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残された時間


「と、まぁ……こんな事があったわけなんだが……」

「……」


俺が話を終えると、ずっと黙ったままになっていたシャールの顔は心配になるくらい青ざめていた。


出来るだけ早く休ませてあげたいのだが、今までの話は「何があったのか」の部分だけだ。情報を整理するため、もう少しだけ付き合ってもらう必要がある。


「結局、俺が知りたい事はほとんど答えてもらえなかったんだけどな。自分だけさっさと納得して、さっさと消えやがって……」


思い起こしても腹が立ち、テーブルに頬杖をついて虚空を睨む。怒り顔をシャールに向けるのは筋が違うだろうと。


今、俺とシャールがいるのは宿の一階にある食堂だ。営業はすでに終了しており、宿の人にお願いして場所だけお借りしている。

エントランス部分とは部屋が分かれているため、内緒の話をするにはちょうど良い場所だった。


一つため息をついて腹の虫を(なだ)め、今一度シャールと向き合う。


「まぁ、分かった事もいくつかあるから、その辺りをまとめていこうか」

「そう、ですね……」


俺の言葉に、シャールは軽く頭を振ってからこちらへと向き直った。

ヤツと直接対峙した俺ですらワケが分からない事ばかりなのだから、彼女の混乱は一層のものだろう。申し訳ない限りだ。


「順を追っていきましょうか……まず、その『ニヒト』という人物に心当たりは?」

「ない。まったく。俺が知る限り、ニヒトなんて名前のキャラ……人物はいなかったし、あんなにジョウとそっくりなヤツもいなかったはずだ。シャールの方はこの名前に聞き覚えない?」


シャールからの質問に肩をすくめて答え、問い返す。

と、彼女は顎に手を当てて少し考え込んだ後、静かに首を横に振った。


俺の方がこの物語(世界)に詳しいように思うかもしれないが、実際はそうではない。

例えば、この物語(世界)に存在する多くの魔獣はそのほとんどが俺の知らない魔獣だった。それだけではなく、俺は最初の頃、パーティーメンバーの名前もほとんど分からなかったのだ。

理由は簡単。原作に書かれていなかったから、である。

つまり、俺は知らないがシャールをはじめとしたこの物語(世界)の存在は常識的に知っている、という事柄も割りとあるのだ。


そこに糸口を期待していたのだが、どうやらそれは空振りだったらしい。

何か些細なものでもヒントがあれば、俺の中のモヤモヤも晴れたかもしれないのだが……


「……作中では『ニヒト』なんて言葉は存在してなかったはずなんだけど……実は俺、どこかでこの言葉を見たか聞いたかした覚えがあるんだよなぁ……」

「えっ!?そ、それはどこでっ!?」


夕方以降、隙あらば悩んでいた事を打ち明けると、シャールは僅かに椅子から腰を浮かせる。が、しかし、彼女の期待には応えられそうもなかった。

出そうで出ないクシャミのように、どうしても思い出せなかったのだ。


「……あーっ!ダメだっ!思い出せんっ!ヤダねー……歳は取りたくねーわ……」

「……その姿でそういう事を言わないでください……」


溜まったフラストレーションを発散させるべくガリガリ頭を掻く俺を、シャールはジトリとした目で見てくる。


とは言われても、中身はただのオッサンだ。

イケメン兄ちゃんの体を借りてるからって、心までイケメンにはなりませんて。


ともあれ、思い出せない事案にばかり時間を割くわけにもいかないので、とりあえず話を先に進めよう。


「何かのきっかけで思い出すかもしれないし、一度この話はこっちに置いて……次は、今いるこの物語(世界)が『パウロが存在しないという前提により派生した世界』って部分だな」


気持ちを切り替え、この世界(テーブル)を人差し指で叩くと、シャールはまた眉根を寄せた。今日の出来事を話している時、この部分に触れた際に見せた表情と同じものだ。


「その……『この世界』とか『他の世界』というのは、一体どういう意味ですか?」

「あー、それに関しては俺の憶測になるんだけど……この世界、この物語を知っている人の数だけ、この物語(世界)は存在する、って事なんじゃないかな、と。もしかしたら、俺の世界も神様視点で見たら創作物なのかもな」


なんか俺、ヤベー真理に近づいてない?

そんな事を考えてしまい、苦笑いすると、シャールは難しい顔のまま小首を傾げていた。


一度仕切り直すため、再びテーブルを指で叩く。


「それで、だ。今、俺達がいるこの物語(世界)からは何故かパウロの存在が消えた。存在というか「魂が消えた」って感じなのかな?」

「……」

「だけど、パウロがいなければこの物語(世界)は始まらない。だから代役が必要になるけど、質量保存の法則と言うか……この物語(世界)の存在では代わりが務まらない」


この世界を動かすために必要な歯車。

(ことわり)の外から来た者。

ニヒトが口にした言葉を思い返しながら考えをまとめると、理屈も何もあったものではないが俺はこの答えに辿り着いた。


「だから、俺は外からこの物語(世界)に引っ張り込まれた。パウロの代役としてな。それだけが本来の役目だというなら、確かに俺は役目を終えてるんだろう。物語(世界)はもう、こうして動き出してるわけで」


喋り終えて腕を組み、ため息を一つこぼすと、シャールは半ば呆然となっていた。

まぁ、それが自然な反応だろう。


これはあくまで俺なりの考察であり、さらに言えば正解でも不正解でも特に問題のない話だ。

ただ、この話の中には一つだけ、俺の憂いを薄めてくれる良い要素があった。


「幸いだったのは、俺がいなくなっても大して問題にならないらしいって事だな」

「えっ?」

「だってそうだろ?パウロ()がいなくなって困るなら、ニヒト(アイツ)は「さっさと死ね(帰れ)」なんて言わないはずだよ。そして、アイツがこの世界を変えようとしているという事は、この物語(世界)は俺が知らない未来にまで続いていく可能性が高いんだ」


これが、俺がニヒトとの会話の中から見出だした希望だった。


物語には必ず終わりがある。

俺が知るこの『ボク耳』という話は、完結こそしていなかったが終わり間際の雰囲気で途切れていた。

「そこが俺の終着点であると同時に、この物語(世界)の終末なのではないか?」と、俺はずっとそれを危惧していたのだ。


だが、今のこの物語(世界)についての事情を知っているのであろうニヒトは主人公(ジョウ)を狙っている。この物語(世界)から主人公(ジョウ)を意図的に抹消しようとしている。

この物語(世界)が途切れて消えるものであるなら、ニヒトのやっている事に意味はない。

ヤツがジョウに害を為す事で自分の望む未来を掴もうとしているのなら、それは『この物語(世界)は終わらない』という証とも取れる、という事だ。


「お陰でちょっとだけ気が楽になったよ。今のこの物語は……この世界はきっと、独立した一つの世界なんだ」

「……わけも分からないまま巻き込まれたというのに、貴方はこの世界の先行きまで心配していたんですね……」


少し肩が軽くなったのを感じながらニッと笑うと、シャールは弱々しくだが微笑んでいた。


だが、ホッとしてばかりはいられない。

何を考えているのかは計り知れないが、ニヒトの企みを阻止出来なければ待っているのは結局世界の終わりだ。


気を引き締め直し、左の掌に拳を打ちつける。


「どうしても後手に回らざるを得ないのは歯痒いところだが、これからは少し対処が楽になると思う。ニヒト(アイツ)と直接対峙して感じただけなんだけど、多分アイツは何かしらのルールに縛られてるんじゃないかと思うんだ」

「ルール、ですか?」


直接ニヒトと相対していないシャールは小首を傾げているが、ヤツと会話する機会があれば彼女も俺と同じ考えになるのではないだろうか。

あれは相手を舐めて手を抜いたりするようなヤツではない、と。


「何体もの魔獣にチート……あの力を与える事が出来るなら、アイツは間違いなく限界までやる。時を選ばず力を与えられるなら、アイツはこちらに休む間も与えないよう攻めてくる。俺はそう感じた」

「……つまり、貴方が睨んだ通り限定的な状況(イベント)でしか力を使えず、その対象も限られている……という事ですか」

「うん。自分で自分の事を「この世界に落ちた影」とか言ってたけど、それって「この世界にあまり強く干渉出来ない」みたいな意味でもあるんじゃないかと思うんだ」


そう言ってから目を閉じ、あの不快感を感じないか意識を辺りに広げる。が、妙な気配は欠片もなかった。

ただただ合理的にジョウの命を狙うなら、今が絶好の機会のはずである。


「……だからって完全に気を抜くわけにはいかないけど……少しは楽にしても大丈夫なんじゃないかな?」


目を開けて肩の力を抜き、フッと息を吐く。


俺の考えている通りなら、次のイベント時に出現する魔獣はいよいよ手がつけられない存在になるだろう。

とは言え、それはまともにぶつかった場合の話で、原作と同じ搦め手を使えば戦わずして勝つ事は可能だ。

問題は……俺が知る『ボク耳』において最後の戦い……


そこに至るまでにニヒトを止められなければ、恐らくこの世界はバッドエンドを迎える事になる。

今思うとニヒトのあの余裕は、それを理解していたからではないだろうか。俺が途中でいくら邪魔しようと結果は変わらない、と。


思わず黙って考え込んでしまい、室内は異様な静けさに支配される。

そんな静寂を破ったのはシャールのか細い声だった。


「……あの……」

「あっ!わ、悪い、ボーッとしてた。早く話を終わらせて、早く休まないとな」


ハッとなって姿勢を正し、取り繕うように正面の少女に笑い掛ける。だが、シャールは視線をこちらにではなくテーブルに向けていた。


残る話はあと一つ。

きっとこれは、シャールにとって最も知りたく、それと同時に最も知りたくない話なのではないだろうか。


しかし、言っても言わなくても終わりの時は来る。ならばせめて彼女だけでも、『その時』を把握しておいてもらわねばならない。


損な役回りを任せてしまった事を心の中で詫びながら、俺は最後の話をはじめた。


「ニヒトはパウロ()の役目が終わる時を「お前なら分かる」と言った。という事は、俺の知る物語上からパウロが退場する時が『その時』なんだろうと思う」

「退場って……どうしてそんな事に?」


俺の言葉に、シャールは驚いた顔を見せる。


パウロが色々とやらかして、本来の流れでは《輝く翼(ライト⭐️ウイング)》はいずれ瓦解する、という事はシャールにも軽く伝えてあった。

それだけでも彼女は大いにショックを受けていたのだ。だから、俺はその先をあえて話さないでいた。


気まずさから頬を掻き、覚悟を決めてパウロの結末をシャールに伝える。


「物語のパウロ(アイツ)は最後まで改心する事なく、最終的にはジョウ達の……世界の敵に回るんだよ……」

「……そんな……」


愕然とした少女の表情に、思わず胸がズキリと痛む。

この世界では既に回避出来た未来なのかもしれないが、共にパーティーを立ち上げた仲間のこんな末路など聞きたくもないものだろう。

ホント、何やってんだよ……パウロ(あのバカ)は……


「……結局、当然というかジョウ達が勝って、完全に居場所を失くしたパウロはこの国を追われる事になる。その途中で、恨み言を吐きながら逃げてる途中で、アイツはどこかの崖から急流に落ちて姿を消すんだ……物語上では、それが『パウロの最後』って事になってたな……」

「……」


どうにか事情を絞り出すと、シャールは完全に下を向いてしまっていた。

微かに震える小さな肩を見ないように視線を逸らし、ため息を押し殺しながら俺なりの結論を伝える。


「俺は同じ結末を辿る事はない。これは絶対だ。だけど、本来の物語における『パウロの最後の時』が、俺がこの世界にいられる限界なんだと思う。ニヒトの口ぶりからするとな」

「……それは……いつなんですか……?」


顔を上げないままでシャールが聞いてくる。

押し殺していたため息が、押し殺しきれずに漏れた。


「……俺が知る最後の戦いの翌日か、翌々日か……正確には分からないけど……あと半年以内ってところかな……」

「……」


いつしか外の騒ぎも治まっており、室内は完全な沈黙に包まれた。



この世界で目を覚ました当初は、本気で「帰りたい」とずっと思っていたものだ。だけど、今なら心底こう思う。

あと、たった半年程しか時間が残されていないのだと……


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! 感想欄含めて [一言] モチベとか腹筋とか腹筋とか腹筋とかあると思いますが、更新お待ちしております
[気になる点] ニヒト……ドイツ語で“~でない”、または“無” “無”の意味だとすると、“虚無”にも通じる気がしました。虚無と言えばク○ラノベ、ク○ラノベといえば虚無。その辺りが関係あるのかないのか…
[一言] 早く続きを頂戴。 ( ̄ー ̄)ニヤリ
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