ハーレムなど夢か幻
あの結婚話の翌日。
「はぁ……」
「その気の抜けた突きはなんだっ!?」
バシィッ!!!
「ぎゃあぁぁぁっす!?」
俺は稽古開始早々に、師匠から目覚めのキツイ一発を頂戴していた。
模擬槍による横薙ぎの強烈な一閃が尻に炸裂し、口から悲鳴が飛び出す。
痛む尻を押さえて地面を転げ回るが、文句は言えない。悪いのは全て俺だ。
そんな俺を見下ろしながら、師匠は模擬槍を肩に掛けて息を吐いた。
「昨日は一体何があったのだ?そんな様では、稽古などやるだけ無駄だ」
先日の話は割りと早い時間に終わったのだが、とてもじゃないが稽古再開という気分にはなれなかった。
なので昨日はどんよりとした顔のまま師匠に断りだけ入れて帰ったのだが……
「実は……」
流石にこのまま稽古をするのは申し訳ないと判断して、俺は師匠に全てを打ち明ける事にした。尻が痛いので四つん這いの格好で。
まぁこの人なら他言する事はないだろう。
『王様の耳はロバの耳』というヤツだ。
◎
「なんと……そのような話だったのか……」
俺の打ち明け話を聞き、師匠は口元に手を当てて唸っていた。
一歩間違えれば国を挙げてのお祭り騒ぎになりかねなかった話だ。驚きもするだろう。
しかし、溜め込んだ心労を吐き出せた事で俺の方は少しスッキリ出来ていた。
立ち上がり、服の汚れを払って背伸びをする。
「まぁ、というわけでキッパリとお断りさせていただきましたけどね。でも、心の疲労がなかなか取れずに……」
「……意外だな。お前なら喜んで承諾するかと思ったのだが」
師匠の言う『お前』とは『本物のパウロ』の事だろう。確かにアイツなら嬉々としてこの話に飛びつき、喜んで玉座に就くに決まっている。
だが、『偽者のパウロ』にはこんな話、ただただ重たいだけだ。
俺は苦笑いで首を横に振った。
「本も……んん。以前の俺ならそうだったかもしれないですけど、今はそんな場合じゃないっすからね」
「そうか……それで、どうする?身が入らんようなら今日の稽古もやめておくか?」
「いえ、今日はお願いします。愚痴を聞いてもらって少しスッキリしましたし、昨日の遅れを取り戻さないと」
気を使ってくれたのか少し優しい師匠に頭を下げ、俺は模擬槍を両手でしっかりと掴む。
そんな俺の姿に、師匠は小さく笑っていた。
「ならば手加減はせんぞ。また気の抜けた動きがあれば、容赦なく打つからな?」
「うへぇ……お、お手柔らかに……」
「ふん。次期国王にでもなっておれば加減せざるを得なかったのだがな」
「あー、そこに関してはちょっと残念でしたかね。叩かれたら不敬だっつって……あ痛ぁっ!?」
軽口に軽口で返すと、今度は右太ももに模擬槍の一撃が飛んできた。
え?この人ヒドくない?
◎
今日も今日とてみっちりとシゴかれた帰り道。
「なんか……妙だな……」
俺は街の様子が、というか俺の周辺環境がいつもと違う事に首を捻っていた。
いつもは多くの女の子達にキャーキャーと声を掛けられるのだが、今日は何故だかそれが少ないのだ。
いや、決してキャーキャー言われたいわけではないので、静かになるのは良い事なのだが……
いつも騒がしい子達がやけにどんよりとした雰囲気で、「こんにちは……」程度の挨拶で去っていく。
それがなんだか引っ掛かっていた。
そして、ここから決定的におかしな事が立て続けに起きる事になる。
「お?おーい、シャール」
「っ!?」
腕組みをして唸りながらいつもと雰囲気が違う街を歩いているとフラフラ歩くシャールの後ろ姿を見つけ、声を掛ける。
と、彼女はその場でビクンッ!と身を震わせていた。
「どした?なんかフラフラしてないか?」
「い、いえ……その……」
追いついて尋ねると、シャールはふいっと顔を背ける。
今朝拠点で会った時はいつも通りだったのだが、今の彼女は耳まで赤くなっていた。
「もしかして調子悪いのか?家まで送ろうか?」
「え、ええと……」
シャールの体調を心配してまた尋ねるが、それでも彼女の反応は鈍い。
これはいよいよ熱でもあるのではないかとシャールの額に手を伸ばそうとすると、彼女はやたらキレのある動きで俺の手を避け、そしてすかさず頭を下げた。
「こ、心の準備が出来るまでっ!もう少し待っていただけますかっ!?」
「……は?」
「し、失礼しますっ!!!」
いきなりの謎発言に唖然となっていると、その瞬間シャールの姿はフッと消えた。そして、一拍遅れて通りに突風が吹き抜ける。
確かに彼女の動きは恐ろしく速いのだが、それでもパウロの目なら追えないわけではない。
だから今のは……
「……『帝王時間』……だと……?」
手合わせの最中にもほとんど使う事がなかった『帝王時間』を使用してまで逃げた少女の姿を探しながら呆然と呟く。
今のは一体なんだったのか?
その答えを、俺は続けてやって来た『彼女』の口から出た言葉によって知る事になった……
「あっ!いたぁ!パウロさーん!」
「ん?ドロシー?」
今日も元気良く胸を揺らして駆けてくるドロシーは、いつもと変わらぬ明るい笑顔を浮かべていた。
だが……俺はもっと注意深く彼女を見るべきだったのだ……
そうしたら、もしかしたら気づけていたかもしれない……
眼鏡の奥、彼女の目がまったく笑っていなかった事に……
◎
「た、たしゅけて……!」
命からがら拠点に滑り込んだ瞬間、足がもつれて近くのテーブルに突っ込み、拠点内が一気にざわめく。
だが、案の定というか、俺の命の危機はまだ去っていなかった。
「おかえりー!ダーリン!」
「た、ただい……まぁぁぁぁぁぁっ!?」
人間大モードの姿でこちらに走り寄ってくるディーネを見て俺が悲鳴を上げたのは、彼女が笑顔で包丁を握りしめていたからだ。
突き出された包丁を、痺れる体で奇跡的に真剣白刃取りで受け止め、俺は何とか命を繋ぎ留める。
ありがとうっ!この体!
と思ったけどっ!こんな事態になってる理由の大半はテメーのせいだっ!この体!!!
それでもグイグイと包丁を押し込んでくるディーネを止めてくれたのは、血相を変えて飛んできたジョウだった。
「ディ、ディーネッ!?なんてことするのっ!?」
「離してっ!マスターッ!安心してっ!ダーリンッ!私、ダーリンが転生するまでずっと待ってるからっ!」
「安心出来るかぁぁぁぁぁっ!!!」
ジョウに羽交い締めにされながらも俺の命を狙ってまだ暴れるディーネに、俺は床を叩いて絶叫する。
と、そこで、俺はジョウとディーネの後ろにいるアイシェを見て、まさに血が凍る思いを感じていた。
「 霜天の青。凍てつく息吹……」
「誰かそこの大魔法ブッパしようとしてるヤツ止めろっ!!!皆死ぬぞっ!?」
「お、おうっ!」
俺の叫びに、呪文を詠唱するアイシェの口をファイエルが慌てて塞ぎ、トッシュやラギルといった野郎連中も「どうどう!」と周りで彼女を宥めてくれる。
しかし、サラやエミリー達女性陣は、暗い表情のまま全く動く気配を見せなかった。ディーネの事もアイシェの事も止めるつもりはないらしい。
何故こんな事になっているのか?
推測が混じるが、順を追って説明しよう……
◎
「実は……私には心に決めた人が……」
これが、俺が王女殿下との縁談を断るために持ち出した理由だ。
もちろん嘘であり、個人を特定するのは避けたのだが。
国王陛下と王妃殿下は「自由恋愛バンザイ」な方々である。
我が娘可愛さに俺の気持ちを無視するような事をすれば、それは即ち自分達の過去を否定する事に繋がる。
それでも多少粘られたが、最終的には二人とも俺の想い(嘘)を尊重してくれた。
リースは……泣いて部屋を飛び出していってしまったが……
でも、彼女の事を思えば、これがきっと最良の選択だっただろうと思う。そう思いたい……
とまぁ、ここまでは良かった……多分良かったのだが……
どうやらこの「心に決めた人が……」の部分だけが、どこかからか漏れたようなのだ。
そしてそれは、伝言ゲームよろしく人々の口を伝わる内にこう変化したのだろう。あくまで推測ではあるが。
「パウロ、好きな人がいるってよ」
「パウロのお目当てなら……シャール=エルステラじゃね?」
「パウロ、シャールと結婚したいんだってよ」
……あまりにも馬鹿馬鹿しい話だが、そうとしか考えられないのだ……
そしてその誤情報は、どういうルートか『小娘』の耳に入り、最悪の形で拡散されてシャールやドロシー達に伝わる事になった、と……
◎
「あっれー?キエルちゃん情報綱によると、かなり信憑性のある噂だって……イダダダダダッ!?」
可愛らしく小首を捻る爆心地の頭を鷲掴みにして顔を真っ直ぐにしてやると、小娘は悲鳴を上げていた。
そんなキエルに、俺は憤怒の笑顔を見せてやる。
「本人が誤情報だっつってんだから、誤情報に決まってんだろ?つーか、裏も取れてないような噂撒き散らしてんじゃねーよ、このスピーカー娘。情報モラルってご存知?」
「うごごごごっ!?ご、ご存知ないですっ!ゴメンナサイッ!」
「頭よ砕けろ」とばかりに力を込めると、キエルは必死に俺の手を叩いて降伏の意を示してくる。
そんな俺達を、騒ぎの途中で帰ってきたシャールは『顔真っ赤ハシビロコウの目』という新たな形態で睨んでいたが。
シャールさん、睨むのはキエルだけにしてください。
「お前のせいで俺はドロシーに「回復薬です」って麻痺毒飲ませられてだな、危うくどっかの地下で監禁調教されるところだったんだぞ?」
「わぉ……パウロさんが無事で、アタシ嬉しい……アダダダダッ!?」
「テヘッ♪」と笑うキエルにイラッとして、また手に力を込める。飲んだ解毒薬がしっかり効いて痺れが完全に治まっていれば、もう少し痛い目を見せられたのだが。
しかしながら、そろそろキエルも半泣きになってきたので仕方なしに解放して、居並ぶ皆に向けて大きくため息を吐く。
「今は結婚だとか、そんな事これっぽっちも考えてねぇよ。やらなきゃいけない事が山積みだからな」
俺の言葉に、ムスッとしたシャール以外の女性陣は落胆とも安堵ともつかない表情になっていた。野郎連中は、興味無さげなファイエル以外困ったような苦笑いを浮かべていたが。
ホント、こんな事してる場合じゃないんだってば……俺は……
◎
もしも『パウロ=D=アレクサ』として、一生この世界で生きていかなければならないとしたら?
そう考えるようになった頃、俺は「まぁ結婚もアリかな?」と考えるようにもなっていた。
もちろん元の世界に戻れない事が完全に確定した場合の話だが。
しかし、今回の件で俺は「誰か一人を選んだ場合、その時点で人生詰む」という事を知った……
この物語……マジで俺に恨みあんだろ……?
ああ……帰りてぇ……
この日、俺は久し振りに、心の底からそう思ったのだった……
安堵して『弛んで』いた心の隙にブッ刺さり……
緩む→実体のない事象が主。
弛む→物理的な事象が主。
厳密な日本語としては、こんな感じで使い分けるそうです。
『気持ちが緩む』、『靴紐が弛む』という感じですね。
『気が弛む』というのは比喩表現のようです。
はい、ゴエモンさん、正解でーす。
しかしながら、今回は明確に分かって指摘したものではないそうで、腹筋はゴエモンさんにお譲りします。
まぁ、それ以外のナチュラルミスでかなり腹筋させられましたけど……
( ´・ω・`)
今回の話は「普通ハーレム作ろうとしたら包丁持ち出すヤツ一人はいるよね?」という話です。
かなり過酷な環境に置いてやりましたが。
「なろう」作家は『ス〇ールデイズ』をご存知ないのだろうか?
ん?ハイファンタジー?何それ?美味しいの?
今回はシンプルな誤字でーす。
……細かいトコはスルーしてもらうべく……(ボソリ)




