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万象を斬る剣士


「遅くなりました!」

「おっ?いや、思ったより早かったよ」


アダマスを牽制する俺のところへジョウが駆けてくる。それと時を同じくして、サラの元気な声が響き渡った。


「始めますっ!!!」


俺達の後方、アダマスとは距離を置いた位置でそう宣言したサラは一度深呼吸をして目を閉じ、その場で軽い跳躍を始めた。

俺がサラに頼んだのは、トッシュが全力でその剣を振れるようにアダマスの頭を、首を地面に叩き落とす事だ。


サラの特訓が順調に進んでいるのを確認したところで、俺はある新しい戦型を彼女に提案していた。それは、『背水決死(ノブレス)』の発動条件の一つである『動き』を最小限に抑えて呼吸停止時間を伸ばす、というもの。


増大していく力に感覚をアジャストさせる程度の動きでギリギリまで力を溜め、最大火力の一撃を叩き込む。

俺は戦闘の幅を広げるこの新たな戦型を『一閃』、従来の無呼吸連撃を『紫電』と名付けさせてもらった。


きっとサラは見事その役目を果たす。

それは、彼も一切疑っていないようだった。


「いい顔になったな、トッシュのヤツ」

「はい!トッシュなら絶対にやってくれます!」


再びチラリと後方を確認すると、力を溜めるサラの壁になるような位置取りでトッシュは剣を構えていた。引き締まった、凛とした良い顔で。

その目は目標を、アダマスの首をしっかりと見据えている。


そんな若手達の急成長ぶりに、彼女もまた触発されたらしい。


「年下ばかりにいい格好させてらんないってのっ!天才魔術士ナメんじゃないわよっ!」


そう叫ぶアイシェに頼んだのは、先刻と同じくアダマスの足止め。

サラが、トッシュが、一撃を加えるその一瞬だけでもアダマスの足を止めて欲しい。

そんな消極的な願いは、負けん気の強い彼女にとって不服なものだったようだ。


霜天の青!(霜天の青!)凍てつく息吹!(凍てつく息吹!)我願うは(我願うは)氷魔の鉄槌!(堅氷の封縛!)

「同属性の二重詠唱!?」


アイシェの詠唱に俺が驚いたのは、以前この二重詠唱についての法則を少し聞いていたからだ。切っ掛けは「同じ魔法を重ねれば威力は倍になるのか?」というささやかな疑問から。


結論からするとその答えは「ノー」で、まったく同じ魔法は一つに統合されてしまうらしい。そして、同属性の魔法も混線したような状態になりやすく発動が難しい、との事だった。

だが、『難しい』は『無理』という意味ではなく、そしてアイシェは常人には出来ない事が出来る才を持っていたのだろう。


顕現せよ!(顕現せよ!)氷獄の徒花!(氷禍の棺!)


狙いを定めるように両の手を前につき出す。そうして、アイシェは繊細に練り上げられたその力を解放した。


氷獄封棺(コキュートスコフィン)ッ!!!」


瞬間、恐ろしい程の冷気を含んだ風がアダマスのいる方から押し寄せ、思わず俺とジョウは「寒っ!?」と悲鳴をあげてしまっていた。

鎧に霜が下り、まつ毛が凍りつくような寒さに、反射的に腕で防御体勢を取ってしまう。


その後、底冷えするような冷気だけを残して風が収まったところで俺達が目にしたのは、にわかには信じ難い光景だった。


「……うわ……」

「……こ、氷の山……?」


ジョウが呆然と口にした通り、それはまさに巨大な氷山。

腕で視界を隠した一瞬の内に出現した氷山(それ)は、(もが)き暴れるアダマスの後ろ脚と尾の大半を飲み込んでそこにそびえ立っていたのだ。


直後、妙に上擦ったアイシェの声がポカンと口を開く俺とジョウの耳に届く。


「ど、どうよっ!?最強最硬の氷雪魔法で構築した封縛魔法よっ!砕けるものなら砕いてみなさいってのっ!!!」


首だけで振り返ると、強気な事を言いながらもアイシェはキョドった様子で視線を彷徨わせていた。


……氷の山の出現位置がアダマスの中心からかなり外れているのがその理由だろうか?

もしかして発動座標ミスった?


だが、成果は上々も上々だった。


「流石は天才魔術士!魅せてくれる!」

「で、でしょっ!?惚れ直したっ!?」

「それはともかくっ!!!」

「ちょっとぉっ!?」


アイシェからの抗議の声に、ジョウと二人で苦笑しながら駆け出す。


後ろ脚の力だけではどうにもならないと悟ったか、アダマスは仰け反るように首をしならせていた。恐らく、その硬い頭を叩きつけて氷を砕くつもりなのだろう。

この氷の拘束はそう簡単には砕けないと思うが、アダマスの頭突きを何度も食らえばいつかは負けるかもしれない。

なにより、頭をブンブン振られてはこちらに都合が悪いのだ。


「こっち見ろっ!!!デカブツッ!!!」


(まぶた)に焼き付いて離れない、シャールが吹き飛ばされたあの光景を思い出し、瞬間的に頭を沸騰させる。

そして、湧き上がった怒りを闘気(オーラ)の威嚇に変換してアダマスに叩きつけると、アダマスはビクリと身を震わせて動きを止め、こちらを睨んできた。そして、口を大きく開く。

その奥に見えたのは揺らめく赤い光。


「散れっ!ジョウッ!」

「は、はいっ!!!」


即座に注意を促してそれぞれ左右に跳ぶと、アダマスが吐き出した炎の塊が一瞬前まで俺達がいた辺りを焼く。

それは俺が想像していたものとは違い溶岩のような粘性を持ったもので、思いの外広く地面を覆った炎はすぐに消える事なく燃え続けていた。


「厄介だな……皆の所には飛ばないよう射線には気をつけろっ!」

「分かりましたっ!」


サラが一閃の準備に入って一分近くは経っただろうか。

現状、彼女が一閃のために息を止めていられる限界は約二分程だという。実戦である事を考慮すれば実際はもう少し短くなるだろうか。


だとすれば、耐えねばならない時間は残り一分未満。

その間だけアダマスの攻撃を凌ぎきり、かつ準備を整えなければならない。


だから、俺は躊躇なく自分からアダマスの懐へと飛び込んだ。


「さぁっ!来いっ!」


向こうの直接攻撃が届く辺りまであえて踏み込んで挑発すると、アダマスはグッと頭を引く。それを確認してから、俺はヤツを誘うために少しばかり横に移動した。


直後、アダマスの頭が俺を狙って飛んでくる。


「っとぉっ!」


高い位置からライジングボールのような軌道で襲い掛かってきたアダマスの頭部を、俺はあえて真上に跳ぶ事で回避した。そして、からかうようにヤツの頭を蹴ってさらに高く跳ぶ。

そんな俺を、アダマスはカマキリが真後ろを見るように首を曲げて追おうとしていた。


この構図は、少し前に俺が犯したミスとほぼ同じ。続くアダマスの攻撃は決して躱せない。

だけど俺は焦ってなどいなかった。

何故なら、今の俺は一人じゃないのだから。


俺がわざと上に跳んだのは、俺に注意を集めさせて下への、ジョウへの警戒を弱くするためだ。


「今だっ!ジョウッ!」

「はいっ!水の鎖っ!!!」


合図を送ると、ジョウはすぐさま力を行使した。地面の小さな穴々から噴き出した縄状の水がアダマスの首に幾重にも絡まり、その動きを封じる。


位置取りのための誘導も上手くいっており、この位置ならばサラとトッシュも真っ直ぐに走ってアダマスの首を狙えるだろう。

だが、アダマスの対応の早さだけは計算外だった。


「っ!?まずいっ!離れろっ!ジョウッ!」


本能からか、それともニヒトより与えられた『理外の力』のせいか。俺が着地するよりも早く、アダマスは即座に俺からジョウへと狙いを切り替えて大きく口を開く。

しかし、アダマスに向かって両手を突き出すジョウは自らの意思で俺の言葉に逆らっていた。


「今集中を切らせば振り切られるっ!水弾で撃ち落としますっ!」

「ばっ!?やめろっ!!!」


ジョウの言葉にサッと血の気が引くのを感じる。


かつて原作を読んだ時の想像に反して、アダマスの吐く炎は質量を持っていた。同等かそれ以上の質量をぶつけなければ差分はジョウに襲いかかる。

だが、それだけの水弾を育てる時間も余裕も、今の彼にはないはずだ。


「くそっ!!!」


着地と同時に駆け出したとして、割って入る事は可能だろうか?

遥か遠くに思える地面と目前の状況を瞬時に確認して、焦りながら思考を回す。

そんな中で耳に届いたのは、予想すらしていなかった少女の声だった。


「ジョウくんっ!そのままっ!」

「えっ!?」


どこから聞こえたかも分からないその声とともに、一本の矢がジョウの背後から彼の体を迂回するように飛んだのが見えた。

そして直後、矢がアダマスの口の中に吸い込まれると同時に少女の、エミリーの声が再び響き渡る。


解放(リリース)ッ!氷結華(アイスブルーム)ッ!」


瞬間、アダマスの口内で出現した氷の塊が強制的に火球の放出を阻害した。

慌てたように口を閉じて口外に出ている氷を噛み砕くが、氷は喉の奥の方で出現したのだろう。アダマスは苦し気な様子で頭を振っている。


唖然としたまま着地すると、いつの間にかジョウの背後には元の場所へと、シャールの所へと走って戻っているエミリーの姿があった。


「あとはお願いっ!ジョウくんっ!」

「ありがとうっ!エミリーッ!」


ジョウに後を託して駆けていくエミリーは、もしもの事態に備えて『神隠れ(ピーカーブー)』で身を隠し、俺達の後方に潜んでいたのだろう。

俺はそんな指示をあの子に出してはいない。

これは全て、アダマスのブレスを見た彼女が自らの頭で考え、自発的に起こしたアクションだ。


「……ははっ……ホント、皆たくましくなったな……」


皆がそれぞれに俺の想像をも飛び越えた成長を見せ、アダマスを着実に追い詰めている。原作では事実上手も足も出なかったあの怪物を。


端的に考えれば、戦局はギリギリもギリギリだ。だけど、それでも俺は高揚を抑えられなかった。

この子達と一緒ならどんな敵も、どんな困難も、必ず乗り越えていける。そう強く信じられたから。


そして、機は熟した。


「っ!来たかっ!」


ズンッ!と地面を揺らす振動と音。

それは声を出せないサラが代わりに放った、震脚による「準備完了」の合図。


この合図とともに二人は行動を開始して、まずはサラがアダマスの首を地面に叩き落とし、そこをすかさずトッシュが斬る。

そんな段取りだったのだが……


「行けっ!トッシュッ!サ……えっ?」


アダマスから視線を切って振り返った俺が見たのは、駆け出したトッシュの姿だけだった。サラの姿はどこにもなかったのだ。


その直後、落雷のような轟音とともに地面が大きく揺れた。


「おわっ!?」


体がわずかに浮く程の衝撃に、慌てて音がした方へと振り返る。

と、そこで俺が目にしたのは……地面ごと踏み抜かんばかりにアダマスの首を蹴り落とすサラの姿だった。


恐らく氷山の頂上付近を蹴り、三角飛びの要領で稲妻のような飛び蹴りを叩き込んだのだろう。

愕然としながら俺がそう判断したのは、氷の山の頂点部分が爆ぜるように砕け散っているのが見えたからだ。サラの動き自体は、パウロ()の目でも影すら捉えられなかった。


「……ぷはっ!!!トッシュッ!!!」

「ッ!トッシュッ!!!」


止めていた息を吐き出し、サラとジョウが叫ぶ。

その声にハッとなり、再びトッシュの方へと向き直ると、そこで俺が目にしたその姿はまるで……



剣を担ぐように構え、体勢は低く、獣のように(はや)く。

オレの知る中でもっとも強くて恐ろしい師匠()の姿を思い描きながら、走る。


目指す先はただ一点、アダマスの首。オレみたいなヒヨッコを信じてくれた人が()した傷痕(道標)


「……ぷはっ!!!トッシュッ!!!」

「ッ!トッシュッ!!!」


仲間の声がオレの体をグイッと前へ引っ張ってくれたような気がした。

そして、目標(アダマス)の目前にまで迫ったところで、オレの背中を押してくれたパウロさんの力強い声が、またオレの背中を叩いた。


()けっ!!!トッシュッ!!!」

「おおおおおおおぉっ!!!」


走る勢いとみんなの声をそのまま剣に乗せ、高く高く振りかぶる。

そうして、オレはありったけの想いを込めて剣を振り下ろした。


みんながオレを信じてくれている。

だから……オレは自分自身を信じられる。


そう思うと、鉄より強靭なはずのアダマスの首が、あの日オレに差し出された枯れ枝よりもずっとちっぽけなものに感じられた。



『ッ!!!』


一度地を打って宙を舞い、また再び地面に落ちた剣身がキィン……と涼やかな音を響かせる。

その音とその光景に、ジョウ達が息を呑んだのがはっきりと分かった。アダマスの強靭さにトッシュの剣が負けたのだと、皆はそう思ったのだろう。


だが、それは違う。


俺の目はしっかりと『その瞬間』を捉えていた。

自ら剣を振るったトッシュは、その手で確かな手応えを掴んでいたのだろう。

半ばから折れた剣を振り抜いた格好で佇むトッシュの姿には、これまでとは別人とすら思える程の風格が漂っていた。


振り下ろされたトッシュの剣は、熱したナイフをバターの塊に当てたようにスルリとアダマスの首に滑り込んでいたのだ。

剣身が折れたのは、アダマスの首を斬り抜けたその後の事。

つまり……


「……よっ…………しゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


堪えきれなくなり雄叫びを上げると、そこでアダマスの首は思い出したかのようにズルリとズレた。


この世のあらゆる物を斬る剣士が、『万象を斬る剣士』がこの世界に産声を上げた瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] (祝)ブックマーク500突破! ヽ( ´∀`)ノ [気になる点] 「霜がおりる」って「下りる」と「降りる」のどっちだったっけ? と今回改めて調べ直しました。両方の書き方が存在していて、どち…
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