絆のペンダント
まず、アイゼンさんがテーブルの上に広げたのはこの島の地図だった。
自身の目で島の全貌を見た事がないため、この地図が正確かどうかは分からないが、きっと正確なものなのだろう。
伊能忠敬みたいな人がいるんじゃないですかね、多分。
地図には所々に赤いバツ印が付けられており、そこが新たな鉱脈が見つかる可能性が高い場所だそうだ。本震の後、既に山に詳しい人達が被害確認を兼ねて山を見回っていたらしい。
アイゼンさん曰く、この情報は鉱脈探索の依頼を受けてやってきた冒険者にのみ開示しているものだという。
そして、この情報は記録と口外を禁止している、との事だった。
なぜなら……
「墓荒らし……ですか?」
「うむ。もうこの島にぞろぞろ入ってきておるようでの。頭が痛いわい……」
アイゼンさんの口から出た単語を復唱して、ジョウは首を捻る。
そこで俺は「まずいっ!」と内心で冷や汗をかいていた。
『墓荒らし』
この単語自体は微かに覚えている。が、確かこれは原作のストーリーラインにほとんど絡まない用語だった。
だからキョトンとなっているジョウ達と同じく、俺もこの言葉の意味がよく理解出来ていないのだ。
だがしかし、我が相棒はやはり優秀だった。
助けを求めて目配せするとすぐに察してくれたか、シャールはジョウ達のいる方に半身で振り返る。
「墓荒らしとは、悪事を働いて冒険者ギルドから登録抹消処分を受けた元冒険者の俗称です。新たに発見された遺跡やダンジョンを勝手に荒らしたりするので、このような名で呼ばれているんですよ」
「それなりにノウハウは持ってるもんだから、ギルド経由するより安い報酬提示して仕事を横取りしたり……ホンット迷惑な連中よ」
シャールの言葉を継ぎ、アイシェは腕を組んでフンスッと鼻を鳴らす。
話を聞いたジョウ達は揃って顔をしかめていた。
そうだそうだ、そんな設定だったな。二人とも、ホントにあざっす。
要は冒険者ギルドによる『保障・保証・補償』という後ろ楯のない自営冒険者。それが『墓荒らし』だ。
シャールとアイシェのおかげで忘れかけていた設定を思い出し、と同時に一つ謎が解けた。
それは、同じ船に乗り合わせた、そして港で俺達を監視するように見ていた奴等の事だ。きっとアイツらが件の墓荒らしだったのだろう。
「ああいった連中が鉱脈を発見した場合も、報酬などの対応は冒険者と同じですか?」
それだと冒険者ギルドの立つ瀬がない。
そんな思いから尋ねると、アイゼンさんはその長い髭と眉毛をなびかせながら首を左右に振った。
「いいや、こちらから頼んだ話ではないからの。あやつらが鉱脈を見つけたとて、こちらが報酬を払う理由はない。しかしのぅ……交渉はせねばならんだろうの……」
「でしょうね。アイツら、金にならないと分かったら腹いせに遺跡すら爆破するような連中だし」
「は、はぁっ!?なんですかっ!?それっ!?」
肩を落とすアイゼンさんに代わって苦悩の理由を述べたのはアイシェ。驚き、素っ頓狂な声を上げたのはエミリーだ。
俺はというと、あまりにも子供じみた報復の程度に唖然となるだけだった。
ため息で髭を揺らし、アイゼンさんは話を続ける。
「そこまでやるかは定かではないが、何にせよ面倒なのは間違いないでの。まだ揺れも収まりきらぬ状況で危険な依頼になるが、何卒……」
「いえ、頭を下げないでください。探索を急ぐ事情は理解出来ましたし、危険も承知の上ですから」
俺達がこの依頼を受けたのは、俺の都合という側面がある。へりくだられては却って心苦しい。
俺はそんな気持ちでアイゼンさんを止めたのだが、皆も異論はなさそうだった。
きっと彼ら彼女らは、冒険者の尊厳を守るためにもこの依頼を成し遂げるべきと考えているのだろう。
俺達の様子を見て、アイゼンさんは微笑んでいるようだった。
「お前さん方のような冒険者に来てもらえて、本当にありがたい事だの。それでは、最後の注意点になるのだが……」
そう言いながらアイゼンさんは地図の上に、島の中央にそびえる山の中腹辺りにその太い人差し指を置く。
そこから先の話については、俺もはっきりと覚えていた。
◎
『アダマス』
それが遥か昔よりこの地の頂点に君臨する、島の主に付けられた名前だった。
人がこの島に入ったのは百年以上昔の事だそうだが、島に残る痕跡を調査した限りアダマスは数百年以上前からこの島にいたらしい。
全長は二十メートル以上。長い首と尾、そして小山の如き甲羅を背負う亀のような巨大魔獣。
恐らく竜種に属する魔獣らしいのだが、詳しい事は一切分からないそうだ。
この魔獣は、実は一度討伐されていた。いや、討伐出来たと思い込んでいた、か。
無駄に刺激しなければ山中を徘徊するだけの魔獣だったのだが、島民からすれば歩く災害。何かの拍子に人里に下りてくれば、後はなす術もなく蹂躙されてしまう。
それを恐れた島民が力を合わせ、爆薬を使って地下空洞に落として生き埋めにした。
それが七十年程昔の出来事、アイゼンさんがまだ子供だった頃の事だという。
それから今日までドワルフ島は平穏だったのだが、それが今回の地震による山崩れで再び姿を現したのだ。まさに亀の如く、冬眠のような状態で今まで生き延びていたのだろう。
普通に考えれば有り得ない話だが……ま、この世界に俺の常識など通用するはずもない。
今アダマスがいるのは山の中腹辺り、大昔の火口跡らしき窪地。
「ここには近づかない方がいい」というのがアイゼンさんからの最後の注意事項だった。
とは言え、俺達の目的地はまさにそこなのだが……
◎
ギルマスの取り計らいにより、正規の冒険者が優先的に泊まれる宿屋。やたら和風な露天温泉のある宿屋。
それが、この島での俺達の活動拠点になる宿だ。
冒険者ギルドを後にした俺達はアイゼンさんに紹介してもらったその宿へと向かっていたのだが、そこでまた何度目かの軽震が起きた。
瞬間、左肩に座っていたディーネが俺の頬にビタンッ!と張り付く。
「また揺れたっ!?」
「いや……だから怖いなら飛びなさいよ、ディーネさん」
「やだぁぁぁぁっ!ダーリンのそばがいいっ!」
「ピギャーッ!」という甲高い泣き声が鼓膜を突く。
撫でて宥めてあげたくても、残念ながら俺の両手はしっかりとロックされている状態だ。左手にはアイシェ、右手には自分の荷物とエミリー、オマケに背中にはサラがしがみついているから……
弱い揺れはもう何度も起きてんだから、そろそろ慣れなさいよ、キミらも。
通りを行く街の人々に好奇の視線を向けられ、思わず顔が熱くなる。地震に慣れたか気づいていないだけか、武具店のショーウィンドウに張り付いて目を輝かせているトッシュの存在もその一因だ。
流石にこれは一人じゃ手に負えない。助けてシャールお姉さん、ジョウくん。
そんな気持ちから、途中で見えなくなったシャールとジョウの姿を探すと……
そこで俺は「あっ……」と小さく声を出してしまっていた。
元々肝が座っているため早々に地震に慣れたシャールと、故郷の土地柄から地震に慣れていたジョウ。
二人は、装飾品を扱う露店商の店の前に並んで立っていたのだ。
一般人の感覚からすれば、それはただの日常の一コマにしか映らないだろう。
だが、俺はこのワンシーンをよく覚えていた。
これは……ジョウとシャールの仲が一歩前進する何気ない、だが大事な大事な一幕だ。
「うっし!」と気合いを入れ、三人を引きずるように俺は一歩を踏み出す。
「ほら!トッシュ!行くぞ!依頼が終わって時間が出来たら、お店巡りしていいから」
「あっ!は、はい!すみません!」
「皆も歩け歩け。宿は本震にも耐えた頑丈な造りだから、早く行ってゆっくりするぞ」
「そ、そうなの?じゃあ早く行こっ!」
俺の言葉にトッシュは後ろ髪を引かれた様子ながら戻り、アイシェ達三人は俺を引いて押す。
それでシャールとジョウもこちらの動きに気づき、歩き出そうとしていたが、俺はそんな二人を笑顔で押し止めた。
「シャール、宿の場所は分かるな?」
「あ、はい、分かりますけど……」
「じゃあ、俺はコイツら連れて先に行ってるから、ジョウの事は任せた。何か見たいものでもあるんだろ、ジョウ。せっかくだから、ゆっくりしてから来いよ」
「あ、ありがとうございます」
さてさて、お邪魔虫はさっさと退散だ。
そんな気分でニヤニヤしながら、もう一度チラリと二人の方を振り返ると、シャールは不思議そうな顔でジョウを、ジョウは頬を赤らめてモジモジしながらシャールを見ていた。
本来、この島ではジョウとシャールの仲が劇的に進展するイベントが起きる。だがそれは、シャールの命が懸かったイベントだ。
二人の未来を考えると申し訳ない気もするが、これはとてもではないが看過するわけにいかない。
だから、せめてささやかなイベントくらいは邪魔しないでおこう。
きっとこれで大丈夫。小さなきっかけさえ残しておけば、いつか必ずジョウはシャールの心を真っ当に掴むような男に成長するさ。
「……頑張れよ、ジョウ……」
賑やかな通りを歩きながら誰にも聞こえないよう呟き、俺は久し振りに良い気分で空を見上げた。
……が、それからしばらくして……俺は思い悩む事になる……
やっぱり俺は、この世界にとって邪魔な異物なのではないか、と……
この世界を本当に壊そうとしているのは、ニヒトではなく俺なのではないか、と……
◎
街の外れにある宿屋に着き、またワチャワチャと騒ぎながら部屋を決め、ようやく部屋に荷物を下ろせた辺りでジョウとシャールは宿に到着した。
そうして「まずは夕食だ」と、先に部屋を出たトッシュを見送り、ジョウが荷物を置くのを見届けてからドアノブに手を掛ける。
緊張した様子でジョウが俺に声を掛けてきたのは、そんなタイミングでの事だった。
「あ、あの、パウロさん。よ、よかったらこれ……受け取ってもらえませんか?」
「…………ほぁっ!?」
そう言ってジョウが両手で差し出してきたもの。
それを見て俺があり得ないくらいマヌケな声を出してしまったのは、『それ』が何なのか、どんな想いが込められたものなのか、よく知っていたからだった。
ジョウが差し出してきたもの、それは……革製の首紐が付いた、銀細工の翼が輝くペンダント……
片翼の、二つ合わせて一つの翼になるペンダント……
原作では……ジョウが勇気を出してシャールに贈った……お揃いのペンダント……
地震は起きていないのに、足元がグワンと揺れた気がした……
……なんでこうなった……?
……この世界でのパウロって、まさかのヒロイン枠なの……?




