道の途中
気がつけば、日が落ちるのが随分と遅くなってきた。
四季の概念があるのかは分からないが、もうじき夏のように暑い時期になるのだろう。
俺が見たこの物語はまだ終わってはいなかったが、分かる限りの物語の果ては「肌寒くなってきた頃」だ。時間にすれば恐らくあと四、五ヶ月先の事だろう。
そこに辿り着いたその時、この物語は、俺自身はどうなるのだろう?
何事もなく未来へと続いていくのだろうか?
それとも、テレビの電源をブツリと切るように終わるのだろうか?
いや、そもそも……無事に『そこ』まで辿り着けるのか……
そんな迷いを振り切るために頭を振り、俺は対峙するジョウに向かって改めて模擬槍を構えた。
俺は皆と共に無事に『そこ』へ、そして『その先』への道を拓くために、こうしているのだから。
◎
「……行きます」
「よし、来い」
夕陽色に染まる拠点裏の訓練場。
木製の短剣を逆手に構えたジョウは緊張した面持ちで体を沈め、『血装』を発動させた。
周囲ではパーティーの皆が固唾を呑んで俺達を見守っている。
「もし良かったら特訓の成果を見てもらいたいんですが……」
申し訳なさそうにジョウがそう言ってきたのは、俺が師匠の所から拠点に帰ってきた直後だった。
『血装』を習得したあの日以来、俺の言いつけ通りに地道な努力を重ねてきたジョウは、まだ完璧とは言えないものの制御にそれなりの自信を持てるようになったそうだ。
「ならば」と、俺はジョウに手合わせを申し出た。
彼の成長と俺の成長。その両方を一度に確かめるために。
目を見開いて驚いていたジョウだったが、少し迷った後に頷いたその顔は立派に『男』の顔だった。
「はぁっ!!!」
裂帛の気合いを込めて一歩を踏み出したジョウの動きは、シャールに匹敵する程の速さだった。
踏み込みで蹴飛ばした地面が爆発するような勢いで、弾丸のような勢いで一気に俺の方へと飛んでくる。
だが、その動きと思考は彼の性格そのままに、どこまでも真っ直ぐだ。
「正面から突っ込んで、パウロさんの左肩から右腰へと短剣を振り抜きます」
ジョウの動きは言葉より雄弁にそう語っていた。
その成長に素直に驚きながらも不思議なくらい落ち着いた気持ちで、俺は左足を軸に右足を後ろに滑らせる。
そんなわずかな動作だけで、ジョウの短剣は虚空を斬っていた。
そして、すれ違いざまに彼の頭を模擬槍の先で軽く叩く。
「ははっ、ジョウは本当に素直だな。いくら速くても、直線的な動きだと反応のいい魔獣なら回避出来るぞ?」
「くっ!」
勢いを殺しきれずに地面を滑走し、大きく距離を空けてジョウはこちらに向き直る。
俺の言葉を聞いた彼の判断は早く、そしてそこには確かな思考があった。
「おっ?なるほど、考えたな」
真っ直ぐにではなく斜めに走り、不規則に左右へのステップを織り交ぜる。
シャールのように動きの中に滑らかな緩急をつけるのは熟練の技術が必要だが、この動きなら脚力頼みで何とかなるだろう。
そして、この速度なら十分に並大抵の相手なら撹乱出来る。
パウロの目でも、点でジョウの動きを追うのはなかなかに厄介だ。だから俺は俯瞰で彼の動きを見る事にした。
そうすれば……
「よし、いいぞ。魔獣ならお前の動きに目が追いつかなかっただろうな」
「っ!?」
俺の左後方に飛び、そこから鋭角に切り返して俺目掛けて短剣を突き出してきたその手を左手で受け流すと、ジョウは愕然とした表情でこちらを見ていた。
どれだけ速く撹乱されても、最後の一撃が直線的なものならば、そこを押さえればいい。
再び距離を空けたジョウに、俺は槍を立てて構える。
「長物相手でも、そのスピードがあるなら一気に懐に飛び込んで手数で押し切った方がいいぞ。さ、来い」
「はいっ!!!」
力強く応え、俺の意図を汲んでジョウは一足飛びで間合いを詰めてくる。
スピードのみならず、矢継ぎ早に繰り出される短剣の一撃一撃は少年の見た目にそぐわない重さがあった。
まともに受ければ槍か短剣か、もしくはその両方が壊れてしまうような剣撃。
それを槍の柄で受け流し、時に衝撃を吸収するように受け止める。
パウロとして目覚めたばかりの頃の俺だったら、きっと今のジョウにはまるで歯が立たなかっただろう。
シャールとの訓練、半強制ではあったが魔獣相手の実戦訓練、命の危険を肌で感じた戦い、師匠の下での稽古。
その全てが今、血となり肉となっている。それを強く実感出来ている。
だから俺はもう少しの間だけジョウに、皆に、『強いリーダー』の姿を見せてあげられそうだった。
「よっと」
「あっ!?」
大振りになった一撃を見逃さず、石突きで短剣を空に跳ね上げると、その流れのまま槍を回して穂先をジョウの喉元に突きつける。
そして彼に笑いかけ、俺は引いた槍を肩に掛けて落ちてきた短剣を左手でキャッチした。
荒くなった呼吸を整えながら『血装』を解き、ジョウは俺にペコリと頭を下げる。
「……参りました」
「本当に強くなったな、ジョウ。格闘戦でもかなり上のランクに食い込めるんじゃないか?それで水魔法も併用して、俺も驚くような工夫が出来れば、マジで俺が負けるかもな」
剣身部分を持って短剣を手渡し、フリーになったその手でジョウの頭をグシャグシャと撫でると、少年は猫のように目を細めた。
恥ずかしそうに、嬉しそうに。
それと同時に、訓練場は大きな喝采と歓声に包まれた。
◎
「くっそー。やっぱすごいな、ジョウ。直接戦闘でもパウロさんとあそこまで戦えるなんて」
「そ、そんなことないよ。パウロさん、まだ全然余裕があったし……」
「それでもすごいよ、ジョウくん。ね?今度あたしと手合わせしてくれない?あたしもシャールさんと特訓して、結構強くなったと思うんだ」
「サラも頑張ってるもんね」
原作と同じようにトッシュ、サラ、エミリーの三人に囲まれ、ジョウは原作と変わらぬ謙虚な態度で照れ笑いを浮かべていた。
そこに嫌味を感じなくなったのは、ジョウが『正しい謙虚さ』を身に付けたからか。はたまた、ただの『俺の贔屓目』なのか。
そこに、目をギラギラさせたファイエルが割って入り、ジョウの肩を抱く。
「待て待て、俺との再戦が先だろうが?なぁ?ジョウ?」
「えっ!?あっ!は、はいっ!」
「そうよ!次は絶対お兄が勝つんだから!」
「今度もマスターが勝ちますぅー!」
兄を援護する妹に喧嘩を売ったのは、ジョウの頭の上にいたディーネだ。
「ムキィッ!」といつもの小競り合いが始まり、ジョウとその周りにいる皆は困り顔で笑う。
そんな彼らを見て微笑んでいると、静かに近づいてきたシャールが俺の隣に並んだ。
「本当に強くなりましたね」
「だな。だけど、ジョウはこれからもっと強くなるよ」
シャールの言葉に同意して頷く。が、彼女が指した相手はどうやらジョウだけではなかったようだ。
「貴方も、ですよ。わずかな期間だというのに、本当に見違えました。やはりしっかりとした方に師事を仰いだのは正解だったようですね」
小さく笑いながら、しかし、少し申し訳なさそうにシャールはそう言う。
だが、俺はそんな彼女に首を横に振って見せた。
師匠が褒めていたのは、むしろシャールの事なのだから。
「師匠は俺の目と反応が異常にいいって驚いてたけど、シャールと稽古してたって言ったら納得してたよ。「お前は稽古相手に恵まれているな」だってさ。俺の土台は、間違いなくシャールが作ってくれたものだ」
「そ、そう言っていただけるなら……その……良かったです……」
腰に手を当てて「はっはっ!」と笑うと、シャールは嬉しそうにはにかんでいた。
まぁ、一つだけ余計な事を言わせてもらうと……
「ま、どちらの師匠も鬼教官が過ぎると思うけど……痛っ!?」
「一言多いです」
ムッとした顔になった少女に二の腕の肉をつねられ、悲鳴を上げると、それでディーネ達にシャールと並んで立っている事に気づかれてしまった。
「あーっ!?」と揃って大声を上げ、ディーネ、アイシェ、サラ、エミリーの四人が俺達の所へスッ飛んでくる。
誤情報だといくら強く言っても、例の結婚話は彼女らの警戒心を煽るのに十分なものだったらしく……
「シャールッ!また抜け駆けしてるっ!」
「ぬ、抜け駆けって……っ!」
ディーネ達にキャンキャンと詰め寄られ、シャールは顔を赤らめてたじろいでいた。
まーホント、騒がしい事で。
女の子達の姦しさについていけずポカンとなっているジョウを苦笑いで見ると、それに気がついた彼もまた苦笑で返してくれた。
◎
毎日騒がしいが、こんな穏やかな日々がずっと続いてほしい。
それが俺の心からの願いだった。
あの黒化ゴブリンが現れた戦い以降、ジョウの周りで不穏な出来事はまったく起こっていない。逆に不気味なくらいに。
全ては俺の大きな勘違いで、あの黒いゴブリンはただの特殊個体だったのかも。
そんな事を考えもしたのだが、俺の中では『ある仮説』の方が有力だった。
それは、黒化魔獣の出現が原作で描かれた『大きなイベント』に関係している、というものだ。
あの戦いも、原作では一大イベントだった。
これが正しいかどうかは分からない。分からないのだが……
新たな『イベント』の始まりは、すぐそこまで迫ってきていた。
ガクガクと揺さぶられ、往『複』ビンタを食らう。
『往復』ですねー。
『復』と『複』って既にやったっけ?どうだっけ?
と思いながら仕込みました。
長くやってるとネタがね……どうしてもね……
はい、ゴエモンさん、正解でーす。
もう家帰ったら動きたくねーんですが、腹筋しますた。
仕事で脳ミソ使いすぎて、帰ったら頭が働いてくれない日々が続いておりました。
間が空いて申し訳ない……
今年もあとわずかとなりましたが、年内にはせめてあと一話だけでも……
今回は誤用(誤記?)を仕込んでまーす。




