁って言ってたけど、本当に嫌いだったらとっくに縁を切っていて、ましてや同じ店でバイトなんてしないよね。
「なんかちょっとムカついたから……先輩、福村の好きな人の写真見せてあげるっスね」
「ちょちょっ、それは――」
「なんスか。減るもんじゃないし、そもそもひーちゃんは先輩と同じ高校なんだから、先輩に頼んだら一日の行動とか報告してくれるかもしれないっスよ」
「そ、それは確かに……」
「いや、それ僕がただのストーカーになるだけだから」
やっぱりこの二人の力関係は、達海さんの方が上なのだろうか……。だとすれば、上から達海さん、僕、福村くんの順になるな。
「ほら先輩、この子がひーちゃんっスよ! ついこの前に二人で出かけたんスけど、その時に撮った写真っス」
「お前まじで――」
福村くんは口だけ止める素振りを見せつつも、もう諦めている様子だった。心の底から嫌がっているようなら目をつぶろうと思ったけど、いいよね……?
僕もちょっと好奇心が勝って、噂のひーちゃんとやらがどんな子なのか気になる。
僕は達海さんに差し出されたスマホの画面に注視する。そこには二人の女の子が肩を寄せあってピースサインを向けていた。
「――――ぇ」
そこに写っている女の子両方とも、僕のよく知っている子だった。
「ほら、可愛くないっスか! ひーちゃんも、あたしと福村と同じ小学校だったんスけど、途中で転校しちゃったんスよね!」
…………息ができない。
「あたしは仲良かったんで個人的に連絡とか取り合ってるんスけど、福村のやつ、その頃からずっとひーちゃんに片想いで――」
…………動悸まで激しくなってきた。
他人の空似…………ではないよね?
「クラスの、男子からの人気ランキングも常にあたしかひーちゃんが――」
「勝手なこと言うな。お前なんかより氷川さんの方が百倍可愛いわ」
「はっ? 聞きました先輩!? あたしの方が可愛いッスね! ほら!」
……僕はもう一度、達海さんに向けられたスマホに目をやった。
一人は達海さん。明るい髪と毛先が跳ねた髪型でいかにも最近の女子高生って感じ。もう一人は、綺麗な黒髪が首元まで伸びていて、横の達海さんが可愛いなら、この子は美人と言うべきだろうか。
「……ひー……氷川……さん?」
「氷川ってのは昔の――転校する前の苗字なんスけど、今さら呼び方変えるのは気恥しいっていうか……。で、名前はちょうど担任の先生と同じだったんで、名字の方をもじって、今でもそう呼んでるって感じっスね。あたしはともかく、福村は好きなら名前で呼べばいいのに」
「俺だって今さら恥ずかしいよ。てか、そもそも面と向かって話したのなんてもうだいぶ昔のことだし……」
――僕は二人が口にしない、その名前を何度も呼んだことがある。
僕が氷川という名字の人に出会ったことがあるのは、今まで二人しかいない。
一人は氷川舞。父さんと出会う前の母さん。今は長浜舞。
――はじめまして……氷川美帆……です。
そしてもう一人が、氷川美帆。
今は長浜美帆として、僕の妹として一緒に暮らしている。
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